ザ・グレート・展開予測ショー

おキヌと横島の青春日記(上)


投稿者名:湖畔のスナフキン
投稿日時:(03/ 7/21)

『おキヌと横島の青春日記』(上)c



「や……やっとついた」

 やつれきった表情の横島が、美神の事務所に出勤してきた。
 ドアを開けて中に入ると、そのままガクリと膝をついてしまう。

「ど、どうしたんですか、横島さん」

 事務所にいたおキヌが、横島を抱き起こした。

「い……いや、今月は出費が激しくて、三日ほど前からロクに食べてなかったから……」

 横島が事務所に来るのは、四日ぶりであった。

「もう仕方ないですね──。ちょっと待っててください。すぐにご飯をつくりますから」




 ガツガツガツガツ

 横島はおキヌが作ったご飯を、一心不乱に食べていた。
 メニューは、焼いた鮭の切身をほぐしてのせたおかゆと湯豆腐である。
 空腹が続いた後に負担のかかる食事をすると、かえって胃腸を壊すことがある。
 料理の一つ一つにおキヌの気配りがこめられていたが、横島は空腹を満たすことに気を取られそこまでは気づかなかった。

「ごちそうさま」

 食事をおえた横島は、満足そうな笑みを浮かべていた。

「もう、横島さん。お金がないなら事務所にご飯を食べにくればいいじゃないですか」
「でも仕事もしないのに、メシだけ食いにくるわけにもいかないしなー」
「育ち盛りなんですから、ご飯だけはきちんと食べないと──」
「ただでさえ大メシ食らいなんだから、美神さんがイヤな顔をしないかな」
「美神さんだって鬼じゃないんですから、それくらい大丈夫ですよ」
「そう言えば、美神さんは? それにシロとタマモもいないな?」

 ようやく横島は、事務所におキヌしかいないことに気がついた。

「美神さんはザンス王国で緊急に開かれた、精霊石の即売会に出かけてます。シロちゃんは人狼の里に里帰り。タマモちゃんもシロちゃんにくっついて出かけちゃったんですよ」
「え!? ってことは、おキヌちゃんと俺だけ?」
「今日は給料日なんだけど、おキヌちゃん俺の給料預かってる?」
「そういえば、そうですね。でも横島さんだけじゃなくて、私の分も預かってないですよ」

 ガーン

 横島は激しいショックを受けた。

「そ、そんな……。仕送りがくるまで、あと一週間。このままでは飢え死にしてしまう!」
「だから、事務所にご飯を食べにくればいいじゃないですか」
「うーん、でもそれはおキヌちゃんに悪いし……」
「それじゃ、私が横島さんのところにご飯を作りにいきます!」
「そこまでしてもらわなくても……」
「いえ、ダメです! 横島さんが栄養失調で倒れたら、横島さんだけじゃなくてみんなが困るんですよ」

 横島は考えこむ。正直いって、おキヌの申し出はありがたかった。

「い、いいの、本当に?」
「いいんですよ。それじゃ、明日の夕方にうかがいますね」




 翌日の夕方、両手に買い物袋を下げたおキヌが、横島の部屋を訪れた。

「こんにちは」
「おキヌちゃん、あがって」

 おキヌは横島の部屋に入った。
 この部屋は、まだ幽霊だった頃から何度も訪れている。

「今日はお部屋が片付いてますね」
「さすがに部屋の片付けまでは頼めないからね」
「ふふっ。見られたくない本があるからじゃないんですか」

 横島は赤面してしまった。どうやら図星のようである。
 おキヌは生き返ってからはこの部屋を訪れる回数も減ったが、幽霊だった頃は人目を気にする必要もなかったから、何度も来ては部屋を片付けたりご飯を作っていたりしていた。

「じゃ、台所を借りますね。今日はすき焼きですよ」
「えっ、すき焼き?」
「ええ。牛肉もたっぷり買ってきました」

 横島はすき焼きと牛肉という言葉を聞き、目がらんらんと輝いた。
 よだれがこぼれかけ、袖でぬぐう。

「調味料は揃っているかな。みりんと砂糖と醤油と──、あらお醤油が足りないわ。買ってこないと」
「おキヌちゃん、俺が買ってくるよ」
「ついでに白滝もお願いしますね」

 横島はおキヌからお金を受け取ると、買い物にでかけた。
 おキヌはその間に、料理の下ごしらえを進める。


 プル・プルルル

 おキヌが米を磨いで炊飯器のスイッチを入れたとき、横島の部屋の電話が鳴った。
 おキヌは一瞬迷ったが、受話器に出ることにした。

「はい、横島です」
「伊達だけど──、えっ!? なんで横島の部屋に女がいるんだ?」
「あ、雪之丞さんですね。おキヌです」
「おキヌちゃんか。横島は?」
「えっと、横島さんはちょっと買い物に出かけてますが……」




 片道15分もかかるが、スーパーから戻る横島の足取りは軽かった。

(すき焼きかー。食べるの何ヶ月ぶりだろう──)

 横島の脳裏には、脂がたっぷりのった牛肉がグツグツと鍋で煮えている有様が浮かんでいた。

(おキヌちゃんは、こういうときにポイント高いよな。食事が終わったら、隣に座って肩に触れたりして……)

 横島の妄想がどんどん進んでいく。

(シロもタマモもいないから、誰からも邪魔は入らない。ひょっとしてひょっとしたら……)

 とうとう少年誌では掲載不可のシーンまで、妄想が進んでしまった。
 その状態でアパートに着いた横島は、階段を駆け上がると勢いよく部屋のドアを開ける。

「ただいまー、おキヌちゃん」
「おう、邪魔してるぜ!」

 横島に真っ先に返事をかえしたのは、おキヌではなく雪之丞であった。

「ゆ、雪之丞! お前、何しにきたんだ!」
「何しにって、ちょっと用事があって電話したらおキヌがいるじゃねーか。話しを聞いたらすき焼き作るっていうから、俺も参加しようってわけさ」
「お前に食わせる余分な肉なんてないぞ!」
「安心しな。ちゃんと俺の食う分の肉は用意したから」

 雪之丞は、肉の入った袋を指差した。

「多めに買っておいたから、野菜とかは分けろよな」
「そ、そうじゃなくてだな──」

(お前、邪魔しにきただけだろ)

 横島が目線で訴えた。

(当然だろ。お前一人だけ、おいしい思いをさせてたまるか)

 雪之丞がニヤリと笑い返す。

「大丈夫ですよ、横島さん。ネギと豆腐は多めに用意しておきましたから」
「というわけだ。俺も仲間に入れてもらうからな」


(続く)

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