ザ・グレート・展開予測ショー

A Reason for lie (中編)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 7/27)


 依頼人は、四十代半ばと見られる落ち着いた感じの夫人だった。鼻につかない程度に匂う香水が、成熟した色気と淑やかな気品を感じさせる。二十年前に会いたかった、と横島は密かに涙した。
 恭しく案内された応接室で、タマモと横島は夫人と向き合うようにソファに身を沈めた。夫人が淹れたアップルティーが、鼻孔を甘くくすぐってくる。

「それで、除霊の件なのですが・・・」

 少し緊張の糸が緩んだところで、夫人が本題を切り出してきた。タマモと横島がティーカップを置いたが、夫人は少し俯いて言いにくそうにしている。内容が内容だけに言い辛いのだろう、タマモが言葉尻を繋いで言った。

「夫の悪霊を祓ってくれ・・・だったわね?」
 
 肯定するように、夫人が小さく頷く。淑やかな様子は相変わらずだが、その顔は僅かに曇っていた。



 夫人には、後数年で銀婚式を共に迎える夫がいた。嘗ては円満な家庭を築いていた二人だったが、男女の仲とは水物である。夫の浮気が発覚し、後は二流ドラマの如きお定まりの展開でお互いの距離が開いていった。
 それでも何故か離婚はせず、夫も家から離れようとはしなかった。だが、その夫がある日突然首を吊り自殺した。過労自殺なのか愛人に捨てられたのか、詳しい経緯は分からない。余りにも唐突に、夫はこの世を去った。
 彼が悪霊として現世に舞い戻ったのは、葬儀を終えた日の晩だった。



「書類の内容に拠れば、大体こんな感じだったと思うけど」

 確証を得るように、タマモが夫人の方を見る。夫人は言葉を発せずに俯いたままだ。それを是と取ったタマモが、一区切りつけるように紅茶を口に運んだ。

「それで、旦那さん(の悪霊)は今何処に?」
「結界で部屋に閉じ込めてあります。・・・そうですね、今からご案内致しますわ」

 タマモが尋ねると、夫人は話を切り上げるようにすっと立ち上がった。やはり第三者に家庭の内情を暴露されるのは気分のいいものではないのだろう。タマモがそれに続き、無作法に茶菓子を齧っていた横島もそれに倣った。
 部屋を出ようかという時、突然ドアが外側から開いた。音も無く、という感じだったので心持ち警戒するタマモと横島。そこから現れたのは、艶やかな髪をした内気そうな少女だった。

「あら、お帰りなさい珠美」

 朗らかな声で夫人が名を呼ぶのと、横島がロケットスタートを切るのはほぼ同時だった。

「ずっと前から愛してましたーっ!!」

 夫人を二十年若くしたらこうなるであろう美貌に、本能レベルで横島が飛び掛かる。が、その後ろ襟首をむんずと掴まれた横島は、ごきりという鈍い音と共にあえなく轟沈した。

「アンタ、こないだもそれで依頼人怒らせたでしょうが。学習能力ないの?」

 ぴくりともしない野獣を見下ろしながら、そうせしめた張本人−−−タマモが呆れたようにぼやいた。ちなみに、何故かその顔は非常に不機嫌だったことを追記しておく。
 横島を引き摺ったまま、案内してと夫人を促すタマモ。我に返った夫人は、何事もなかったように部屋を出た。どうやら、先刻の出来事は記憶の底に埋めるらしい。

「あ、珠美。悪いけど、ティーカップを片付けておいてくれる?」

 学校の制服を着たままの珠美が、鞄を脇に置いて部屋に入る。擦れ違いざまタマモ「だけ」に会釈し、珠美は無言のままてきぱきと食器を片付け始めた。

「・・・・・・?」

 タマモは、どことなく腑に落ちなかった。覇気もなく、霧に溶け込んで消えてしまいそうな程希薄な存在感なのに、快活で澱みのないあの動きはどういうことだろう。どちらかがフェイクであるかのように、珠美のそれはどことなく整合性に欠けているようにタマモには思えた。
 だが、別段気に留めることでもない。寡黙だが有能という人間は数多いし、珠美もきっとその部類なのだろう。タマモは勝手にそう解釈すると、夫人の後を追って部屋を出て行った。





 部屋の前に立った横島は、思わず二、三歩後ずさった。怨念とでも言うべき濁った瘴気が、ドア越しにでもはっきりと肌に伝わってきたからだ。対照的に、タマモは風でも受けているかのように平然とした様子である。

「さて、と。それじゃ行こっか、横島」

 軽く指を鳴らし、タマモが真鍮製のドアノブに手を掛ける。だが、横島はそこに自分の手を重ね合わせると、神妙な顔つきで

「ちょっと待ってくれ」

 と言った。タマモが半眼で横島を睨む。またいつもの臆病風に吹かれたのだろうか、このヘタレは。

「何なのよ。悪霊にどつかれるより、美神に折檻される方がいいの?」
「違う」
「じゃ何なのよ」
「・・・痛くて首が回らねえ」
「・・・・・・」

 形容し難い沈黙が流れた。タマモに後ろ襟首を掴まれた際、慣性の法則に則り、横島の首は深刻なダメージを受けていたのである。
 睨めっこで雌雄を決するのでない以上、視点を変えられないのはキツイ。結局夫人の取り成しで、三時間の猶予と湿布を貰う事になった。

「迷惑かけてスンマセン」

 応接間に戻った後、腰を低くして謝罪する横島。自分にも(欠片ほどは)非があると思ったタマモも、同じ様に頭を下げた。確かに、除霊に来てルパンダイブを試みた挙句、ムチウチを被っていては立つ瀬もなかろう。

「いえ、首の骨が折れなかっただけ良かったですわ」

 夫人が笑えないブラックジョークを言う。横島はやや引き攣りながらも愛想笑いを返したが、夫人の顔が少し寂しげなのに気が付いた。発見当時、夫はけい骨を骨折していたと聞くが、その時のことを思い出したのだろうか。

「あの、えっと・・・俺、上手く言えないんですけど・・・元気、出して下さい。きっとご主人も、それを望んでる筈です」

 考えるより先に、横島は言葉を紡いでいた。たどたどしい言い方だが、それが故に相手を思い遣る気持ちが先立っているのがよくわかる。横島らしい物言いだと、タマモはくすりと笑った。
 だが−−−夫人は、何の反応も示さなかった。ありがとうとも言わず、無知な外野への反発もない。路傍の石を見るかの如く、感情の起伏なく夫人はぽつりと言った。

「・・・夫は、そんなことを望んではいませんわ」

 冷めている、というわけではない。だが、横島は背筋に鳥肌が立つ思いだった。無感情の、能面のような顔。声帯から発しているだけの、信号としてのみ存在する彩りを欠いた声。
 夫人が平面のようにのっぺりした存在に思えてきて、横島は急速に体温が引いていった。何が引き金だったのか、横島にはまったく分からない。だが、夫人を変貌せしめる地雷を踏んでしまったのは間違いないようだった。
 深海の底にいるかのような、重苦しい雰囲気が辺りを包む。横島とタマモが言葉を探すが、何を言えばいいのか分からない。
 再び夫人が口を開いた。実に健やかな、爽やかさすら漂わせる笑顔を湛えて。しかし、それを見た横島とタマモの背中には戦慄が走っていた。その顔は本当に無邪気で、明るくて、そして悪意に満ちていた。
 そして−−−それでいて、麗しい笑顔だった。





「だって・・・あの人は、私が殺したんですもの」

 






 どのくらい、経ったのだろうか。戻って来るまでにお願い、と言い残し、夫人は出掛けていった。婦人会の会合があるらしいが、その場でも、夫人はさっきのような笑顔を浮かべるのだろうか。脳裏にその様子を思い浮かべ、横島は身震いした。

「・・・ねえ、横島」

 タマモが、口を開いた。その声を聞いたのが、随分と前だったように思える。

「要するにアイツは、自分のやったことの尻拭いを私達にさせようってわけ?」
「・・・・・・」

 返事は、なかった。横島自身、事の把握が滞っている。というより、何が真実で何が虚構なのか、その選り分けすらままならない様子だった。

「なあ、タマモは・・・」

 どう思う、と聞きかけた横島はその場で硬直した。タマモの目は、明らかに侮蔑の色を含んでいたからだ。それは自分に対する、というより、人間というカテゴリー全体に対する非難の様だった。皮肉っぽい冷笑を浮かべたまま、タマモは言った。

「所詮人間なんて、自分の為には平気で嘘を付くのね。夫を裏切って殺した挙句、世間も、自分自身さえも裏切って生を貪る。いい社会勉強になったわ。「世渡り」って、こういうのを言うんでしょ?」
「・・・タマモっ!!」

 タマモの肩を抱き、横島が荒々しく立ち上がる。だが、タマモの表情は相変わらずだ。その視線に射抜かれるように、俯いた横島の内から急速に闘志が萎えていった。
 駄目だ。何を言っても、最早タマモは聞く耳を持たないだろう。百の言葉と一つの現実では、説得力は段違いだ。それこそ理想論、否机上の空論にしか成り得ない。鼻で笑われるのがオチである。

 
 ・・・それでも−−−お前を、このままで放っとけるか!!


 自分を鼓舞した横島が、意を決してタマモと真っ直ぐに向き合う。正面から横島に見つめられたタマモは、心臓が大きく跳ね上がった。それに気付くことなく、勢いに任せて横島が口を開く。
 その時、不意に軽い音を立ててドアがノックされた。もう帰ってきたのだろうか。いや、いくらなんでも早すぎる。横島が訝しげに「はい」と返事すると、音を立てずにドアが開かれた。

「えっと、君は・・・珠美ちゃん?」

 そこにいたのは、私服に着替えた珠美だった。ミニスカートから覗く生足に暫し目を取られるが、タマモに思い切り足を踏まれて正気に立ち返った。

「・・・あなた達に、お話があるんです」

 小さくも決然とした声で、珠美は真剣な顔で二人に言った。

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