君ともう一度出会えたら(10)
投稿者名:湖畔のスナフキン
投稿日時:(03/ 7/ 5)
『君ともう一度出会えたら』 −10−
「何!? 攻撃せず、反転して逃げろと?」
「そうです」
「アホかいっ! 敵の前でそんなことしたら、後ろから直撃をくらうわっ!」
「そうじゃないんです。敵艦なんかはじめからいなかったんですよ」
「?」
土偶羅が不思議そうな表情で、俺を見つめた。
「俺たちが交戦しているのは、時間軸のずれた俺たち自身です。自分の攻撃で死ぬところだったんですよ!」
「──思い出した! あの女、魔族のファイルに載っていた時間移動能力者だわ!」
ルシオラが美智恵隊長の情報を思い出した。
「妨害霊波で時間移動を封じているのを逆に利用して、数秒から数分の時間のわずかなズレを作り出しているのか!」
「ひとまずここから離れましょう。正面に逆天号が現れたら迂回して、あの女から離れたところで異空間に潜航を──」
「ちょっと待って! ベスパちゃんが今、外に出てるでちゅ」
「な、なんですって!」
「このままじゃやられるから、せめてあの女をぶっ殺すって──」
「なんで止めなかったのよ、このチン○口!」
ルシオラからチン○呼ばわりされた土偶羅が、ガーンとショックを受ける。
「これだけの罠を張る相手なのよ! ノコノコ船から降りたりしたら、ベスパが危ない!」
パピリオと俺は、逆天号を出て眼下の空母へと向かった。
甲板の上でベスパが、銀の弾丸の乱射を浴びている。
やばいっ! 少し急がないと。
「痛てててっ! こりゃ、銀の銃弾か!」
「悪ガキにおしおきするのに、手段を選ぶつもりはないのよ!」
美智恵隊長が手にした武器を大きく振りかぶってベスパに向かって突進したとき、俺は『閃』の文珠を投げつけた。
カッ!
空母の甲板が、閃光につつまれる。
「逃げるでちゅ、ベスパちゃん!」
「ルシオラが潜航装置を応急修理した。一時撤退だ!」
「ポチ──」
パピリオがベスパの腕を掴むと空中高く跳躍し、そのまま撤退した。
「横島クン!」
「隊長、もしかして俺を、奴らと一緒に始末しようとしたでしょう」
「これがそのお返し!?」
「……そう思ってくれていいですよ」
「助かったんだから、いーじゃん。男が細かいことを気にしちゃダメ♪」
隊長がにっこり笑って、俺の肩をポンとたたいた。
はぁ、これだ。まったくこの笑顔で、いったい何人の男が騙されたんだろうか。
「下っ端を使い捨てにするなんで、アシュタロスみたいな手口は、俺は認めませんからね」
俺は隊長に、ボソッとひとこと文句を言った。
「何やってるんでちゅか。早く戻るでちゅよ」
その時、パピリオからの通信が入った。
その直後、首輪が光り俺は空中へと引っ張り上げられた。
逆天号に戻った俺は、司令室に向かう途中の通路でベスパとルシオラとすれ違った。
「ポチ、おかげで助かったよ」
「ど、どういたしまして。ベスパ様」
「……ポチ、ちょっとつきあってくれない」
「はあ、いいッスけど……」
俺とルシオラはベスパと別れると、デッキへと上がっていった。
ひょっとして、いよいよアレかな? やべえっ、心臓がバクバクしてきた。
「あ、あのー、何の話でしょう?」
「ポチ、おまえなんて名前なの?」
「は?」
「人間の名前よ。ちゃんと聞いてなかったから──」
「横島忠夫ですけど」
ルシオラがキッとした目つきで、俺を顔を見つめる。
「『ここで一緒に夕焼けを見たから』って言ったわね。バカじゃない? あんなささいなことが引っかかって敵を見殺しにできないなんて──」
「いや、その、あれはですね。その、なんと言ったら──」
「私たちは、一年で何も残さず消えるのよ! それなのに、あんなこと言われたんじゃ──」
ルシオラがギュッと俺の胸に抱きついてきた。
「もっとおまえの心に残りたくなるじゃない……」
俺の服をつかむルシオラの手が、わずかに震えていた。
「……敵でもいい。また一緒に夕焼けを見て。ヨコシマ」
ルシオラの手を通して、期待と不安の入り混じったルシオラの気持ちが俺の心に伝わってくる。
俺は黙って、ルシオラの背中に手を回し、軽く抱き寄せた。
──── ・ ──── ・ ──── ・ ──── ・ ──── ・ ──── ・ ──── ・ ────
ゴトン ゴトンゴトン
「……今ごろあいつら、必死で私たちを捜しているでしょうね」
「灯台もと暗し。まさかこんな所にいるとは思うまい」
ルシオラたち三姉妹と俺、そして土偶羅は特急電車に乗っていた。
俺が土偶羅を抱え、小さくなった『逆天号』を入れたガラスケースをベスパが抱えている。
ルシオラたちの服装も女性向けのブランド物で、ばっちりきめている。
「太平洋で姿を消して、我々がこっそり東京に戻って電車に乗り換えているとは! もう完璧なトリック!」
土偶羅が勝ち誇ったかのように喋っている。もっとも周囲に知られるとマズイから、小声で話しているが。
「トリックってゆーか、反則なのでは……」
俺は軽くあいづちをいれた。
「逆天号は『兵鬼』だからね。いつもあの大きさだと思うのが盲点さ」
特急電車の四人がけの座席に俺たちは座っていた。俺とルシオラが窓際の席で、向かい合って座っている。
ルシオラはずっと文庫本を読んでいたが、土偶羅が別の方を見ているときに、本越しで俺にチラッと視線を向けてきた。
ルシオラの軽い上目使いの視線に、俺はポッと顔を赤らめてしまう。
「ポチ、なんだか頬っぺが赤いでちゅよ」
隣に座っていたパピリオが、俺の顔をのぞき込んできた。
「い、いえ、ちょっと最近疲れ気味なもので。ハッハッハッハ」
「疲れているんでちたら、駅につくまで寝てていいでちゅよ。パピリオが起こしてあげるでちゅ」
「あ、ありがとうございます」
俺は軽く目をつぶったが、目の前のルシオラが気になり、眠るどころではなかった。
二時間ほど電車に揺られた後、俺たちはある駅で電車を降りた。
駅から海へと向かう道を歩いて行き、海がよく見える小高い丘の上に建っている別荘に入った。
「な、なんて小ぢんまりした基地なんだ!」
「目立たんし、おちつくし、安いのだ」
背中に背負ったリュックの中にいる土偶羅が答えた。
「ほらよ。ゆっくり休んでケガを治しな、逆天号」
ベスパがカブト虫を放すようなしぐさで、小さくなった逆天号を傍らの木の幹にくっつける。
「治るまでどのくらいかな?」
ベスパがルシオラに尋ねた。
「ニ・三日ってとこかしらね。それまでは、ここでおとなしくしてましょう」
ベスパとパピリオが別荘の中に入っていく。後を追って中に入ろうとした俺を、ルシオラが呼び止めた。
「それじゃ、ポチ。買い物につきあって」
「は、はい」
俺とルシオラは、車でスーパーへと向かった。
「パピリオにハチミツ、ベスパはタンパク質、私は水と砂糖と……」
前は気づかなかったが、ルシオラはけっこう買い物を楽しんでいるみたいだ。
まあ女の子は、たいてい買い物好きであるが。
「ねえ、なにか買いたい物ない?」
ルシオラが振りかえって、俺に尋ねた。
「い、いえ、特にないッス」
「バカねえ。二人きりなんだから、そんなに固くなることないのに」
あの時以来、俺とルシオラはどんどん親しくなっていった。
ルシオラはみんながいる時は素っ気ないフリをしているが、二人きりの時はにこやかな笑顔で、俺に話しかけてくる。
前はお互いに全然余裕がなくてギクシャクするばかりであったが、今度はだいぶ余裕をもった会話ができるようになった。
「じゃ、基地までお願い」
買い物を済ませた俺たちは、車に荷物を積み込みスーパーを後にした。
ギィ
不気味なうなり声がエンジンルームの中から聞こえてきた。
本当にこの車は、一体どんなエンジンを積んでいるんだろう?
「私たちがどうしてお金持っていると思う?」
「あ、そういや、なんでです?」
「南米で最初の基地を作ったとき、骨と一緒に金が出てきたのよ。それを土偶羅様が日本企業に売り飛ばして円に換えて──」
ルシオラが椅子の下から、冠や指輪などの金細工を取り出した。
「おかしいでしょ?」
「そ、そーッスね。その会社、なんて名前です?」
「えーと、村なんとか商事っていったかな。忘れちゃった」
おいおい、まさか村枝商事じゃないだろうな。オヤジの会社だったら、本当に笑えんぞ。
「ねえ」
「は?」
「私とドライブしていて、楽しい?」
助手席に座っていた俺は、運転席に座っているルシオラの方を振り向いた。
ルシオラの表情が、わずかに憂いを帯びている。
「楽しいわけないよね。私と一緒にいたって……」
「え?」
「ヨコシマを無理やり逆天号に連れてきて、それからいろんな仕事を押し付けて、少し優しくされたからって迷惑を考えずに連れ出して……」
「……」
「下っ端魔族は惚れやすいのよ。知能の割に経験が少なくて、アンバランスなのね。子供と同じだわ」
「そ、そんなことないさ」
「でも迷惑なんじゃ──」
「前はそうだったけど、今は違うよ。ルシオラと一緒にいたいから、ここにいるんだ」
「……」
ルシオラの頬が、ほんのりと紅くなった。
「夕陽がみたい──」
「えっ? 今なんて?」
「でもこっちは東側だから、夕陽なんて見えないよね。私、バカみたい」
「そこを上がっていったらどうかな?」
俺は本道から外れて、崖の上っていく道を示した。
(続く)
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