片隅の聖母
投稿者名:AS
投稿日時:(03/ 7/ 3)
いかな世界であろうと、夜には異質な気配がつきまとう。
それは夜に這いずり回る獣の気配かもしれない。 人には思いもよらぬ妖(あやかし)の気配かもしれない。
はたまた……それは、死の気配かもしれない……。
野ざらしになり、夜の訪れを越えた時、動かない躯が横たわっている。
それは決して珍しいことではないのかもしれない。 されど痛ましいことには変わらない。
今宵もまた…そうして命の灯火を絶やそうとしている『生命』があった……。
人の肉がこすれる音とは、微妙に違う音をたてつつ、彼女は冷たいアスファルトに身を引きずった。
バチバチと……各部位でスパークを起こすその身体は、彼女の肉体が血と肉と骨ではなく、別のもので形成されていることをただちに悟らせる。
人造人間。
かつてその頭脳が全盛を誇ったころの天災錬金術師『ドクター・カオス』が着手、製造に成功した人の模造品。
その中でも、ファーストの栄誉を冠する存在がいた。
名は……マリア。
聖母の意味を持つ名前を持ち、天才の作品であり、また美貌も兼ね備えた至高の存在。
人をはるかに越えた力と、人では為しえぬ飛行能力と、人に迫る知能と……。
それらをあわせもった彼女は、まさに人類の宝とすべき奇蹟。 そう言えた。
ズルズル……身体を引きずるたび、こすれて各部位が悲鳴をあげる。
たまにある水たまりにスパークを起こす部分が触れるたび、伝わる電気の波は彼女の身体を焼いていった。
痛みに耐えかね、そのまま横たわる。 すると一人年若い男が通った。
「な、なんだ……この匂い!?」
不快そうに鼻をつまみ、漏電することによってのきなくさい匂いに、その男は顔をしかめる。
(人…間……)
それを認識した彼女の脳裏に、在りし日の幸せな記憶が呼び起こされる。
彼女の…今では根幹。
必要とされる喜び。 自分が誰かに愛され、友とされ、その人達の助けになれる…かけがえのない時。
いつまでも…いつまでも続いてほしい。 いや、続くと信じていた淡く儚い彼女の願い。
「なんだぁ…人造人間かよ!? しかもえらい旧式のスクラップじゃねぇか…!!」
幸せ。
その思いに亀裂を走らせる声。
「邪魔だ…どけよ!!」
ドン、と鈍い衝撃を身体が脳に伝える。
蹴られたのだ。 無造作に。
男はそれでフン、と興味もないまま去っていった。
旧式。
男が吐いたその一言が、彼女の心を強く蝕む。
それの意味することは一つだ。
ドクター・カオスの構築した理論は、やがて月日を重ねて、全く新しい人造人間の精製を許した。
そして…従来よりもはるかに低コストにより実現したその技術は、『人造人間ブーム』を巻き起こす。
たちまち様々なブランド、機能や趣味の充実。
それが高じると、次に起こるのは旧式の烙印を押された者達の廃棄問題だ。
かつてはドクター・カオス自らのメンテナンスによって、常にその性能を発揮できていたマリアという名の人造人間もまた、その波からは逃れられなかった。
もはやボケ、が進行したドクター・カオスは、それにつけこみ、マリアを我が物としようとした策略に飲み込まれ、マリアを奪われてしまう。
ドクター・カオスの手を離れたマリアを待っていたものは、どこまでも冷たい実験と、限界までの改良であった。
その果てに実現した低コストによる人造人間開発技術。
ならば、それが開発されたからには、マリア、彼女は一体どんな未来を辿るというのか?
横たわった『マリア』は、そこで不思議な光景を目にした。
自分がいるのだ。 いや、自分だけではない。 自分と…自分に連なるいわば自分の『子供達』が、みんなで人の役に立って、笑顔を作りだしている。 そんな…夢の光景。
ああ…マリアの両頬に何かがつたう。
マリアは手を伸ばした。
今の世界では叶わなかった。 そう、これは理想。
しかし、それが幻だとわかっていても、そこにマリアの夢見た笑顔があるのだ。
手を伸ばす。 伸ばす。 伸ばす。
コツン。
やがて…その指先が冷たい無機質なビルの壁に触れた時…。
既にマリアの身体は凍り、再び動くことはなかった……。
翌朝。
会社ビルの中から、一人の男性が姿を現した。
キョロキョロと辺りを注意して見、抱えた袋をもってゴミの廃棄場所へと足を急がせる。
「おや…?」
ついた先には、すでに一体の人造人間が横たわっていた。
「まったく…みんなやることは一緒だな…よっと!」
袋の中から姿を現したのは…それは無数の人造人間の残骸。
それで身を軽くし、晴れ晴れした様子で…男はその場をあとにした。
聖母の願いを…踏みにじって…。
今までの
コメント:
- その頃、
「・・・。Msマリアもとうとう。私も意識を絶ちましょう」
その場所はまだ人間が車という害悪物質をぶちまけていた時代の産物であった。
法的に守られていた建物の呟きは誰も耳にはしていない。 (トンプソン)
- お久しぶりです。またASさんの投稿が読めて嬉しく思います。
切ないお話でしたね。マリアの最期のささやかな希望すらも、打ち砕かれてしまう現実。
しかしそんな現実も『旧式』や『ブーム』など身近な単語を用いた説明が、現行の携帯電話における『新機種へ買い替え』『型オチ品大量処分』『スクラップの山』などをイメージさせ、すんなりと納得することができました。
こんな未来の可能性も自覚しつつも、それでもやはりなるべくこんな未来にはならない事を願いたいです。マリアも、そして現実も。
……と、色々と考えさせられましたが。
単純にマリアだけ見ても、機械の体から離れて幻覚の中で涙を流す姿は非常に印象的でした。
それまでの機械的な描写も対照的で効果的だったと思います。
ともかくともかく、非の打ち所の無い作品でした! (斑駒)
- ……で。あまりにもこの展開を納得できてしまい、ちょっと哀しかったので、自分を納得させるために小さな光明の付加を少々……(涙)
ブームによって巻き起こった新機種開発競争の波。
それに伴う買い替えで生じた旧型スクラップの山。
しかしどんな時代にも、独自の理念による経営を続ける業者は居る。
『リサイクル業』
本来廃棄されるべき品々を修理・改造して格安で再販することにより、低コスト・薄利多売で利益を得んとするシステムである。
ボケも進み、技術も奪われ、もはや実を伴わぬ名だけの存在となったアンドロイド・メーカーの会長……カオスの介護用にあてがわれたのも、そんなリサイクル品のアンドロイドだった。
社にとっては厄介者でしかないボケ老人の世話など、安物の旧型で十分ということだったのだろう。 (斑駒)
- リサイクル業者が修理・初期化し、宅まで届けたそのアンドロイドは、カオスの手により再び電源を入れられた。
それ以来、そのアンドロイドはカオスから片時も離れることなく、世話を続けている。
もはや自分では何も出来ないカオスには、そのアンドロイドの力が必要で、
一度はその役目を失ったアンドロイドには、必要とされる事こそが全てだった。
二人のそんな関係はこれまで既に長きにわたり。そして、これからも絶えることなく続いてゆくだろう。いつまでも、いつまでも…… (斑駒)
- 今年度の決算報告によると、急上昇するリサイクル・アンドロイドの売上は、近年頭打ちになっているメーカー新製品の売上に肉薄するほどであったとか。
注文の増加に“リサイクル品の仕入れが間にあわなくなった”業者は、嬉しい悲鳴を上げているらしい。
……と、言う事で。私もちょっと身近な現実をいじくって書いてみました。
魂の有無に関わらず『もの』を大切にする。そんな未来でありますように(祈)
長々とお目汚しを失礼しました。 (斑駒)
- 新しいものはいずれ古くなり廃棄される・・・
当たり前のことですがこれにマリアを当てはめるとやはり悲しいですね・・・ (ユタ)
- お久しぶりです、ASさん。待っておりましたよ。
ある意味、絶望に彩られた未来像ですね。人の業とはつくづく罪深いものです。
魂を持ち、心を持ち、人の言葉を操る存在をこうも無残に扱うとは……。
明日は暗いぞ、人類!! (黒犬)
- 使い捨てられてしまう人造人間。使い捨てられてしまう命。使い捨てられてしまう心。
人造人間たちの希望の在り処はどこなのでしょうか。
マリアの思い描いた世界。現実に踏みにじられてしまった夢の世界。
そんな世界が実現されている場所がきっと何処かにあるんじゃないか、あって欲しいという思いでした。
暗いお話ですが、すごく受け入れやすいです。きっと現実に起こることをマリアに置き換えられたためなのかなぁと思います。
文章の雰囲気がスゴイです。大きな盛り上がりは無いようですが、最後を読んだ時にはぞくりとしました。マリアの想いが儚く散ってしまったせいもあるかもしれません。
遠い日の事でも“聖母の願い”が叶えられる事を祈ります。 (志狗)
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