ザ・グレート・展開予測ショー

A Reason for lie (前編)


投稿者名:tea
投稿日時:(03/ 7/22)


 この世に光と闇が存在するように、コインには表と裏があるように。
 生きる限り、人は否応無く虚と実の狭間を行き来する。

 時には争乱の火種を生み、時には愛する者を裏切り。
 仮染めの語りに立体性を与え、何故人は嘘をつくのだろう。














「だ、だから、俺は知らないって言ってるだろ!?ホントだって!頼むから信じてくれよ!!」
 
 椅子に縛り付けられたままの体勢で、引き攣った表情で横島が喚く。だが、彼の眼前にいる少女・タマモは、怜悧な眼差しを向けるだけだ。さながら死刑囚を前にした執行官のように、彼女は如何なる弁明にも聞く耳持たなかった。

「・・・横島。さっさと白状した方が身の為よ?」

 タマモはそう言って、椅子に縛り付けられた横島の耳元で囁いた。右手に発した仄かな狐火を、紙屑の様にくしゃりと握り潰す。
 暗黙の威圧とほの暗く照らされたその顔に、横島の体は芯から竦みあがった。自分がまな板の上の鯉であると再認識した横島は、元来の肝の小ささも相成って、気が付けば震える唇でしっかりと自供を始めていた。

「す・・・すまん。じ、実は俺がやったんだ」
「ようやく罪を認めるのね。ったく、手間取らせて」

 まるで古の刑事ドラマに於けるワンシーンである。唯一違うのは、タマモが左手に持っているのが手錠でなく、カップうどんの空容器だったということだ。

「私が楽しみにとっといた、「超絶グルメ・きつねDX」を勝手に食べるとはね・・・落とし前はきっちりつけて貰うわよ」

 親の仇を見るかのような、怨念に満ちた目で横島を睨みつけるタマモ。右手には、隕石の如き憤怒の狐火が煌々と揺らめいていた。






 一時間後。
 
 炎が俺を見つめてた、などとうわ言をほざいていた横島はなんとか回復し、食べた高級カップうどん一ダース分でタマモと和解した。そのせいで横島の財布は急激な過疎化を迎えたが、自業自得というやつだ。
 
「けど、何で頭っから俺がやったのが分かってたんだ?」

 除霊現場への道すがら、横島が不思議そうにタマモに聞いた。
 今日の除霊は、横島とタマモの二人で取り掛かることになっていた。香ばしく焼けた横島におキヌがキャンセルを主張したが、美神がそれを聞き流し今に至る。非常識な体に常識(良心)的な考えは通用しないのである。
 
「消去法でいったらアンタしかいなかったからよ」

 まことに的確かつ淡白な返答が返ってくる。だが、横島はそれでも得心がいかなかった。あの事務所には、自分の倍食べて十倍走る人狼の少女がいる筈だ。

「シロも似たようなモンだろ?」
「アイツはやってないって言ってたわ」

 横島は、肩透かしを食ったような心境だった。シロはほぼ無条件で信頼しているというのに、自分は扇風機の様に首を振って否定しても信じて貰えなかったのだろうか。友情といえば聞こえはいいが、あの尋問は恣意的に行うには厳しすぎる。
 複雑そうな顔で立ち止まる横島。タマモがそれに気付き、俯いた横島の顔を覗き込む。おおよその言いたい事を理解したのだろう、タマモが軽く溜息を付いた。

「勘違いしないでよ。私は、シロだから信じたわけじゃない」

 横島が、思わず顔を上げた。今の声が何処から発せられたのか、分からなかったからだ。タマモの声色は余りに無機的で、一切の感情を排したように透明なものだった。

「シロも私も、守るべき誇りを持っている。絶対に曲げられない、歪められないものを持っているわ。現実を誤魔化してまで、嘘をついてまで金と保身に走るアンタ達人間とは元から違うのよ」

 それだけを言うと、タマモは横島に背を向け歩き始めた。
 冷たい風が、タマモの金色の髪を軽く揺らす。横島は、何も言えないままタマモの華奢な背中を見つめていた。焦燥にも似た、煤けた感情を持て余しながら。
 「嘘も方便」という諺の通り、嘘というのは会話の潤滑油として不可欠なものだ。だが、それは使い方次第で醜悪な詐術へと変貌を遂げる。即ち嘘というのは心を映す鏡であり、タマモにしてみれば人間のそれは正視に耐えないと言っているのだった。
 極論ではあるが、タマモの言うことは的を得ている。自分の表現力では、理屈の上での反駁は不可能だろう。だが、それでも、横島にはどうしても譲れないことがあった。

「・・・タマモ。一つだけ、言いたい事がある。聞いてくれるか」

 タマモが立ち止まり、首だけを横島の方に向けた。無視されるかもしれないと思っていた横島は密かに安堵したが、タマモは正面に聳える洋館を指差して

「ここでしょ?除霊場所。早く行きましょ」

 とだけ言った。やはり右から左か。横島は落胆し肩を落としたが、一拍置いてから改めてタマモが言った。

「・・・大事なことなんでしょ?目が真剣だものね。終わってから、ゆっくり聞いてあげるわよ」

 確かにその方が都合がいい。少し驚いたが、それよりも本意を汲み取ってくれたことが横島には嬉しかった。

「ん、そうだな。・・・ありがとな、タマモ」

 素直な笑顔を向ける横島に、タマモの顔が心なし桜色にそまる。そんな自分を強引に否定するかのように、タマモはそっぽを向いて駆け足で洋館の中へと入っていった。
 



 本当のところ、横島にはまるきり自信がなかった。自己保身の為にカップうどんの盗み食いすら否定した自分の言うことを、果たしてタマモがまともに取り合ってくれるのだろうか。下手をすれば、タマモの人間への猜疑心を深めるだけになるかもしれない。
 だが−−−横島は、どうしても伝えたかった。他人のために、愛する者のために紡がれる嘘もあることを。
 「大丈夫」といって自分を送り出してくれた、あの雪の様な笑顔の意味を。
 退く訳にはいかない。仲間であるタマモに、アイツを否定されたくは無い。
 横島が、タマモの後を追うように洋館の中へと歩を進める。その唇は、何かを決意したように固く結ばれていた。






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