なぁ (3)
投稿者名:馬酔木
投稿日時:(03/ 8/ 8)
それでも、それから二十年ぐらいはまあ、前のままいけたよな。
だけど、おれ達の頭にちょっと白いのが出て来た頃、お前はあれだけいっつも着てたスーツを着なくなった。
お前は「気分転換」とか言って笑って、おれらも合わせて笑ったけど、ホントは笑えなかったんだぜ。だって、お前がスーツを着なくなった理由は、そんなんじゃねえだろ?
おれがまだ十代で、お前に出会ったばっかの頃。私服でスーツなんか着てるお前を見て、おれはちょっとムカついたんだよな。
おれだってあの頃、私服じゃスーツ着てたのによ。チビのおれが着ると、正直どっかアンバランスな気もしたスーツって格好を、お前はすっきり着こなしてた。
背が高くて顔も良くて、スーツっていう大人の格好をぱしっと着こなしてるお前に、スカした野郎だって、ちょっとムカついたんだぜ。
でもよ、変な話だよなあ。
自分も十代の頃は、お前がスーツ着てる姿ってのが、すげえ大人っぽく見えたのによ。
すっかりオッサンになっちまったおれらの中で、若いまんまのお前がスーツ着てると、かえって浮いちまって、ずいぶんガキに見えちまうんだもんなあ。
スーツをやめてそこらの高校生ぐらいのガキと同じ格好をしだしたあの時には、お前、もう何か諦め始めてたんだろ?
おれ達もさ、情けない話だけど、諦め始めてたよ。
スニーカー履いて前衛に躍り出るお前のスピードについて行けなくなって、一緒に前衛なんざ出来なくなってきてる自分を、おれは諦め始めてた。
横島やタイガーも、そうだったよ。
ああ、もう。
おれ達はもう、お前の時間についていくことは出来ないのか、ってな。
最初に身体にガタがきたのは、タイガーだったっけか。
間抜けだよなあ。うっかり転んで骨折して、二ヶ月ぐらい寝込んだだけで、もう腰までひん曲がっちまうなんざ。
あいつは事務所を抜けて、あいつと同じ能力を持ってる若い連中を教えてやるようになったんだよな。
そうしたら、おれと横島にも、協会の偉いさんから話があったんだっけな。
生涯現役って志も良いが、あんた達もそろそろ弟子取って後進の指導に当たるなり、協会の幹部になるなりしたらどうか、って。
要するに、あんたらも年が年なんだから、そろそろ一線から退いて落ち着いてみろって暗に言われてたんだよな。
そう言ってきやがった協会の幹部だっていうジジイに、「おれはまだまだ現役だ!」って言い返してやろうとして、おれは、ふと気づいたんだ。
ジジイの向こうにあるガラス窓に、ぼんやり映ってるおれの顔。
それがさあ、情けないことによ。
目の前のジジイと大して変わらねぇ、皺くちゃで白髪だらけのジジイの顔だったんだわ。
それに気づいた途端、体中の関節がきしみやがった気がして、その晩おれは泣いたよ。
生意気盛りで反抗期で、普段はロクに話も聞きやしねえ孫が心配して部屋に来るぐらい、布団に潜って泣いたんだ。
そんで、慰めに来た孫ってのがまた、その時ちょうど高校生でさ。
その孫と全然変わらねえ年頃に見えるお前を思い出して、余計に泣けちまった。
仕方ねえんだもんなあ。
周りの奴らが褒める言葉を鵜呑みにするほど自惚れてたわけじゃねぇけどよ。
やっぱりあれだけ長いこと一緒に仕事してると、お互いの長所と短所もわかってきて、何にも言わねえままでも上手いことフォローし合えるようになっててさ。
「この四人なら、何でも出来る。おれ達が一緒ならどんな壁でも越えられる」って、いい気になってたけどよお。
時間の壁だけは越えられないんだよな。
それがわかって、おれは泣いたんだ。
でもピート、お前、えらいよな。
おれらが、個人的に弟子を取るから、って事務所が本当にお前だけの事務所になっちまった時も、お前は笑って見送ってくれた。
おれらが結婚して、事務所のビルを出ていった時みてえに。
じゃあ、頑張ってねって笑ってくれたお前をおれは、おれ達は、本当にえらいって思った。
それからしばらくして、だったっけな。
エミが、さ。いっちまったのは。
皺くちゃのババアになってもピートピートってお前のこと追いかけて、百年でも二百年でもお前に引っ付いてそうだったのによ。
馴染みの中じゃ、一番早くいっちまったんだもんなあ。
昨日までピンピンしてたのが、いきなりぶっ倒れてこのままか、って思ったけど、最後の最後に、ちょっとだけ意識が戻ったんだったな。
ほんの五分かそこらだけ、二人きりになった病室で、お前とエミがどんな話をしたのかは知らねえけどよ。
あの女はさ、本当にイイ女だったんだろうな。
真っ青になって黙ってたお前が、あんないい笑顔であいつを見送ってたんだから。
惚れた男を最期に笑わせていくなんざ、並の女じゃ出来ねえよ。
イイ女に惚れられたな、ピート。
今までの
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