ザ・グレート・展開予測ショー

けむりのむこう 前編


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(03/ 7/26)

線路脇の横丁をちょっと入ったあたりにその店はあった。
下町独特の狭い路地に年季の入った木造長屋造りの建物が立ち並び、幾重にも焼き鳥屋や居酒屋の赤提灯や暖簾がぶら下がっている。
もう少しおしゃれなところの方がよかったかなとも思ったが、あまり詳しくもない所に行ってハズレるのも気が引けた。
何より、昔馴染の店なのでいらぬ気遣いをしなくてすむほうがありがたかった。

「ちわーす! 空いてる?」
ガラガラと引き戸を空けるともうもうとした煙が立ち込め、脂の焼けるいい匂いが鼻腔をくすぐる。シロなぞはこの匂いだけで三杯はいけそうな勢いだ。
さして広くもない店内だが、ここはいつ来ても賑わっている。安うて、美味うて、雰囲気がええ、とくれば当然だが。
恰幅のよいおばちゃんに案内されて、中ほどの座敷に座る。
壁には昔と変わらず、よくわからん関西ローカルの芸人の色紙や、福岡に行く前のプロ野球チームの写真などが色あせながらも飾られていた。
「忠夫ちゃん、何するん?」
壁の色紙と同じく、これまた色あせたメニューを持っておばちゃんが注文を取りに来る。
が、横島が受け取るよりも早く、待ちかねたという感じでシロが叫んだ。
「にくにくにくにくにくにくっ! お肉が食べたいでござるぅぅ〜〜〜〜〜!!」
「あほかっ! 焼肉屋に来て肉食うのはあたりまえじゃあ〜〜!!」
「きゃいんっ!?」
左右からメニューの硬い表紙で叩かれて、思わず子犬のような悲鳴を上げるシロ。
「うう〜、先生もタマモもひどいでござる・・・」
「あー、もう、コイツのことはほっといて、おばちゃんてきとーに見繕ってくれる?」
「・・・バカ犬」
おばちゃんはクスクスと笑いを堪えながら、今日はアゴのええトコとウルテが入ってるんでそっちは塩で・・・とオススメを上げつつオーダーを入れる。
飲み物は?、と聞かれたので横島は生ビールを、シロとタマモには烏龍茶を頼む。
最近、美神に付き合わされるようになったので、横島も少しは呑めるようになった。ただ、美神は質の悪いつぶし酒なので、飲んでいても楽しいとは思えなかったが。


「タマモ! いきなりハラミを乗せるんじゃないっ!」
「・・・何で?」
「先に塩を焼かなきゃ、みんなタレになっちまうだろーが。シロっ! それはまだ焼けてないっつーの!!」
「うう〜〜、おいしそうな肉汁がどんどん流れていってしまうでござるぅ〜〜〜!」
「少しはガマンしろ。タマモ、そのレバ刺しは焼かんでええ!」
「・・・」
「シロ、そっちはもう焼けたぞ。・・・タマモ、キムチも焼かんでええっちゅーの!!」
すっかり焼肉奉行と化している横島だったが、根本的に何かが間違っていた。


お奉行様の御沙汰も一段落し、箸休めにナムルをつまみながら何杯目かのビールを飲んでいると、不意にタマモが呟いた。
「つまんない」
思わず箸を止め、鼻の頭をかきながら横島が謝る。
「ゴメン、女のコを誘うならもっとムードのあるトコにしたほうがよかったな」
「拙者は充分楽しいでござるよ。このお肉の味がわからないようでは、タマモもまだまだでござるな」
もはや自分だけのカルビをひたすら焼いて食べるシロが合いの手を入れる。
焼く、といっても軽く両面を炙っただけで、限りなく生に近い状態だったが。
「そういう意味じゃなくて―――」
タマモはいったん言葉を切り、氷がすっかり溶けて少し薄くなった烏龍茶を一口飲んだ。
確信はあった。だが、確証は何もない。
言えば、聞いてしまえば、今のままではいられなくなるかもしれない。幸せな時間を失ってしまう可能性は少なくなかった。
でも、このまま聞かずにいれば、いつかかならず破局が訪れる。それだけはなんとしても避けたかった。
「なんで―――」
内面の葛藤を悟られぬように不満を装い、対面に座る男に詰め寄ろうとする。
だがその決意は、予期せぬ客の来店により脆くも崩れ去るのであった。


「商売繁盛、笹持ってこーーーい!!!」


右手に釣り竿、左手に鯛を抱えた七福神のひとり―――――恵比寿天であった。

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