ザ・グレート・展開予測ショー

また逢いましょう


投稿者名:迅
投稿日時:(03/ 7/12)



全くしぶといな、オレ。









 血の、血の海というような凄惨さじゃない。頭大と拳大の血溜りが1つずつに、あとは血痕。多分あの人に殴られたよりかは少量だ。まあ、こんなものかもな、と思う。
 オレは跪くようにして娘の頬を撫でた。目は開かない、身動ぎもしないものの、血色は良い。膝を擦り剥いた程度か、そう了解して心底ほっとするのを感じた。この子に何かがあったら…それに、女の子だ。顔も綺麗なまま、でも額に埃がついていた。弾き飛ばされたときについたのか?拭っても落ちなくて、手を握り締める。
 まあ、まあ、無事と言う事で良しとしよう。
 囲うように集まり始めた人込みのノイズが耳につく。穏やかに眠るこの子を、願わくば起こさなきゃいいけどな、と。睨むように周りを見渡すが、そんなオレを意に介すような人間はいないようだ。
 そのままじっとしていると、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
 ああ、もう退いてくんないかあんたら。
 苛々している内に人並みに亀裂が入って、その隙間から白衣が勢い良く割り込んでくる。遅い、と思うが、日曜の大通りともなれば仕方ないかもしれない。慣れた仕草で勝手に人の娘の身体に触れ、タンカで運んで行くのについて行く。「ああ、この子は無事だな」の後の「気絶してる。頭は打ってないだろうな?」という救助隊員の台詞が気になった。大丈夫だ、とは思ったものの、オレはプロじゃないし。多分衝撃はほとんど殺せたと思うんだけど、それにオレの血入っているから丈夫そうだし。
 ゆっくり、丁寧に運ぶさまをまじまじと見ていると、背後に無遠慮な声がしたが振り返ろうとは思わなかった。

 「やあね。前から危ないと思ってたのよ、ほら、そこの信号ちょっと位置が悪いの」
 「あ、ダメみたいだわ。死体って救急車に乗せられないのよねえ」

 わかってたんなら訴えとけよ、左のパンチパーマ婆さん。
 せめて遺体って言えんのか、右の骸骨婆さんよ。


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 思っていた通り、娘の、蛍の容態は問題無いとの事だった。真白のシーツに包まれて、規則正しい寝息が微笑みを誘う。
 オレとあの人を足して2で割ったような…よりずっと、あの人寄りの愛らしい顔。将来は美人だ、良かったなとはオレも思うところだが、その度に「ホントにおまえの子?」と憐れんだ瞳で見てくれるな、痛過ぎる。この前話も聞かないおまわりに捕まりかけたんだぜ、とは先日の蛍4歳の誕生日会での一幕。
 傍らに立ち、ベッドに両手を着く。眺めて、ああ本当に美人に育つといいな、と。こうして見る限り、親の贔屓目無しで間違い無い筈だが。それ以上に幸せになって欲しいと願う。イイ男捕まえて、その為に目を肥やす事だ。その辺は母親譲りになってくれよ〜、なんてのは男親の思考か。
 黒に近い藍色の髪に触れる。屈んで、露になっている額に唇を落とした。

 「蛍」

 声は聞こえているだろうか。

 「大好きだ。おまえとあの人と、同じだけ大好きだよ。幸せになれ───と、」

 来たか。
 身を起こしてドア側により、先を予想して端に寄った。ぎゅるぎゅるぎゅるっとタイヤの焼ける凄まじい音。絶対何人か轢いて来たに違いない。何度も轢かれてるオレとしては、そいつらが死なない事を祈るばかりだが。
 病院では静かにな、って無理かな。
 荒々しい足音が間違い無く真っ直ぐに此処を目指してくる。

 「ほたるっ!」

 ………仕方が無いか。でも、泣くなよ。化粧が落ちたらまた何人ファンが減るかわからんから。

 「…あなた」

 ぎくり。
 真っ先にベッドに取り縋った妻が、唇を真一文字にして振り返った。一間置き、距離を縮めて、少しほつれた髪を正すように撫でてやり、オレは危うげな表情の彼女を見据えて笑った。

 「無事…だったのよね?」
 「ん。ああ」

 蛍は無事だ。傷1つ付いていないとは言えないが、ちゃんと息してるだろ?
 変な顔すんなよ、似合わないよ、と言ったら殴られるだろうか。慰める上手い言葉が見付からない。天下無敵の姐さん女房がさ、横島令子の名が泣くって言うのはどうかな。
 令子は顔を伏せたまま動かなくなった。左手がしっかりと蛍の手を握って、力を入れ過ぎた指先が白い。
 何だか嬉しいような、悲しいような。何とも言えない気分のオレが一歩下がると、令子は弾かれたように顔を上げて見上げて来た。
 ───ああ、オレがこんな表情させてんのか。我ながら腹が立つ。

 「令子、あの」
 「ッの宿六!ボケアホマヌケッ甲斐性無しのロクデナシッ…、●●●野郎!ああもう!」
 「あ、あう…あのその」

 最後のは、病院で言うような言葉じゃないぞ?てゆーか、隣りに蛍が居るのに、この先の情操教育が激しく不安な───まだ起きないのが救いだ、ちょっと。慌ててぶんぶん両手を顔前で振って泣いて謝るが、令子は構わずバッグの中に手を突っ込むと何かを取り出した。予想は付くが───神通坤!

 「令子〜〜〜〜〜〜〜〜ぉ!」
 「うるっさいわね!泣いてないでそこに直りなさいっ鬱陶しいのよ、この神通坤の、餌食に、餌食に…!」
 「令子」

 蛍が少し身じろいだ。
 落ちたオレの声音に令子は涙目で大きく肩を上下させると、気が抜けたのか、消毒液が沁みこんだ匂いのする床にへたり込んだ。
 手を決して離そうとしない令子を少し邪魔そうに寝返る幼い娘。

 「令子」
 「…何よ。今更言い訳なんて、聞きようが、無いんだからね」
 「ん……………悪かった、って思ってるよ」
 「嫌ね」

 声が震えている。

 「過去形とかって、嫌だわ。電話口で聞いたときより、実際あんたを目の前にしてる方が落ち着いてるんだもの」

 惜しげも無い珍しい表情。掠れる声も、濡れた瞳もベッド中よりドキドキさせられないけど、その分グッと胸にくる。
 あ〜、笑わねーと。笑わせないと。

 「けっこ〜幸せだぜ?蛍ちょっと怪我させちゃったけど無事だしさ、令子とこうして話してられんのもな、ああっその美しい涙を拭う為にさあっ僕の腕の中へ───」

 ぐしゃ。
 キンキンに輝く神通坤が、彼女の手中に。

 「あ、あたしはねえっ、幸せなんかじゃないのよっこの馬鹿亭主!こんなときでもオトさんと気が済まんのかあんた!」

 ま、まじで痛い…。殴られた頭を擦りつつ、座り込んだ姿勢で上目遣いをすると、令子は言葉よりはずっとマシな表情で口許を歪ませ、笑っていた。見慣れた得意げなやつじゃない。それも、自分はマゾかもと思いつつ好きだが、一年に何度と向けられる事の無い素直で優しげな笑みだった。
 やばいな、なんて。抱き締めちゃったりとかしたいなー、と。

 でも間に合わない。

 どうにかニヤける顔を落ち着かせ、オレは無駄に埃を叩くようにすると、切り出した。
 令子は子供のような表情をしている。けれど、頭を撫でるような事は出来ない。

 「愛してるよ」
 
 たっぷり間を置いて。


 「─────────また、な?」


 「…本妻愛人なんて、やーよ。ハーレムなんて以ての外なんだからね。でも、逃がしてなんかやんないんだからっ!」

 叫び、堰を切ったようにボロボロ泣き出す令子と視線を合わせ、下から掬うように軽く唇を重ね合わせると、瞬時に顔が紅くなった。いつまでも初心なところが微笑ましく、笑いを誘う。でも今だけは、いつものように照れ隠しで殴られなかった。
 はたはたと手を振る。泥棒のようだなと思いつつ、窓の縁に手をかけ足をかけ、最後と決めて振り返った。

 「蛍を頼む」

 腹を括った彼女は、当たり前とばかりにニヤリと笑って鼻で笑った。



 堕ちた空はまだ、黄色に眩しい。



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 この開発、高層化が進む東京に地平線は無いに等しい。しかしこの東京タワーからは、ビルの稜線がその役割を果たしてくれている。
 一瞬の狭間。
 刹那のときは、太古から、亡き彼女と観たものと同じものだ。

 来世でも、観れたらいいな。
 彼女と。
 …下手したら彼女達と?
 笑えん。

 ふと気が付き、服の中から窮屈だったものを取り出した。触っても熱くない炎。隠してたのに、あれから会いに行った誰一人として騙されてくれなかった。それどころか令子を始めとし、過半数がまず除霊しようとするとはどういうこった。オレは悪霊じゃねえよっ!と叫んでも聞くのは鴉ばかりなり。

 夕日が沈む。
 藍と橙のコントラストの比重が変わる。
 促されるように、全力で霊力を注いでいたこの見た目も、透けてきた。
 取り巻く蛍のような光。

 いつか




 「またな、オレ」








 終。




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 初めまして、迅と申します。初投稿です。
 どうも、初めてが明るいんだか暗いんだか分別し難い出来になってしまいましたが、一部の方にでも楽しんで頂けましたら幸い。
 明日4時起きなのに何やってんだろうと思いつつ。
 あたしは受験生の筈なのに、という思考を棚の最上段に置きつつ。
 お目汚し、失礼しました。

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