ザ・グレート・展開予測ショー

CASB


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 7/ 2)

 
 今、横島と美神の目の前には、ベッドに横たわる小柄な少女が一人。
 まだ10歳に満たないであろうその顔は青白く、精気に欠けていた。
 見るも痛ましい少女は二人の気配に気がつき目覚めることも無く、こんこんと眠り続ける。
 内装はさほど瀟洒とはいえないが、手作りのクッションや本棚の数々を見れば、この小さな少女がどれほどの愛情を両親から注がれているかが容易にうかがえたし、そうであればこそ、両親の娘を思う心痛は想像を絶するものに違いなかった。

「――さあ、横島クン。早くしなさい」

 その少女を前にして、冷静に指示を出す美神に、横島は動けない。
 そして、苦渋に満ちた表情で、恐る恐る彼は呟く。

「……どうしても、ですか?」

 その躊躇いの言葉に、美神の眉がつり上がる。

「当たり前でしょう? あんた、今日この場に何をしに来たの? 除霊に来たんじゃないの? 今、この場において、GS助手たるあんたがしなければいけないことは何なの?」

 冷酷な響きを持った美神の口調に、横島は言葉に詰まる。
 横島の甘えた考えを諭すように、美神は言った。

「ねえ、横島クン。あんたは将来どうしたいの? 一人前のGSになりたいんじゃなかったの? それともこのまま、私の助手として丁稚奉公の人生を続けるか。それとも、今すぐにでもただの高校生に戻るか……」

 静かに問う美神の目は真剣そのものであり、冗談ではぐらかしてしまうことなど出来ようはずも無かった。
 彼女の問いかけに、横島はゆっくりと己の意志を確かめるように答えた。

「……俺は、やっぱり……GSになりたいと思ってます。……そして、いつの日にか美神さんに一人前だと認めてもらって、そして……」

 最後の言葉は小さく彼の口の中で消えていき、少しはにかんだ笑顔が浮かぶ。
 横島の気持ちになど気がつかぬように、美神は厳しく続けた。

「――そう、それが横島クンの意志なのね。わかったわ。でもね、このままじゃあんたはいつまで経っても半人前よ? この程度の事に躊躇しているようじゃね」

 美神の一喝に、横島は何も言い返せずに沈黙する。
 下唇を噛みしめて俯いてしまった彼に対し、美神は続けた。

「あんた、今の自分に何が一番欠けているかわかっている?」

 おずおずと顔をあげ、横島は答える。

「……基本の修行っすか?」

 その答えに、美神は大きくため息をつく。

「そうね。除霊用の能力ばかり強力になっても、悪魔、悪霊の基本知識、除霊の基礎はおろか、幽体離脱さえ自力で出来ないんだものね。……でも、基本なんてものはいくらでも、修行で身につけさせる事が出来る。遅すぎる事なんて無いわ」

 美神の発言に、横島は幾分反抗的な光をその目に宿した。

「――美神さんが、基本を教えてくれないからでしょう。ともかく、基本じゃなければ何なんすか? 俺に足りないものって」

 物分りの悪い愛弟子に、美神は最大限の自制を働かせ辛抱強くゆっくりと言う。

「あんたに一番足りないもの、それは『覚悟』という自覚よ」

 横島は胸の中で美神の言葉の意味するところを、必死になって理解しようとする。
 しかし、横島の理解を待つ事無く、美神は無慈悲に言い放った。

「GSとして生きていく覚悟。それが決定的に欠落しているの。わかる? プロとしての自覚があんたには皆無なのよ」

 冷たい刃を喉もとにあてられた様に、横島は呼吸さえままならないように喘ぐ。
 美神の言葉に、己の甘さを見透かされているような屈辱感が少しだけ沸き起こる。
 しかし、横島の内心などに興味がないとでもいう素振りで、美神は今までの会話とは何のかかわりも無い話題を持ち出した。
 
「あんたは、生きるってどういう意味だと思う?」
 
 突然の話題転換に戸惑い、横島の眉が寄る。
 普段からそのような哲学的命題に気をまわすことなど無く、一日を食いつなぐのに精一杯の彼は皮肉を忍ばせて肩をすくめる。
 これ以上、美神に対して反抗的な態度をとり続ければ、間違いなく金属バットか神通棍で殴り倒されてしまうだろうが、それでもひとこと言ってやりたくなる。

「はは、俺にとっての生きるってことは、その日を食いつなぐってことですかね」

 美神の顔色を覗いつつ行なう言葉の綱渡りは、薄氷を踏むよりスリリングだった。
 横島の答えに、美神は何故か激することなく彼の言葉を肯定した。

「そうね、それも一理あるわ。生きる為に食べ、食べる為に生きる。人間の本質の一つかもしれないわね」

 なかば金属バットを覚悟していた横島は拍子抜けしてしまう。

「でもね、食べる為には食べ物がいるわ。そして、それを手に入れるためのお金も。私達は慈善事業で仕事をしているわけじゃないの。生活をして、生きていく為にお金を稼いでいるの。いい暮らしをしたい、おいしいものを食べたい、素敵な服を着たい、旅行をしたい、思いっきり遊びたい。いろんな欲求を満たす為に、命がけでお金を稼いでいるのよ? それは決して悪いことではないし、お金の為に働くのを恥じる必要などまったく無いわ。報酬とは、それに見合った仕事をしてはじめて受け取れるものなの。自分の仕事に対して絶対の誇りと自信を持つこと。――あなたに足りないものは、まさしくそれよ」

 美神の持論に横島は言葉が出ない。
 しかし、それでも美神に対して『どうしても美神さんの言葉には説得力がないっす』と言ってやりたい気持ちが無いでもないが、目の前の真剣な彼女に、今それを言うのは憚られた。
 今の美神の目は、弟子を思う師匠の慈愛が少しだけ浮んでいたから。
 そして、美神の言葉は次第に鋭く大きく響き、横島の胸を突き刺していく。

「プロとして責任を持って仕事をこなし、見合った報酬を得る。それは社会人としての自覚を持つということであり、その責任をきちんと負うということ。今のあんたは、私の陰に隠れて自己主張はするけれど、それに伴う責任からは逃げたいだけの腰抜けだわ。そんな覚悟の無い奴が、この先命がけで悪霊どもと戦えるとは思えない。私達GSは生者の最後の砦にして、現世に未練を残してさまよう亡者どもに最後の引導を渡す者。命がけで戦う事が仕事なの。生きることに固執できない奴には、務まらないわ。せいぜいすぐに死ぬのがオチよ!」

 美神の近年稀に見る真摯な説教に対し、それでも横島は意固地になったように俯いたまま何も答えない。
 はっきりとした態度を示さない横島を、美神は鋭く睨みつける。
 普段の彼女からすれば破格とも言える寛容を示していられるのも、そろそろ限界のようだった。

「もう一度聞くわよ? あんたにはプロのGSとしての自覚はあるの? それともまだ、そんなことにも考えの及ばない丁稚のままなの?――答えなさいッ! 横島ッ!!」

 それは、美神からの最終通告。

 プロとして仕事を完遂するか否かを、横島自身が決めるように聞いているのだ。
 しかし、それほどまでに追い詰められていても、横島にはまだ迷いがあった。
 自分がプロとして自立できるかどうかがこの答えにかかっている。嘘をついて美神に迎合する事も出来ただろうが、この一件に関してだけはどうしても首を縦に振れないのも事実だった。

「……もういいわ。あんたに選択をさせようとした私が馬鹿だった、てわけね」

 頑なに沈黙を貫く横島に、美神が心底愛想を尽かしたように呟いた。
 そして、部屋の隅においてある、横島が背負ってきていた登山に使うような大型リュックまで歩いていくと、ごそごそと中を物色する。
 美神自らの実力行使を悟り、横島の顔色が変わる。

「み、美神さん。ちょっと待ってくださいよ!」
 
 しかし、今さらであった。
 これまでの話の流れからすれば、横島が自らそれを行なわなければ彼女しかそれを行なう者はいないのだ。
 全ては、覚悟を決める事の出来なかった横島の甘さが招いた結末。
 美神はリュックから目当てのものを見つけ出すと、それをゆっくりと取り出して言った。

「覚悟は良いわね? 横島クン。最初からそれを食べてれば、痛い思いをしなくて済んだのに」

 少しだけ悲しそうに美神は微笑み、取り出した金属バットを握りなおす。

「ちょ、待って! ちょっとおおおおおおお――――!!」

 
 断末魔の悲鳴を最後に、デカイたんこぶをつけて幽体離脱した横島の体と、彼の右手から口をつけていない正体不明のハンバーガーが一個、床に転がった。


 ちなみに、二人の幽体離脱による病魔の除霊は、滞りなく完遂したことを一応、記しておく。

                 
                                 おしまい


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