ザ・グレート・展開予測ショー

きみに在りし日のぬくもりを


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/ 7/10)

―すみません。お使いに付き合っていただいて。

―ん。別に…。俺も暇だったし…。

―? なんで後ろをちらちら振り返ってるんですか?

―いや。あのおねーさん、スリムでナイスバディやな〜と思っ…

―! もうっ、横島さんったら! 勝手にしてくださいっ!

―あっ。待って、おキヌちゃん! 待ってってばっ!

― ……!

― ………!!



  『きみに在りし日のぬくもりを』



「おキヌちゃんが入院!? ホントですか? 美神さん」
「ええ。まさかこんな事になるなるなんて」
 それはまさに寝耳に水だった。おキヌとはつい昨日一緒に除霊の仕事をしたばかりなのに。
「事故…じゃ、ないですよね。何かの病気ですか!? そういえば最近、ちょっと元気が無かったよーな気も…」
「違うわ。ケガでも病気でもないの。でも、それだけに厄介で。…まあ、一種の霊障でもあるんだけど」
 美神はいつになく弱気な様子で、歯切れも悪い。
「? 霊の仕業なら、俺たちでいつもみたいにちゃちゃっと解決してやれば……!?」
 思わず身を乗り出す横島に、美神は
「……。ともかく。お見舞いに行きましょう。詳しい話はそれからよ」
 静かに言って、席を立った。 




 おキヌの病室に着くと、既にシロとタマモは先に来ていた。
「ご苦労様。何か変わりはあった?」
「変わりがあれば、いいんだけどね」
「やっぱり……ダメでござる」
 美神の質問に、力なく答える二人。
「『変わりがあれば』って……。もしかしておキヌちゃん、ずっと眠りっぱなしなんですか?」
 横島はベッドの中のおキヌを覗き込む。
 静かに眠るおキヌの寝顔は安らかで、どこも悪そうに見えない。
「いいや。今は鎮静剤で眠っているだけです。でないと栄養点滴もままならないものですから」
 横島の問いに答えたのは、ちょうど回診に来た医師だった。
「しかしまさか、こんな症例に手の施しようが無いとは! こんなことで現代医学が! 現代医学があぁっっ!!」
「う……ん。あれ? 私は…? ここは……?」
 突然の医師の叫びに反応して、おキヌが目を覚ます。
「!? また私を眠らせてこんなものを!? やめてくださいっ! 私は大丈夫ですからっ! ほっといてくださいっ!」
「おキヌちゃん!!??」
 目覚めると同時に自らの腕に刺された点滴の針を引き抜くおキヌを見て、横島は驚きを隠せなかった。
「よ、横島さん! お見舞いに来てくれたんですか!? あ…ぁ…でも……。私、へーきですから。何でもありませんからっ!」
「へーきって。おキヌちゃん……」
 横島は、ただおろおろするばかりだった。
 今までこんな様子のおキヌは見たことが無い。
 そこへ……
「氷室さん。お昼ですよー」
 ワゴンに病院食を載せた看護婦が入ってきた。
「あ。おキヌちゃん、昼飯だって。いいなぁ、入院してれば食うに困ることはないのか……」
 気まずい雰囲気のところで、渡りに船とばかりに昼食のお盆を受け取る横島。
「ぅうっ、俺なんてほとんど毎日昼食ヌキだもんなあ」

「横島さん。それ、食べていいですよ」

「えっ……?」

 一瞬、横島は自分の耳を疑った。
 事態を静観していた周囲の連中の口からも、溜息が漏れる。
「私は食べませんから、横島さんが食べちゃってください」
 お盆を遠ざけ、目を背けるおキヌ。
「なに言ってんだ、おキヌちゃん? 食わないと元気にならない……」
 横島が焦って昼食を勧めようとした瞬間、おキヌが叫んだ。
「帰って! みんな帰ってください! お願だから私の邪魔をしないでっ!!」




「おキヌどのは……『だいえっと』をしていたのでござる」
 病室から出ると、ぽつぽつと事情が説明され始めた。
「食事もほとんどとらずに、かなり一生懸命やってたみたいだけど。横島、あんたぜんぜん気がつかなかったの?」
「えぇ? だって、おキヌちゃんは元々太ってないし。ってゆーか、ダイエットがどうして入院に…?」
 横島はタマモに言われてみてやっと、最近のおキヌちゃんの元気のなさに思い至った。
「一般的に言えば、拒食症……ということになるかしら。でも、今回のはちょっと特別なの。見て!」
 横島が美神に渡された霊視ゴーグルを覗くと、おキヌの胸の辺りで頭デッカチな小鬼がわたわたと右往左往しているのが見えた。
 それは角こそ生えてはいるものの、つぶらな瞳で愛嬌のある顔をしており、とても悪霊には見えない。
「……。なんですか? あの、ちっこいのは」
「昔から、周囲が見えなくなるくらいある一つ事に没頭しすぎるのを『何かにとり憑かれたように』って言うわよね。そんな時は、だいたいコイツらが憑いてるのよ。人の心を駆り立てる鬼………娑駆鬼」
「シャカリキ、ですか? へえぇ、そーだったんですね。でも、ってことは。コイツさえ除霊しちゃえば、おキヌちゃんは元に戻るって事でしょ?」
「バカじゃないの。それが出来ないから困ってんじゃない」
「あんな小鬼、倒そうと思えば一刀両断でござるのにっ…」
 美神の説明にも腑に落ちなそうな横島に、シロとタマモが口を挟む。
「そう。ダメなのよ。アイツは心に根を張っちゃってるから、無理に祓うと精神に異常が残って、最悪ずっとあのままになってしまうかも。でも、何もしなかったらこのまま衰弱して…」
 美神が言葉を濁し、全員が一斉に窓の向こうのおキヌを覗き込む。
「…何か。何か方法は無いんスか? ずっと昔から居るバケモンなんでしょ!? 貧乏神の時みたいに、何か特別な除霊法が残っていても…」
「残念ながら、無いわ。そもそもコイツらは宿主が目標を達成させたら、満足して出て行くの。それまでは集中力を上げる手伝いをしてくれるわけだから『益霊』とも言えるくらいで。今まで誰も敢えて祓うような事はしなかった。でも、今回はダイエットなだけに…」
「達成すべき目標が分からんのでござるな」
「もしくは、到達点なんて無いのかもね」
 皆の目線の先、おキヌの胸の上では相変わらず小鬼がわたわたしていた。
 そんなコミカルな姿すら、今は凶悪な悪霊がおキヌの命を蝕んでいるように見えるのだった。




「過度の栄養失調により、もう3日も昏睡状態です。このままでは……」
 医師の言葉が、病室に重く響き渡る。
 美神たちが何の方策も取れぬまま、1ヶ月が過ぎていた。
 その間も横島たちは何度と無くおキヌの病室を訪ね、ダイエットなどする必要が無いことをあの手この手で訴えようとしたのだが、その都度追い返されてしまっていた。
 一切の食料をとらず、点滴による栄養補給すらままならないおキヌの体には、もう限界が来ていたのだ。
「もって今日、明日……というところでしょう」
 医師が聴診器をあてるおキヌの体も、脈を測る腕も、覗き込んだ顔も、青白く痩せさらばえてしまい、元の元気だったおキヌが見る影も無い。
「くそっ! なんとかならんのかおっさん!? あんたの信じる現代医学はそんなに役立たずなモンなのか!?」
「やめなさい、横島クン。それに、これは医学というよりは私たちの方の職分だったはずよ」
 興奮して今にも医師に掴みかからんばかりの横島を、美神が静かになだめる。
「でも美神さん…俺、おキヌちゃんに何もしてやれないで…死津喪姫の時だって何も。結局は生き返れたけど、せっかくのその命が今は…それなのに……」
「…そうね。あの時私たちはおキヌちゃんを止めることが出来なかったし、間に合わなかった。…もう、もう二度とあんな思いをするのはゴメンよね」
 自分に言い聞かせるように話す美神の顔に、だんだんといつもの覇気が戻ってくる。
「シロ! タマモ! もう一度人脈を洗い直して解決法を探すわよ!」
「りょーかい!」
「それでこそ美神どのでござるっ」
「美神さん! 俺も…」
 シロ、タマモ、それに続いて横島が席を立つ。
「あんたはおキヌちゃんの傍についていてやりなさい」
 横島のみを手で制し、病室を出る美神。
「まあ、そういうことでござる!」
「ここは任せたわよ!」
 2人も捨て台詞を残しながら、美神を追って病室を飛び出していった。




「おキヌちゃん……」
 一人病室に残された横島は一晩中、片時も離れることなくおキヌの傍で看病し続けていた。
 一睡もせずに、トイレに立つ事すら忘れて、ただただ、おキヌの寝顔を見つめるのみ。
「きっと。きっと、美神さんたちがなんとかしてくれるから。だから、死なないでくれよ」
 祈るような気持ちで、痩せ細った手をそっと握り締める。
 それは、ドキリとするほど冷たかった。
「あ…あ……。死ぬな! おキヌちゃん! おキヌちゃんが死んだら俺は、俺はっ……!!」
 たまらず、耳元で叫ぶ。
 意識が無いので聞こえるはずもないが、かまいやしない。
「ずっと。ずっと好きだったんだ! おキヌちゃんのことがっっ! 一番大切だったんだっっ! 失いたくないんだっっ!」
 涙が、零れる。
「俺、こんな事にも気付かなかった。こんなに大切なのに、失いかけるまで気付けなかった……」
 流れた涙が、頬を伝い、握られた手の上に、落ちた。そこに……



「横島……さん?」

 背中で、不意に声がする。

「お、おキヌちゃん!? よ、良かった。目が覚めたのか!」

「えへへ…………おナカ…すいちゃった」






 朝方に戻ってきた美神たちは、おキヌが目を覚まし、横島の手からお粥を食べさせてもらっているのを病室の外から眺めていた。
「おキヌちゃん、嬉しそうな顔しちゃって。私たちがどれだけ苦労したと思ってるのかしら」
「そーゆー美神さんも、嬉しそうでござるよ」
「バカ犬、あんたもね」
 3人は仲良くドアの窓に顔をくっつけながら、揃ってホッとしたような顔をしていた。
「でも、どうして治ったのでござろうな」
「案外、あのカオスとか言うじいさんが言ってた事が当たってたのかもね」
「『ダイエットの目標なんて、惚れた男に振り向いてもらう事くらい』……か。まあおキヌちゃんならね……」
 美神は霊視ゴーグルを仕舞いながら、フッと一人微笑んだ。
 シロとタマモは、それを不思議そうに眺める。
「でも。あの丁稚をこのままにしておくのは。なーんか気に食わないのよねぇ」
 美神はいつもの、あのニッコリとした笑顔を浮かべ、病室のドアを蹴り開けた。
「くぉら! 横島ぁ! あんたねえっっ……」

 そして、取り戻される、在りし日々。

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