魔人Y−58
投稿者名:NAVA
投稿日時:(03/ 8/16)
『やれ、リグレット。最後の勝利者がお前だってのは意外だったけどな。』
横島がリグレットに吸収される。
それを見守っていたタマモが崩れ落ちる。
ずっと身動きしなかった美智恵の霊が霧散してから、地下へと移動を始める。
令子の身体が淡い光を持ち始める。
それはわずか、数秒のこと。
横島の消滅から、『連環』が発動するまで、わずか数秒のことだった。
◆
「…………?」
キョロキョロと辺りを見回す。
「………ここは………宇宙?」
気が付いた時、彼女は宇宙(そら)に居た。
確かに彼女は、魔界で、ユーチャリスで、横島を吸収したはずだった。
だが、気が付けば、傍には誰も居ない。星々の瞬きに目を細めながら、彼女――――リグレットは呆然と呟いた。
「何故に宇宙なの?人界なの?連環は?」
虚空に呟く言葉は、宇宙の闇に吸い込まれる――――はずだった。
「特に深い意味はない。イメージだよ、イメージ。これは術者たる俺の終焉のイメージが宇宙だったってだけだな。」
唐突に投げかけれる、横島の言葉。
振り向いたリグレットが見たのは、全くの無傷の横島の姿。
――――吸収に失敗した?!
リグレットの驚愕を見透かしたように、横島が苦笑いする。
「いや、成功だ。イメージだって言ったろ?俺の精神にお前が触れてるだけだな。」
「精神?」
「そうだ。連環は術者のイメージするフィールドで発動する。」
「マスター………。」
「見たかったんだ………。世界の終焉を。この宇宙(そら)の上から。」
「…………。」
そう言ったっきり、横島は黙り込んだ。一方、リグレットはどんな言葉をかけて良いのか分からない。彼女の激情はどこへ行ったのか。彼女自身にすら定かではないのだけれど、彼女はしんみりとした気分になる。
そんな二人に、予想もしなかった人物が声をかけた。
「上手く行ったようじゃの?」
リグレットだけではなく、さすがに横島も驚いた顔をしている。
「………どうやった?」
「ワシに不可能事などないわ。」
「答えに………まぁ、良いか。マリアも一緒か。」
「それにしても………リグレットとタマモの嬢ちゃんに上手く出し抜かれたのう?」
カオスが苦笑しながら、リグレットの顔を眺める。
「そういえば?!タマモさんは?!!」
自分のために命を賭けた友達のことを忘れるなよ。そんな苦笑いを浮かべながら、横島が落ち着けと言った。
「連環が発動すれば大した問題じゃないし、何よりまだ生きてたさ。」
その言葉にホッとしているリグレットを尻目に、カオスが目を輝かせ始める。
「見ろ、始まるぞ。しばらくすれば、干渉者たる美神の嬢ちゃんもここに姿を現すだろうさ。」
地球の自転がゆっくりになる。
地球を含む、惑星の公転がゆっくりになる。
星々の輝きが妙に長くなる。
ゆっくりと。ゆっくりと。長い時をかけて、更にゆっくりと。
時の流れさえもゆっくりと。
「もうじき、止まるな。何もかも。」
カオスの呟き通り、全てが止まった。
鳥たちの囀りも。川のせせらぎも。太陽の光すら進むのを止めた。
止まる。
自転が、公転が、全ての生命活動が一時停止した。
そして、そこに姿を現す、第4の人物――――美神令子。
◆
「で、きちんと説明してくれるんでしょうね?」
さすが精神の、イメージの世界である。世界を震撼させた魔神を神通棍でしばきあげつつ、令子は横島を睨みつけた。
そのあまりの手際の良さに、リグレットは呆然とし、カオスもマリアも言葉を失っている。
「す、すみましぇ〜〜ん」
生まれてこの方、クールでシリアスな横島の姿しか知らないリグレットにとっては、今の横島の醜態は想像の埒外だった。
故に、彼女はひきつった笑いをしつつ(助けるという選択肢は何故か無かった)、令子に言った。
「み、美神令子さん?その状態じゃ喋れないんじゃ?」
「いつものことよ。ね?横島君?」
実にご満悦な様子で令子は仰った。
『やはり自分と彼の関係はこうあるべきだ。』
そう思いながら。
そんなこんなで、やっと立ち上がった横島が、ようやく説明を始めた。
「タマモ辺りがもう喋ったかも知れないんですが………『連環』とは、要するに時間を巻き戻すことなんですよ。」
「タイムスリップ?違いますよ。巻き戻すんです。時の逆行とは違います。」
「この世界には因果律というものがある。それを文学的には運命と呼ぶこともありますがね。」
「そうですね。ビデオテープを想像してください。」
「物語を最後まで見終わったら、巻き戻しするでしょ?」
「それと同じです。観たい場面で止めて、観直すことも可能だ。」
「要するに、因果律を巻き戻すのが、『時の連環』の正体です。」
「術者たる俺が時を巻き戻す。だけれど、それじゃあ同じことが繰り返されるだけでしょ?」
「そこで、干渉者が登場するんです。」
「詳しいことは省きますけどね。その因果律を巻き戻す過程から、干渉者を独立させるんですよ。」
「術者たる俺の死によって発動させるつもりだったんですが………リグレットと同化したせいで、俺と言う存在は確かに消滅し、新しい存在として、俺も因果律の巻き戻しから弾かれてしまった。リグレット本人もね。」
「本来なら、リグレットだけは恩恵を受けない、つまり、因果律を巻き戻して、歴史に干渉するなら、リグレットは存在し得ないはずだったんです。だってそうでしょ?歴史に干渉して、この悲惨な未来を避けようというなら、この悲惨な未来で生まれたリグレットの誕生も避けることになる。」
「タイムパラドックス?言ったでしょ?因果律を巻き戻すと。その過程で存在を切り離すと。だから、パラレルワールドも生じません。あるべきだった未来自体が消滅してしまうのだから。」
「見て下さい。地球の自転が逆回転を始めました。公転も同様です。彗星は来た道を辿って戻っています。」
「本来、この場には俺と美神さんだけが存在する予定だったんですけどね。」
「そうです。俺は精神だけの存在となって、美神さんを過去に戻すのが本来の俺の計画だったんです。本当なら、俺本人が戻れば一番なんでしょうが………。俺は術者にも干渉者にもなり得ますが、美神さんは干渉者にしかなり得ない。選択の余地は無しでした。」
「最高指導者の干渉?………これ以上、俺に何をさせようってんだ?」
「何故にそんなことが可能かって?」
「それはこの世界の成り立ちから説明が必要ですね。」
「この世界は、要するに箱庭なんですよ。TVゲームで街を作ったり、キャラを育てたりするのがあるでしょ?それと同じなんですよ。」
「そうです。最高指導者達にとって、俺たちのこの世界は観察する、或いは娯楽の場なんですよ。他にも何個も箱庭を所持しているのが彼らです。」
「ま、1番の目的は、『自分達と比肩し得る存在を見出す』ことなんですがね。この『連環』は、要するにTVゲームで言えば、リセットボタンなんですよ。その気になればご破算に出来る。セーブポイントからコンテニューが出来る。ただし、普通のゲームと違うところは、その登場者がゲームのシステムに干渉出来ることなんです。」
「それが、システムを理解するということですから、最高指導者への道でもあるんですがね………。」
「基本的に、最高指導者達はギャラリーであってプレイヤーじゃない。俺は………ギャラリーに徹するには、未練があり過ぎた。」
「仏教で言うところの解脱。俺はその境地には立てなかった。………これが、事の顛末です。」
続
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