ザ・グレート・展開予測ショー

くれない(前編)


投稿者名:AS
投稿日時:(03/ 7/18)


降りしきる雨、振り返らない自分。
ポツポツ、髪を肩を濡らしていく滴をまるで無関心に受け止めつつ、その男、雪之丞は紅に染まった己が右の掌を見やった。
そうしてる内にも、雨は、その掌の朱さえ荒い流していく。 それを嫌ったのかーー
ヒュ…!
無造作に、簡単に。 雪之丞は自ら鮮朱を振り払った。

まるでしがみつく『何か』を捨てはらうようにーー……





数日前。

ポリポリと頭を掻きつつ、心持ちうんざりと彼は、今回の事件の報酬を受け取るため、指定の場へと現れた。

事件。

その事件の始まりは、一本の電話が、雪之丞の構える非合法除霊事務所の昼の静寂を破った時だった。
あまりの陽射しのよさと、あまりの暇さに軽くクカーッと所長椅子で仮眠を取っていた雪之丞が、貫禄をもって椅子から転げ落ちたあと、電話をとる。
……神隠し。
それが電話の向こうから告げられた、事件をもっとも象徴的に表す言葉だった。
その事件は、年頃の女性が友達と街に遊びに出かけていった際、女性の友達がほんの少しその女性の元から離れた間隙をつき、女性が消えていたというものであった。
矢継ぎ早に、受話器の向こうから飛ぶヒステリックな声。 被害者の身内とおぼしき声主の大音量に耳を痺れさせながら、雪之丞は眉をひそめる。
眉をひそめ抱いた疑問は明快。それは本当に神隠しなのか? ただ蒸発しただけなら警察の範疇だぜ。そう思いはしたが、電話向こうの『神隠し』と断言する声に、雪之丞はやむなく事件を引き受けた。
「尻尾まいた…なんて風評たてられちゃたまんねぇしな……ったく」
そうした経緯をたどり、雪之丞は事件の解決に乗り出した。 行方不明となった場所は奇しくも、いやだからここに依頼があったのか……事務所からそう遠くない場所であった。
その場所に辿り着いた雪之丞は、すかさず霊的な匂いを嗅ぎ取ろうとするが、何も感じない。 悪霊の気配、悪戯な妖精の気配、厄介な魔族の気配全て。
やむなく面倒にも、探偵社おかかえの情報屋数人をを『無理矢理』懐柔して、そうして手に入れた情報網を駆使した末…彼が辿り着いた真実とは……。

「っっふざけやがって!」

はっきり言おう。 便宜上、事件という言葉を用いたが、いや事件には変わりないものではあるが、終わってみれば彼にとってはどうしても、『事件』とは呼べない。 呼びたくないモノだった。
「ったく…何が神隠しだよ。 写真の嬢ちゃん男のところにしけこんでよろしくやってただけじゃねーか…!」
はっきり言おう。 彼の口から言わせればそういうことになってしまうのだが、今回の事件は前々からストーカーにあとをつけられていた女性が、ついに思いあまったストーカーに軟禁されてしまうという穏やかでない話である。
もちろん連れ去られた女性の両親や家族の心情はいかなるものか、彼とてそんなことに思いを馳せないほど酷薄ではない。 しかしこうして『心霊』とは結局のところ全く関係のない事件をしょいこむこととなった彼の機嫌はお世辞にも良いとはいえない。 その女性を保護したことにより、女性の家族らに手放しで喜ばれ、篤く感謝されようともだ。
「あ〜あ〜、こちとら何でも屋じゃないってーの! また近場の無能な探偵社にいちゃもんつけられちまうぜ…!」
それは探偵社に言わせれば、勝手に自分達の事務所の近くに非合法の除霊事務所を構えたあげく、情報網を強奪したことによるまったく正当な文句ではあったのだが…この男はそんなことには一切心を留めずにいた。
……やっかまれて当然である。

そんな事件のあらましを思い起こしつつ、雪之丞は落ち着いた雰囲気の茶店で被害を受けた女性の両親と面会した。 被害者の女性も一緒だ。
「なかなか…中の上」
『は?』
雪之丞は慌てて、カップに注がれた琥珀を口に含んだ。
「いや……このコーヒーの味だ」
そんな『何でも屋』の不思議な態度をさほどは気にせず、テーブルを挟んで向かい合う両親達は謝礼を手渡す。
「どうも有難うございました!!」
「おかげで娘も無事に…本当に何と言っていいか……!」
謝礼を手渡したあとも、向けられる感謝の眼差しや言葉は変わらない。
そのことに少しだけ、この両親達に親しみを覚えた雪之丞は軽く疑問を振ってみる。
「あ〜…仕事だ。それはいい。それより聞きたいんだが……」
『はい?』
「どうして今回の事件、俺の事務所に依頼を出してきたんだ? だいたい最初から神隠し神隠しと騒いでたようだが…」
「ああ」
「俺の事務所の近くには、つかえねぇとはいえ探偵社もある。 今回のはどっちかっつーとそっちの範疇だったぜ?」
そう言われ、被害者の両親らもお互いに顔を見合わせ、何かを囁き合う。
「それが…」
「それが実は…この子の友達が神隠しだ神隠しだと錯乱して騒ぎましたので、つい私らもそう思いこんで…」
戸惑った夫の言葉を遮って、妻が切り出した。 世間一般でいうところの『カカァ天下』なのかもしれない。
だが、雪之丞にはそれ以上にふと気になることがあった。
(……?)
何か引っかかる。
事件では、その友達が目を離した隙に連れ去られた。
それを受け、友達が神隠しだと騒ぎ立て、それが両親達にも伝染してこういうこととなった。 それにはどこにも矛盾がない。
しかし、雪之丞の現場をこなして磨かれてきた霊感には、僅かではあるが、どこか釈然としないものを感じさせた。
(だが…まぁ…)
雪之丞はその勘の訴えを、保留としておくことにした。
何しろ……懐が温かい! そう! 金があるのだ! それは雪之丞にとって、今この世界で動くどんな大事件よりも重大な現実であった!
(何食おうかな〜! 松坂牛に特上寿司! …いや、のっけからそこまでの贅沢はダメだ。プロセスというものがある……そうだよ! まずは吉野屋! そしてファミレスで舌を慣らせてから…いやいや回転寿司もか)
勿論、そんな事をしてる内に懐はあっという間に冷えることを請け負う。 請け負うが…今の温かさに浸る彼にはそこまで思考は回らない。 回せない。
「あの〜…」
はたと気付く。 数瞬して慌て口元をぬぐった。
(……垂れてたか? いやセーフか……)
「親子仲良くしろよっ! ママはいつまでいるかわかんねーんだからなっ!!?」

最後にそう…キめたつもりで、雪之丞は足早に茶店を立ち去った。

会計? そんなものは言わずもがな、である。





そうしてその事件の一幕は終わった。

そして。

「少し気付いたか? 相変わらず勘のいい野郎だ。 しかし…」

そして、もう一幕が今、始まろうとしていた。

「仕込みは終わった。 舞台で待ってるぜ雪之丞よ!」


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