なぁ (4)
投稿者名:馬酔木
投稿日時:(03/ 8/ 8)
それからしばらくのことは、悪いけどおれもあんまり覚えてねえな。
何せ、あんな年になっちまうと、祝い事より葬式で出かける方が多いからよ。
俺は弟子の面倒見なくちゃならないし、お前は事務所が個人経営になっちまったしで、お互い色々忙しかったしなあ。
久々に落ち着いて顔合わせたのは、横島がいっちまった時だったっけか。
若い頃はあんだけバカやってたってのに、あいつ、すげえよな。最後は協会の会長さんにまでなってたんだからよ。
色んな連中にも好かれてて、馬鹿でかい会場借りて協会の主催で葬式やって、その帰りだったか。
おれはいい加減杖までついてるようなジジイだったけど、何となく歩きたい気分でよ。
あれは、東京湾が近かったんだよな。横手に見える海を見ながら、どこまでも続く歩道をお前と一緒に黙って歩いて、気がついたら、おれとお前は公園みたいな場所に着いてた。
そこは水平線が遠くに見える見晴らしの良い場所で、立ち止まったお前につられて海を見たら、バカみたいにでかい夕日が、半分沈んで海を真っ赤っかに染めてた。
東京なんて街じゃあ、夕焼けなんざ滅多にじっくり見ねえからよ。
ビル街と違ってすっきり開けた視界の遠くで、真っ黒い海の中に突っ込んでいくお日様を見ながらおれ達は、しばらく阿呆みたいに黙ってた。
そんでもって、「きれいだな」っておれが呟いたら、お前も頷いた。
だけど、その後に「でも」ってくっ付けて、お前はこんなこと聞いてきたよな。
「ずっと昔、高校生の頃に見た海の景色を覚えてるか」って。
ああ。おれは覚えてたさ。
お前らが高校に通ってる頃、たまたまおれが通りがかって、四人で令子の事務所まで歩いたことがあったんだよな。
梅雨明けのすげぇ蒸した日で、お日様はカンカン照ってるのに風が全然無くて、横島もタイガーもおれもだらだら汗流してたのに、お前だけはスッキリしたツラしててよ。
何かムカツクからお前の奢りでアイス食わせろってたかったら、お前、金持ってなかったんだよな。仕方ねえか。あの頃はお前んとこ、唐巣のオッサンの食い扶持維持するのが精一杯だったんだって?
ったく、師弟揃ってお人よし過ぎんだよ、お前ら。
それで結局、逆に俺らが奢ったんだっけか。
そんでも俺らも大した金持ってるわけじゃねえから、八十円で二本入ってるやつ。ほら、あの、棒が二本ついてて真ん中で割れるやつな。あれ二つ買って四人で分けてさ、近くの公園で食ったんだよな。
ジュース固めただけみたいな安いアイスだったから、溶けるのも早くてさ。
木陰に駆け込んで、四人して一気にかき込むみたいに食って、一気に飲み込んだら当たり前だけどこめかみがガンガンしやがった。
それでその後、近くのビルに登ったの、覚えてるか。
さっきまで暑い暑いって騒いでたのに、アイスで冷えたら現金なもんでよ。
公園の近くにあったちょっとしたビルに入って、こっそり屋上まで言ったんだよな。
あのビル、まだあの辺にあるかなあ。ないかなあ。何つーか、小さな会社が寄り集まって入ってるみたいな、いかにも寂れてそうなビルだったもんなあ。もうとっくに潰れてるかな。
エレベーターは二人乗ったらぎゅうぎゅうのボロいやつで、タイガーなんざハナから乗れそうになくってよ。仕方ねぇから、四人で非常階段をカンカン鳴らしながら上ったんだっけ。
せっかくアイスで涼しくなったのにとか、ずいぶん音が響くなあとか、ビルの人に怒られないかとか、くだらねぇこと言ってぎゃあぎゃあ騒ぎながら屋上に上ってさ。
鍵の開いてた無用心なドア開けて、屋上に出た時、海が見えた。
都心のすぐそばの海なんざ、近くで見ると何かうすっ黒くて底が見えなくて気持ちの悪いもんだけどよ、あの景色はきれいだったよな。
ちょうど、手前に公園があったからかな。
都心のビルに比べりゃ随分と背の低いビルだったけども、屋上から見た景色は海まですうっと開けててさ。
梅雨の最中、思う存分水を吸った公園の木の葉っぱも、遠くの町も、海も、きらきらしてて、おれ達は、「わあ」なんてガキみたいな声をあげた。
水平線までずーっと続く東京の黒っぽい海の上に、もこもこした入道雲と目に痛いぐらいの底抜けの青空が広がっててさ。
周りに広がる景色が全部、お日様を浴びてきらきら輝く遠くの海と空に吸い込まれていっちまいそうな、そんな風景だった。
たかがちょっとしたビルに上っただけなのに、こんなにきれいな景色が東京にもあったのかって、おれは心底驚いたよ。
横島も、こんな街ん中から海見えるのかって騒いでたよな。
お前も、東京の海もけっこうきれいなんですねとか笑ってて。
あの景色は、おれ達四人お揃いの思い出の、「きれいな景色」になった。
あん時は、騒いでるのが聞こえた警備員のおっさんが怒鳴り込んできて、慌てて逃げたんだよなあって、そんなことも覚えてたから話したら、そんなおれの横で、お前はどこか強張った顔をしてた。
きれいな真っ赤っかの夕焼けでも海じゃなくて、お前の足元に出来たうすっ暗い影だけ見つめて俯いたまま、公園と海を仕切る手すりを握り締めて、お前は言ったんだよな。
世界がだんだん、きれいに見えなくなってきてる……
知ってる人がいなくなるたびに、世界の色が消えていく気がするって、言ってたよな。
そう呟いて顔を上げたお前は、正面に見えるでっかい夕焼けの海を向いた。
向いたけど、お前の目はどっか遠くをさ迷ってて、目の前の景色なんか全然見てなかったな。
どっかぼんやりしたその顔は、あの、事務所に始めて取材が来た日の、「看板」の顔と一緒で全然変わらないくせに、元気が無くてよ。
おれ達は一人ずついっちまうたびに、お前の心の中の大事なもんも少しずつ持ってっちまってんじゃねえかなあって、無性に心配になった。
なぁ、ピート。
一緒に夕焼けの海を見たあの時も、ずっと前の、ガキを殺した仕事の時も。
おれはお前に何かしてやりたいと思って。でも、何にも出来なくて。
ずっとずっと、何かがもどかしくてさ。
特に、おれらがこんな年食っちまってからはよ。ひょっとしておれ、お前に会わなかった方が良かったかなあとか、お前、人間とオトモダチにならねえ方が楽に生きられたんじゃないかとか、そんな馬鹿みたいなこと考えちまったりもしたけどよ。
今、おれははっきり思うんだ。
おれより先にいっちまった連中も、もちろん、エミのやつだって、きっと今のおれと同じこと考えてた思う。
なぁ、ピート。
おれは、お前に出会えて良かったよ。
お前に出会って、お前とダチになれて。
お前と同じ時間を生きられて、本当に良かったと思う。
おれ達四人が、「ジャリガキ四人組」でつるんでたあの時間は、本当に楽しかった。
辛いこともムカつくことも楽しいことも、色んなことがぎゅっと詰まった時間で、何もかも全部がきらきらした大事なものだった。
四人で手ぇ繋いで無我夢中で駆けてって、あんまり一生懸命突っ走ってたもんだから、時間の感覚も何かわかんねえようになって、あのすごい日々が永遠に続くもんだと思ってたよ。
そんな永遠を信じて、望んでたのは、お前だけじゃない。
いつまでもいつまでも、年食ってもおれ達四人一緒につるんでて、下らねえことで笑い合ってるんだろうってな未来を思い描いてたのは、お前だけじゃなかったんだ。
現実には、そんなこと全然本当にならなかったけど。
おれらはわりと早くに結婚したから同じビルで同居してたのはほんの数年だったし、年食って弟子取るようになってからは事務所もやめちまったけどさ。
でも、あのバカ騒ぎしてた日々が永遠だったら良いなあ、年食っても一緒につるんでられたら良いなあって思った気持ちは、これっぽっちも嘘じゃなかった。
なあ、ピート。おれ達みんな、その気持ちだけは本当に嘘じゃない。
一緒に生きてはいかれないけどよ、おれ達がみんなお前と出会えたことに感謝して、一緒に過ごした時間を心から楽しんで、それがずっと続くことを本気で願ってたってことだけは、覚えててくれよ。
ただあの頃、一緒にきらきらした日々を過ごしてたおれらの顔と、気持ちを信じて覚えててくれりゃあ、お前の中でおれ達はずっと一緒にいられる。
だから、さ。
なぁ、ピート。
もう、よせよ。
こんな死にかけのジジイに縋って泣くのは。
今までの
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