ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん一周年記念『ヒト』(後編)


投稿者名:hazuki
投稿日時:(03/ 7/ 9)

そしてこの人たちは、ぼくに幸せを、くれたんだ。







「……ジム」

「イエス・この子の・名前・ジム・」
そっと、赤ん坊を抱きあげながら、マリアは言う。
表情も声音も変わらないのに、身に纏う空気は柔らかい。
何の変哲も無い、名前である。
ごくごく普通の、当たり前の名前で特に意味があるわけでもない。
けれど、

「この子・幸せに・なる・名前・難しく・ないほうが・いい。」
その言葉には、自分達のような、ヒトとは違うものと暮らす事への気遣いが感じられた。
自分達が育てるのは仕方ない。
そうしたいと思ったのだ。
けれど『普通の人間』なのだからこの赤ん坊はそのうち人間の社会の中にかえるだろう。
人は、ともかく自分達とは違うものを、排斥するものだ。
ならば、一つでも少しでも目立たないものをと思ったのだろう。
自分達のような─混沌やら、聖母やらご大層な名前はいらないと。

そんなマリアの『こころ』に気付いたのかカオスは笑い
「いい名前じゃの…」
と言った。


一年
赤ん坊がよちよちと、歩き出す。
手すりに掴まって歩くその姿に、二人ははらはらしながら見守る。
「ジム・危ない・マリア・手伝う」
よちよちと、歩く姿に慌てて近づき言う。
「いかんぞっ!!ここで、近づいたら駄目じゃっここが正念場なんじゃっ!」
「あーっ」

二年
「ま……マリア……ああー」
ジムはちっちゃい指を、マリアにさしてマリアの名前を呼ぶ。
「はい・マリア・です」
こくこくと頷きマリア。
「ワシはワシはっ」
わくわくと、言ったかんじでドクターカオスが言うと
「……ど、ドクター・カオス」
にこっと笑いジムはカオスを指差す。
「………かわいいのお」
「イエス・ドクターカオス」

三年
「あーっこりゃっ!!!!この本に落書きをしちゃいかん!!!!」
床にうずくまって、ペンで書きまくってるジムはきょとんと目を見張っている。
「かおす」
ジムは、何故カオスが怒っているのかわからないらしく、ばさっと本をカオスむけ、人間とも思えないなにかを差し出す。
どうやらカオスの似顔絵を書いているらしい。
ぐっと、その愛らしさに怒ろうとするが、声がでてこない。
ひょいっとマリアは、そんなジムを抱き上げ
「ジム・その本に・絵を書いては・駄目・です」
むうっと怒ったように言う。
表情や、声音こそかわらないが、ジムにはマリアの変化がわかるらしくしょぼんっとうな垂れる。
「書いちゃ駄目?」
「イエス・ジム・ドクター・カオス・困ります」
目に一杯の涙を貯めながら、ジムはこくんっと首を縦に振った。

仕方ないけど我慢すると言った感じである。


そんなふうに穏やかに、騒がしくだけど、確実に月日が流れていった。

時の流れの中、まったく姿の変わらない二人を尻目にどんどん、成長していくジム。
あの時からもう、十年たっていた。
茶色の髪にきらきらと輝く大きな瞳、整ってはないが、どこか憎めない愛嬌のある顔立ちである。
性格もいたって素直な少年で、すこしばかり人が良すぎるくらいだ。
ジムが大きくなるにつれて、カオスは村の人々と交流を持つようになった。
ちょっとした発明で、村の暮らしを潤し人々の相談にも乗る。
その深い教養と知識で的確なアドバイスをし更には、医者のまねごとまで出来る。
いまやカオスは、この村のちょっとした名士ですらあった。
そしてマリアはその娘として、ジムはその名士の孫として村人に可愛がられていたのだ。


たたたたたたっ
そんなある夕暮れ
ジムが息を切らしながら、屋敷にもどる。
カオスは揺り椅子に身体を鎮め、本を読んでおり、マリアは夕食の用意をしている。
これもこの十年でありふれた光景だ。
「マリアッッカオスッ!!!!!」
ばんっとドアを開きジム。
「おかえりなさい・ジム」
マリアは手を止めカオスは本から顔を上げ何か言おうとするが
それを言葉にすることは、できなかったのだ。
何故なら、ジムは泣いていたのだ。
はらはらと、涙を流し、苦しそうに、その言葉を紡いだ。
「ねえ……カオス………マリアも…二人は人間じゃないって…本当………村の長老が今日、そう言ってたの僕…聞いたんだ」
嘘だとそう、笑い飛ばすことを望んでいるかのように、ジム。
「嘘だよね……だってだって…本当のわけないもん」
マリアはそっと屈み、ジムと同じように目線をあわせ言った。
「イエス・マリア・人間では・ありません・ドクターカオス…・も・普通の・人間・では・ありません」
淡々とした声なのに、それはひどく悲しげに聞こえる。
「僕も…?」
「ノー・ジムは・人間です」
その言葉に、ぶわっとジムはむせび泣いた。
なんでっと言いながらマリアに抱きついて、泣く。
悲しくて悲しくて仕方が無いというような泣き方に、そっとマリアはジムを抱きしめる。
カオスは苦虫を噛み潰したような表情でそれを見る。
そして、ジムは胸の痛みを少しでも和らげようと、泣いた。
悲しかったのだ。
心臓が、握りつぶされると思えるほど。

自分だけが人間で、普通の人間であるということが
マリアやカオスと違うという事が。
ずっとずっと疑問には感じていた。
みんなの手は暖かいのになんで、マリアの手のひらはつめたいのだろうと。
カオスは、何故自分の年齢をいってくれないだろうと。
他の誰と一緒でなくてもいい。
このひとたちと一緒でいたかったのに。

こんなにあたたかいひとたちと一緒じゃない。

ジムは、それだけが、とても悲しかった。
つづく

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