ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん一周年記念『Ave Maria』/終幕


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 7/12)


 最初に聴覚回路を刺激したのは、小鳥達の囀りだった。
 高く、短く、耳に心地良い響きが、マリアの聴覚機能を揺り動かし、呼応するように体内の奥から駆動音がゆっくりと響いてくる。
 水底へ音が響いていくように、次第にマリアの全身に広がって、再起動すべく身体の節々が活動し始める。
 視界がようやく戻った時、そこは朝の光に包まれた見慣れた散歩道、森の中だった。 

 かなりの豪雨だったと見え、地面の大半が水に浸かっており、散歩道全体が酷い状態に陥っていた。
 が、木々の葉の上に宿った水滴へ、枝の間をすり抜けて差し込んで来る陽光が反射して煌いている光景は、まさに昼に輝く星達だった。
 時折、葉が揺れ、滴が煌きを放ちながら地面に落ちていき、水溜りに波紋を生じさせた。

 一滴、さらに一滴と波紋を生じる水滴の道筋を視界で辿りながら、マリアは現状を認識しようとしていた。
 自分が何故此処にいるのか、何をしていたのか、なぜ機能が一時途絶していたのか、すべて把握できている。
 全身は水浸しであり、防水機能が無ければ再起動も成されなかっただろう。
 前方に投げ出された足は、足首辺りまで水に浸かっている。

 起動準備は万端だ。だがマリアは一向に動こうとしなかった。
 中枢回路は身体各所と身体バランサーの安全確認に、オール・グリーン(全て安全)との解答を出している。
 にもかかわらず、マリアは起動しようと思わなかった。
 何故ならマリアは記録内のデータの中身を必死で検索していたのだった。


 「検索・続行。昨晩・から・現時刻に・かけての・新規・データを・開示」

 《――――検索終了。その時間帯に新規入力されたデータは存在しません。更なる情報の入力を求めます》


 再起動を果たした後も、マリアはファイルの検索を行なっていた。
 何か大切なことを忘れている。何かあったはずなのだ。何度も検索をかけるがその度に返ってくる答えも同じである。
 だからマリアは、自分に向かって声が投げかけられるまで、その作業に没頭していた。


 「マザー・マリア」


 マリアは作業を中断し、横を見やった。
 屋敷内の雑事を管理する、次世代機アンドロイドが声をかけてきたのだった。



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           『Ave Maria』/終幕


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 「お身体は大丈夫ですか、マザー・マリア?」


 《パシリクス・シリーズ》と呼ばれるタイプのドロイドで、マリアの目の前にいるのは女性タイプである。
 次世代新型機のプロトタイプとして、マリアに預けられている。今では彼女専属のメイドとして行動を共にすることが多かった。
 中学生程度の外見で、肩まで伸びた少し茶色系の金髪に、紫水晶にも似た輝きの瞳。黒と白を基調としたメイド服を身につけている。
 足元の白い靴下と黒革靴が泥水で酷く汚れてはいたが、それでも彼女の愛らしさを損なってはいない。
 認識番号はFX−03となっているが、マリアは彼女に名前を与えていた。


 「問題・ありません。身体・機能に・異常・無し・です。テレサ」


 テレサ。
 遠い遠い昔、ほんの一時だけ、妹としてこの世に生まれた者の名を、マリアは彼女に与えていた。
 初めて出会った時、カオスの屋敷に新型機のお披露目として連れてこられた時、マリアは一目でそう呼ぶことに決めていた。
 今でも、なぜそう考えたのかはわからない。
 だが、カオスにそう進言したところ、なぜか彼は微笑んで了承したことを覚えている。


 「マザー・マリア。防水機構が備わっているとはいえ、長時間の耐水は機構バランスを損ねると思われます。ご自愛下さいますよう」


 滑らかな口調で告げてくるテレサである。
 マリアと比べ、飛躍的に対人関係の機微や、口調の滑らかさ等々の向上が見られるが、感情の発露は未だ発展途上中であった。

 『マザー・マリア』という呼称は、マリアの後継機たちの間からいつしか生まれたものだった。
 開発者の誰かが、ドロイド達の人工霊魂のオリジナルとして、マリアを紹介したことがきっかけとも言われるが、定かではない。
 いずれにせよ《パシリクス・シリーズ》を初めとして、世界中に散らばるドロイド達は、一様に彼女のことを「マザー」と呼んでいた。
 テレサもまた例外ではない。


 「了解・しました。ありがとう・テレサ」


 マリアの言葉に、一礼をもって返すテレサである。
 視線を戻した後、テレサは用件を述べ伝えた。


 「お急ぎお戻りください。お屋敷の方に、ピエトロ・ド・ブラドー少将がお見えです、マザー・マリア」


 ピートの名前が出た時、マリアは急停止した。
 体内回路に原因不明のフリーズが生じ、突然視界が瞬時に白一色に包まれていく。


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 『ピートに伝えてくれたまえ、マリア君。我々は常に君たちと共に在る、とね』

 『しっかり鍛えて来いって言ってやれ。半端じゃ許さねぇともな!』

 『マリアサン、心配無用ジャ。 ワッシ達はいつでもココにおるケンノー!』


 唐巣神父、雪之丞、タイガーが三者三様の励ましを投げかけてくる。


 『今でも・・・・・・あ、愛してる、ってピートに伝えて欲しいワケ・・・・・・』


 口笛交じりでひやかす美神たちに、猛獣すら退かせそうな、鬼気迫る眼光を投げかけるエミ。
 だが彼女の首まで紅く染まっているのが、一同の好意的な笑いとひやかしを余計に誘っている。


 『だ、だから、ちゃんと待ってるって言うワケ! いい、マリア!』

 『きゃ〜、エミちゃんってば〜、らぶらぶ〜♪』

 『ひーっひっひっひっひ・・・・・・・・・・・・・・・ら、らぶらぶ、よねぇ』

 『あーっ、もう! う、うるさいワケっ! 冥子っ、令子っ!』


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 「マザー・マリア・・・・・・?」


 いぶかしむ様子のテレサに、意識を戻されたマリアは、ふと、周りを見回した。
 木の袂に座ったまま、木漏れ日が自分の身体を照らしてくれている。

 ゆっくりと立ち上がるマリアを見やりながら、テレサは彼女に異常は無いかどうか、駆動音などから調査している。
 そんな彼女の様子に、マリアは柔らかな声音で返答した。


 「問題・ありません・テレサ。先に・戻って・着替えて・いなさい』

 「・・・・・・かしこまりました。ですが、お身体に障害等が発生なさいましたら、至急の救難信号発信をなさいますよう」

 「イエス・テレサ」


 深々と一礼して、振り返って屋敷へ向かうテレサの後姿に、マリアは言葉を投げかけた。
 それはまるで、母親が愛する子に諭すような口調であった。


 『泥塗れ・では・美人が・台無し・ですよ?」


 また、視界が柔らかい白色光に包まれる。


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 『マリアー! こっち来たら、一緒にデートしようなっ! ピートには・・・・・・まー、適当に言っといてくれな!』


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 横島の声が脳裏に響き渡る。
 その後すぐに、何故か、少女達の怒鳴り声と拳を振るう音、燃える音、そして横島の叫び声も聞こえていたような気もするが。

 マリアは、初めての笑顔を浮かべた。かのロンドンの名探偵ですら、決して見知る事の無かったマリアの笑顔を。
 それはマリア自身ですら、自覚していない笑顔なのかもしれなかった。


 「解答・保留を・希望・します。横島・さん!」


 答えはもう決まっている。だが告げるのは向こうで再開してからだ。彼に、面と向かって対峙した時にこそ告げよう。
 マリアの微笑みは途切れないままであった。
 きっと、楽しくなることだろう。マリアにはそんな確信があった。

 森を抜け出たところで、マリアは振り返った。
 生い茂った緑と、灰色と青の混ざった空、差し込む陽光が視界を彩る。
 少女は思い、そして、空の彼方に目を投げかけた。

 いつの日にか、あの世界へ行ける。
 私も、そしてピートも行けるのだ。
 作られた存在の私も、かつて魔と呼ばれた存在も、行くことを許された世界へ。
 多くの『友だち』が、住まう世界へ。

 再び脳裏を、心地良いフラッシュバックが訪れる。


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 『小僧・・・・・・お主というヤツは、まったくもって節操無しじゃのぅ・・・・・・マリア! 宿題を忘れるでないぞ!』


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 相変わらずの横島の態度を見て、苦笑交じりに呆れつつも、マリアへの温かな態度を忘れないカオスの姿が浮かぶ。
 あの世界でカオスに課せられた宿題は、今こそ思い出した。
 人の手で生み出された自分が、課せられた問いに、自分で答えを捜し求める時が来たのだ。
 いつのことになるかはわからない。だが自分がカオスの下へ逝く日、その時にこそ、私は胸を張って答えを告げることだろう。

 鐘楼に止まっていた小鳥たちが、羽根を薄く濡らしていた水滴を払うと、次の瞬間、飛び立った。
 一声、高く鳴き、曇り空の隙間から差し込む光の柱へと向かっているように、マリアには見えた。


 「貴方に・心から・感謝・します。ドクター・カオス!」


 軽く片足を引き、衣服の腰から下の両端をつまんで広げ、頭を垂れ膝を折る。
 雲の隙間から差し込む光の柱と、垣間見え始めた青空へと向けて、マリアは淑女の礼を捧げた。
 今は無き、そしていつの日にか遥か彼方の世界でまみえる、創造主と全ての『友だち』の為に。



 ――――――――――『わかるかの、マリア? 天使には羽が有り、わしらには無い。その理由が』






                  了

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