ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん一周年記念『Ave Maria』/第二幕


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 7/12)


 夕刻6時の鐘の音を合図に、マリアは物置部屋の外へと出た。
 特に理由はなかった。強いて言えば、一度、軽めの地震で燭台が棚から落ち、荷を焦がしたからだろうか。
 その日以来、長時間の利用を避けている、と言えば理由になるのかもしれない。マリアはそう結論付けた。

 風雨に耐えうる強化ガラスが張り巡らされた1階の渡り廊下から、マリアは日の当たるテラスへと向かう。
 幾度となく握った真鍮製のドアノブを回し、外の庭へと足を向けたマリアは、突然、先程の部屋の中以上の黄昏色を目にした。
 美しい。マリアは心からそう思う。そして考える。
 人類は何度この輝きに心を奪われてきたのだろう。そして何度無視してきたのだろう、と。
 昼と夜の一瞬の境目。かつてその世界を心から愛した人をマリアは知っている。
 が、古くからの友達は皆、既に去ってしまい、今ではあの時代からの友達はピート一人となってしまった。

 しばらく歩を進めると、日の光を大きく遮れそうな木立が眼に入ってくる。
 広大な土地に建てられた屋敷の中に、更に広がる天然の森林。マリアにとっては慣れ親しんだ散歩道だ。
 その中でも一際大きく、そして広く枝を生い茂らせる楡の木の袂に、マリアは腰を下ろした。
 あの時と変わらぬ、思い出の場所に。
 晩年のカオスと、共に散歩したこの場所に。



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           『Ave Maria』/第二幕


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 木の袂に座り込んでから、既に8時間以上が経過していたが、マリアの回想は続いていた。
 回想を重ねるうちに、時間と空間を考慮しなくなっていたらしく、大雨が我が身を叩いているのに気が付いた。
 水滴が葉を叩く音が小さく聞こえていたが、何時の間にか木々をざわめかせる大雨へと転じていたようだ。
 だがマリアは反応一つ示さなかった。木陰に身を置いていても全身ずぶ濡れであったが、彼女の双眸は閉じる気配すら見せない。
 その姿はまるで、木々の間に置き去りにされた人形のようだった。


 《――――ファイル・ナンバー・423679800071623465。開示します》


 【あっ、小僧! それはわしの肉と言うたじゃろーがっ!】

 【うるへー! 早いモン勝ちじゃー!】

 【よ、横島サン! それはワッシの肉ジャー!】


 カオス、タイガー、横島の3人が、珍しくも共同で除霊にあたり、その報酬で『スキヤキ』をたらふく食すという、とある晩の記録だ。
 一心不乱の表現通りに3人は卵を継ぎ足し、肉を7割、野菜3割の比率で鍋に放り込み、煮えたところをすかさず箸で攫う。
 マリアは些少のダメージを負った左腕のメンテナンスを行ないながら、彼らを眺めていた。


 【マリア、腕の方は大丈夫じゃったか? 今夜の仕事はちときつかったがのぅ】

 【問題・ありません・ドクター・カオス。大丈夫・です】


 映像の中でマリアは答える。
 なんと懐かしい光景だろう。なんとドクターの笑顔が輝いて見えることだろう。
 横島が自分の方を見て微笑み、タイガーが自分の方を見て大口を開けて笑っている。


 【ありがとう・ございます、横島・さん、タイガー・さん】


 彼らも、自分の身を、マリアのことを心配してくれていたのだ。感謝の言葉は自然に口から漏れたものだった。


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 「横島・さん・・・・・・タイガー・さん・・・・・・」


 画面の中の自分とは違う、硬い無機質な声音の呟きが、マリアの口からこぼれた。
 と、突然ノイズが生じた。
 視界に映る3人の像が、急速に色褪せていく。


 《――――胸部に異状痛覚発生。原因は不明。直ちにデータへのアクセスを中止し、総点検を行なって下さい》


 また始まった。今日は良く持ったほうだ。
 だが考慮する必要は無い。いつもの事である。
 マリアは冷静に指示を出した。


 「記録・観賞の・続行を・希望」

 《――――却下します。危険です》


 予想された答えに対し、マリアは更に同じ提案を続けた。
 視界を紅い膜が瞬時に覆い隠した。危険度感知レベルが上昇したのだ。
 いつもとは様子が違う。中枢回路がさらなる胸部異状を訴えてくる。
 だが、マリアは自己への指令を無視した。


 「ファイルへの・接触を・希望」

 《――――却下します。危険です》


 度重なる拒否の指令に対し、マリアからの指示は、いつもの優しげな声音ではなかった。


 「強制・執行・プログラム・作動。ファイルへの・接触・続行」


 ピートがその声を耳にすれば、こう答えたに違いない。
 彼女は『苛立って』いる、と。

 雨は、変わらず彼女に、容赦なく降り注いでいる。
 周りの地面は既に泥濘と化していた。


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 《――――ファイル・ナンバー・433689000756392718。開示します》


 【うーん、マリアにはこのスカートなんかどうかな・・・・・・?】

 【マリア・よく・わかりません・ミス・おキヌ】

 【あっ、これかわいい!】

 【うーん、『せくしぃ』な水着というのは、奥の深いものでござるなぁ・・・・・・いやいや、これも先生のため! 試してみるでござる】

 【アンタらっ! ニ人ともガキの癖に、生意気なもんに手ぇ出してんじゃないのっ!】

 【え〜と〜、令子ちゃ〜ん。これなんか〜、どう〜?】

 【ちょっと、冥子。あんた、それスクール水着よ? 本気なワケ?】


 夏も間近になった季節に、顔馴染の女性たちと共に買い物に出かけた時の記録だ。
 ほとんど荷物持ちのようなものだったが、おキヌが自分をコーディネイトしてみたい、と言ってくれたのがきっかけだった。
 ファッションに関してはデータ不足ゆえ、モデルとしては不適応だと思われることをおキヌに告げたことを覚えている。


 【ダメよ、マリアだって女の子なんだから、おめかしするのはいいことだと思うわよ。ね?】

 【そーそー。アンタ、人造人間だけど見かけは悪くないんだからさ。たまにはいいんじゃない?】

 【うん〜。冥子も〜、そう思うの〜】

 【ま、あんなじーさまの手伝いやってりゃ、着替え考えるどころじゃないワケ】


 水着に気を取られているシロ、タマモをよそに、悪意抜きの笑い声をあげる美神たち。
 スカートを握ったまま、あっけに取られたような自分の顔がどんな風だったかは、おキヌが後で微笑みながら教えてくれた。


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 「ミス・美神・・・・・・ミス・おキヌ・・・・・・ミス」


 再び、安全機能が作動する。


 《――――危険度、70%を突破。至急、行動を要します。ファイルの緊急閉鎖を進言します》

 「進言・拒否・します。ファイルへの・接触・続行」


 黒く濡れる夜空を、雷光と雷鳴が切り裂いた。呼応するかのように胸部の強震反応はますます強くなってきている。
 危険信号が紅く視界を揺らす。
 それでもマリアは動こうとしない。


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 《ファイル・ナンバー・498751346244009877。開示します》


 【横島・さん、タイガー・さん、ピート・さん。卒業・おめでとう・ございます】

 【あっ、マリア!】

 【あ、ありがたいノー、マリアサン!】

 【遠慮無くいただくよ。ありがとう、マリア】


 高校の卒業式を終えた横島たちに、マリアが花束を用意していたのだ。
 赤、白、黄色の薔薇の花束。5本を一束として、リボンで纏めてある小柄なものであった。
 ピートは様になっているが、横島とタイガーはどうにも照れくさげである。女の子からの花束というのは初めての経験だったからだ。

 マリアが彼らを眺めていると、ふと、ピートが横島とタイガーに何事かを小声で呟きだした。
 真剣な表情であり、時折、横島とタイガーの口から、驚きや躊躇いらしき言葉が聞こえてくる。
 しばらくして、彼らはマリアのほうを振り向いた。手にはそれぞれ、花束から抜かれた薔薇が1本ずつ握られている。


 【我等からの感謝の気持ち、お受け取り願えますか、レディー・マリア?】

 【う、受け取ってつかぁサイ、マリアサン!】

 【まー、なんだ、その・・・・・・おおきに、マリア】


 紳士の面持ちで、片膝をついて、紅薔薇を捧げるピート。
 汗混じりの真っ赤な顔で、両手で黄薔薇を握り、差し出すタイガー。
 照れ笑いを浮かべて、頭を掻きつつ、白薔薇を差し出す横島。

 マリアの人工霊魂は、全身の命令伝達系統が、急加熱状態に陥ったことを感知していた。


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 《――――危険度、あと10秒で100%に到達します。回路、並びにデータ保存のため、暫時、稼動停止します》

 「必要・ありません」


 淡々と告げてくる警告に、マリアはもはや鸚鵡のように言葉を繰り返すのみだった。


 《――――回路の凍結準備を了承。凍結工程は順調です》

 「必要・ありません」

 《――――再起動モード準備》

 「必要・ありません」

 《――――活動停止5秒前》

 「提案・・・・・・・・・・・・マリア・M−666へ」


 豪雨降り止まぬ中、マリアは一言だけに力を込めていた。
 最後の一言とするために、最後の抵抗を行なうために、発言機能をフル稼働させた。


 「永久に・稼動・停止・することを・提案・します」


 回路が途切れる一瞬、マリアの頭部がほんの僅か前に傾いた。
 両の眼に溜まっていた雨水がこぼれ落ち、降りつづける雨と交じり合い、マリアの頬を濡らし続けていた。
 そして、涙のように水は流れ続けた。途切れることなく。





                  続く

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