ザ・グレート・展開予測ショー

また逢いましょう、何度でも (前)


投稿者名:迅
投稿日時:(03/ 7/15)



 ざわめきと喧騒が遠くに響き、ノイズと言えなくも無い。しかしながら、彼女はこの金具の外れたオルゴールのような、決まりがあるようなのにいつまでも慣れない外れた音楽が好きで、耳を澄ませた。どれほど聞いても厭きが来ない。むしろ、彼女の安らぎの1つでもある。
 地上何百メートルと離れた絶壁に足を垂らし、背中は支柱に寄りかかった。こんな彼女の危険を注意するものは存在せず、ただ1人、彼女は唄を知らないものだから、何とせずに目を瞑る。子守唄のようなノイズ、それこそが彼女の唯一知る唄なのかも知れない。口ずさめないのが残念なほどに、彼女は機嫌良くただ耳を澄まし、下界を探った。
 ざわざわ───と、まるで包み込まれるような。

 『・・・あら?』

 ふと、日に何度か聞く嫌な音がした。彼女はその不幸に眉を顰めて目を開き、上空に身を投げ出しそうな姿勢で下界を覗き込むと、少し離れた交差点に人だかりが出来ているのを見止めて呟いた。

 『大事じゃなければいいけど』

 しかし、人はいつまでも去らない。仕事を終えた音源がその場を離れてなお、人垣が崩れこそすれまた修復されるを繰り返し、暫くの間一向に正常化する流れを見せなかった。それは悪い証拠だろうか。
 彼女はその人垣が崩れるまで見つめると、やがて元の位置へ帰って腰を下ろし直した。隣りには生気を失った花束が1つ、今にも風に吹き飛ばされそうな態で揺れている。かさかさ、気の沈んできた彼女を慰めるようにか、まるで喋りかけるようなタイミングだった。
 そこへ鴉が一羽、カァと一度調子良く鳴いて、花束とは逆の彼女の隣りに降り立ってもう一度鳴いた。カァ。彼女はぴくりと肩を揺らして、膝を抱えるようにしていた腕を解くと鴉の方を向き、満面の笑顔で客を迎えた。
 くりくりした、黒曜石のような輝きのある瞳とばっちり視線を交わす。

 『ああ、また来てくれたのね。話相手になってくれるの?』

 とは言え鴉は喋る事が出来ないので、結局は彼女が語り続ける事になる。それでも鴉はまるで相槌を打つかのように首を傾げたり鳴いたりするので、彼女にはとても聞き上手の相手なのだ。
 鴉はトトトと彼女の真横まで横歩きし、彼女の優しく微笑む顔を見上げた。クェ、と一鳴き、それが合図。
 彼女は恋人と話すように頬を上気させて自らが納得するように頷いた。人差し指をぴんと立てる。

 『またあの人との事でいいかしら?そうね、馴れ初め…みたいな感じからかな、きゃっ♪』

 ぎゅーっと自分の身体を抱き締めて身を捩り、彼女は何やら精神世界に旅立ったかのような素振りで花が咲きそうな頭を振った。その異様な桃色オーラが周囲を取り巻き、鴉が思わず一歩引いたのにも気付かない。
 はっと気付けば鴉が不審そうに見上げてくるので、今更恥ずかしさが押し上がりつつも拗ねた顔で彼女は手招き鴉を呼び戻し、今度は一転して寂しそうな顔をすると、ふっと細かな息を吐いた。
 誤魔化すように明るい声で鴉にお願いする。

 『ごめんごめん…。聞いて、ね、お願い』

 鴉は無言で彼女に寄ると、その嘴を擦り付けようとした。鋭い切っ先、では無くてつるりとした側面。しかし、その感触が布越しで彼女に伝わる事は無く、無情にも身体が2・3歩分彼女の身体にめり込んだ。元の位置へ下がり、不思議そうな顔をする鴉。

 クェー?
 『・・・・・・・・・・・・。』

 彼女は言い訳しない。首を傾げる鴉に寂しそうな笑みを唇に乗せ、逸らして空を見つめた。恐ろしい程の快晴、雲ひとつ無い。今日の夕日はさぞかし綺麗なことだろう。
 それでもこの鴉に出会い、彼女は僥倖なのだ。
 幽霊を見る動物は多い。妖怪も然り。
 けれど。

 『…あなたの所為じゃないわ』

 世界最強のGSでさえ気付けない、残留思念───だと、どうか。
 この鴉はかなり特殊なのだ、と言っていい。

 鴉はそんなものか、と単純に受け入れて鳴いた。真っ直ぐ彼女を見つめる瞳は、御伽噺を強請る子供のそれに似ている。
 彼女は普段通りの笑みを取り戻した。


 長い話になりそうだ、と思い。人に比べては無い程に短いだろうその経過は、ほぼ彼女の一生と同義なのだから。



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