ザ・グレート・展開予測ショー

東の国から愛を込めて(第一話)


投稿者名:Maria's Crisis
投稿日時:(03/ 8/26)

「これは病気ではない」と、老人がはっきり口にする。

テレビとかで不治の病の告知のシーンを見たりしたことがあるが、それよりも残酷な、絶望的な響きがその言葉にあった。
病気の方がまだマシ・・・。そんな口ぶりでもあった。

数十分におよぶを老人からの長い説明も、私にはよく理解できない。大まかな要点は把握できてはいたが、如何せん話が難しすぎる。
私はただ病室の天井を・・・そこに描かれている幾何学的な模様をベッドの中から見つめながら、他人事のように聞き流していた。

ここから、こうしてこの天井を見つめるのも、数ヶ月になる。

ただの病気ではない、そんなことは私にも分かっていた・・・。










―――――『東の国から愛を込めて(第一話)』―――――










・・・・・横島さんなんて、大っ嫌いっ!!

と、怒鳴ることもできない臆病な私。
曇りガラスのように溶けない視界の中、私はその場から逃げるように駆け出す・・・。

「・・・あ」
背中に聞こえたかすかな横島さんの声。

私は聞こえなかったフリをして、扉を閉める。横島さんも私の後を追おうとはしない・・・。

そう・・・これは小さな誤解。いつものいつもの、ありふれたただの誤解。

そう・・・私が我慢すれば済んでしまうこと・・・。



気が付いたら、公園のベンチに座っていた。

西の空を見上げると、夕陽が今日と言う一日をすべて飲み込もうとしている。
夕陽が「過去」という名のすべてを飲み込もうとしている・・・。

誰も居ない・・・人っ子一人居ない、オレンジ色のヴェールに包まれたこの公園。

私はふうと一つため息・・・。
そして「・・・横島さん」と・・・。

無理矢理に笑顔を作ろうとしてみる。・・・でも、できなかった。鏡がないから分からないけど、ただの苦笑にしか自分には感じられなかった。
私に対する、私自身の皮肉な苦笑。そんなバカなことを考えてるうちに、また涙がこぼれてきた・・・。

「なにやってるんだろう?・・・私」
公園には誰も居ないから・・・、口に出して自分に問いかけてみる。

ず〜っと、ず〜っと、横島さんのことを見つめてきた。生き返る前から・・・、そして今も・・・。
横島さん、すごくすごく優しいから・・・。

「でも・・・」

私は一つため息・・・。

「横島さんは私のことをどう思っていてくれてるのかなぁ・・・」


公園に吹く一筋の風・・・。
私は目を閉じ、その風を感じてみる。涙に濡れた頬には少し冷たかった。





「おねえちゃん?何してるの?」

その声に私はハッと目を開ける・・・。
誰も居ないと思っていた公園に、一人の女の子が私の前に立っていた。

「・・・泣いているの?」
心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んでくる・・・。

私は手の甲で涙を拭うと、慌てて「違うのよ。ちょっとあくびしていただけ」と笑顔で首を振る。

「な〜んだ〜!よかった♪」
女の子は嬉しそうに私に微笑むと、私の隣に腰をかけた。そして、足をぷらぷらさせながら、私を笑顔で見上げる。

「お嬢ちゃんはどこから来たの?」

「う〜んとねえ・・・、あっち〜!」

女の子の指差す方向を見つめる。
彼女の小さな指は、東の空の方に向けられているように見えた。

東の空はこれから訪れる夜の暗闇に支配され始め、西の空に沈み行く夕陽の残すオレンジ色を黒色にゆっくり染め替える。

でも、夜はやがて新しい一日を運んできてくれる。
夜が「未来」と言う名のすべてを運んできてくれる・・・。

「おねえちゃんは、お名前何ていうの?」

女の子が相変わらずの笑顔で私に尋ねる。

私が自分の名を名乗ると、女の子も自分の名を名乗った。
言われただけだから、漢字ではどう書くのかは分からなかったけど、クラスに一人は居るような平凡な名前だった。

でも、その容姿はテレビで見かけるどんな子役さんたちよりも、かわいらしく見えた。
おそらく十歳くらいでしょうけど、少し大人びたような印象も残った。

人懐こい彼女に私も打ち解けて、短い時間だったけど他愛もないお話をして過ごす。



しばらくして、時計を見ると6時を少し回っていた。

「あっ・・・、もうこんな時間・・・。お嬢ちゃん、もう帰らないと、お父さんとお母さんが心配するよ?」

その言葉に少し困ったような、複雑な表情を浮かべた彼女だったけど、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。

「・・・うん!そうだね!」
そう言うと、ぴょんとベンチから立ち上がる。

「送っていってあげるね?」
私もゆっくりと立ち上がり、女の子の手を引こうとする。

でも、彼女は笑顔で首を振る・・・。
「大丈夫、一人で帰れるから!」

そう言うと、公園の出口の方へ勢いよく駆け出す。

「あ・・・」
心配なので後を追おうとすると、彼女はくるりとこちらを振り返り、そして手を大きく振る。

「おねえちゃん!楽しかった!またお話してね〜!!」

そう言い残し、公園の出口の向こうへと走り去って行った・・・。



私は女の子の後姿を見送ると、再びベンチに腰を下し、再び横島さんのことを考え始める・・・。

でも、さっきの女の子のおかげで、気が紛れたみたいで・・・。

「そろそろご飯の支度をしなくっちゃ・・・」

私は少し軽くなった体で、小走りに公園を後にする・・・。
すっかり夜の色に染まってしまった公園に、少し不思議な気持ちだけを残して・・・。





















「・・・あ」

おキヌちゃんが事務所の居間を飛び出していった・・・。そんな彼女に声をかけるこもできない、いい加減な俺。

「ねえ、横島?どうなの?」
目にゴミが入った、と騒いでいたタマモ。仕方なしにそれを取ってやろうかとタマモの目を覗き込んでいたわけだけど・・・。

なんか、角度によってはタマモとのキスシーンにも見えちゃったかもなあ・・・。

「ねえったら!?」

「ああ、そこに目薬があるから、それでもさしておけば大丈夫だよ・・・」

「なによ・・・。取ってくれるんじゃなかったの・・・」
そう言いつつも、さっさと目薬を取りに行くタマモを尻目に、俺はおキヌちゃんが飛び出していった出口の扉を見つめる。



そうだよな・・・これは小さな誤解。いつものいつもの、ありふれたただの誤解。

そうだよな・・・おキヌちゃんならわかってくれるよな、きっと・・・。



事務所からの帰り道。
時計を見ると、時刻は6時を回り、夕陽は地平線の彼方へと消えかけていった・・・。

夕陽を見損ねて残念に思ってもいたが、逆に少しほっとしている自分にも気が付いていた。

夕陽を見る度に、否が応にも思い出すルシオラのこと。
でも、それは失った過去。そして、やがて俺の手元にやってくる未来。

「そうだよな、俺たちは何も失ってはいないんだ。また会えるんだから、それで済むことさ」

誰も居ない・・・人っ子一人居ない、薄汚れた街灯が照らす一本道。俺は誰にともなくつぶやいてみる。

―――あれ?俺、前にも似たようなこと言ってたな・・・。あれは、たしか・・・。

俺はふうと、一つため息をつく。
そして、「・・・おキヌちゃん」と・・・。

鏡がないからわからないが、今の俺ってすごく深刻な顔をしているんだろうなあ。でも、次に浮かぶのは皮肉な苦笑い。

「とんだ浮気者だよな・・・俺って・・・」
再び、そうつぶやいてみる。
「道化にでもならないと、やってられねえ・・・」





「へえ、おにいちゃんって浮気者なんだ〜!!」

「うわっと〜!?」
俺は素っ頓狂な声をあげて、後ろを振り返る。

誰も居ないと思っていたこの道に、十歳くらいの女の子が立っていた。
なかなかかわいらしい女の子・・・。でも、大の男に向かって浮気者と怒鳴りつけることに違和感が感じられないくらい大人びた雰囲気を持っていた。

「あ・・・あのね?お嬢ちゃん?」

「あ〜!浮気者がしゃべった〜!!」

「こらこら、俺にはちゃんと横島忠夫っていう名前があるんだよ・・・」
俺はこみ上げてくる怒りを必死に抑えながら、その少女にそう諭した。

「あ、こんばんは〜!」
少女は俺の名前を聞くと、嬉しそうに頭を下げ、自分の名前を俺に告げる。

まあ、平凡な名前であった。
そう言えば、同じクラスに二人、この子と同じ名前の女子が居たなあ・・・。しかも、二人ともなかなかの美人で・・・。

そんなことを考えていると、その少女からの「浮気者」という視線を感じ、慌ててそれを中断する。

「なんか、今、おにいちゃんの鼻の下が伸びてた〜!」

「いや・・・いや、それは気のせいだよ」
あははは・・・と、俺は誤魔化し笑い・・・。

「浮気はダメだよ!おにいちゃん!もっと大事な人を見てあげないと・・・」



一瞬・・・・・グサリとした台詞だった・・・。



ふと少女の方を見ると、今の台詞を置き土産にその場を走り去ろうとしていた。

「おい!お嬢ちゃん!お父さんとお母さんが心配するから早く帰るんだぞ〜!!」

俺がそう言うと、少女はこちらを振り返り、小さな手を大きく振ってみせる。

「うん!わかってる〜!すごく心配してくてるから、早く帰るね〜!!」



少女が走り去ったあと、再びおキヌちゃんのことを考える・・・。

ずっと、ずっと、おキヌちゃんは俺のことを見つめてきてくれた。生き返る前から・・・、そして今も・・・。
おキヌちゃんは、すごく優しいから・・・。

そして、さっきの少女の言葉・・・「浮気者」という言葉が耳元を過ぎる・・・。



小さな誤解?いつものただの誤解?



とんでもないこった・・・。



「とんでもないくらい大きな誤解だよ・・・」





―――その隙間が埋まらない、俺と彼女との間。



 続

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa