最終回その後・浮遊理論
投稿者名:マタイ
投稿日時:(03/ 6/29)
少女は夢を見る。
自分がどこかへ飛んでいく夢。
そして、それはまた少女の願望でもあった。
「飛び降り自殺?」
美神令子のオフィスには、二人のスーツ姿の男が来ている。一方はメガネをかけた長身の男、もう一方は小太り。無論、除霊依頼の事だ。
「はい、ヘミソフィアビルディングの屋上からです。ニュースで見たことはありませんか?」
聞いて令子は、ああ、と納得する。
最近、妙に飛び降り自殺が多いそのビルは、大体一年ほど前に建てられたものだ。この前までは何という事はなかったのに、最近になって急に飛び降りが激増したのだ。
地上から屋上までおよそ五十メートル。生身の人間が助かる高さではない。
「で、何だってそんな事でうちに来たのよ。私はゴーストスイーパーであって、警察でも探偵でもマグロ業者でもないのよ。」
するとメガネをかけたほうが、我が意を得たりという顔で一枚の写真を差し出してきた。
写っているのは、十五、六歳くらいの少女だった。
「へえ、かわいい子っすね。誰なんですか?」
「・・・・・・・・・飛び降り自殺を試みたという少年が、その時に見たという顔です。」
つまり、それは何かしら霊的な意味がある存在、という事だ。しかも自殺を試みようとした時にその場に居合わせたというのだから、偶然にしては出来過ぎている。
「報酬は三億。十四件の死亡事故からすれば妥当かと思われますが。」
そういう事なら特に断る理由もない。令子は軽く頷いた。
「でも不思議ですよね。飛び降り時間帯がほぼ一つに集中しているってのは。」
男二人が帰った後、横島はこんな事を言った。令子がそれに反応する。
「ちょっと待って、それってどういう事。」
「あれ、知らないんすか?ニュースでもやってるじゃないすか、自殺者は大体真夜中十二時ごろに飛び降りているって。」
横島は何でもないというような感じだったが、令子はどうもその事実にきな臭さを感じた。
無差別な時間帯ではなく、かなり絞り込まれた同一の時間帯。令子は少し考えてから、おもむろに電話の受話器を取った。
「今日、十二時にヘミソフィアビルに行くわよ。」
横島とおキヌが令子にそう言われたのは、それから二日ほど経ったところだった。その間にも自殺者は一日一人ずつ増えて今では十六人。もう遊んではいられない頃合だった。
そしてそれまであった事と言えば、オフィスに何やら分厚い封筒が届いていたと言うことと、その中身を読んでいた令子が、なるほどね、と一人で納得していたという事くらいだ。
それにしても・・・・・・・・・と、二人は思う。
「何で今日の今日までじっとしてたんすか?」
「そうですよ、横島さんの言うとおりです。早い段階から手を打ってもよかったのでは・・・?」
すると、令子から意外な反論が返ってきた。
「からくりを解くには、準備が必要なの。つまり、そういう事よ。」
そういう事、と言われてもどういう事なのか見当もつかない二人は、もういいからさっさと準備でもしてなさい、と令子にせかされるのであった。
少女は夢を見る。
自分がどこかへ飛んでいく夢。
そして、それはまた少女の願望でもあった。少女はその願望を、人にも映した。
夜中十二時、ヘミソフィアビル屋上。
令子たちが階段を上がった先には、やはりと言うか何と言うか写真の顔の少女が立っていた。
ただ、その顔が妙に冷たい。表情という仮面が剥げ落ちた人形のような顔だった。
「お待たせ。ずいぶん待ったんじゃないの、布袋望。」
令子に望と呼ばれた少女はその問いに答えない。代わりに令子に問い返してきた。
「私を、祓いに来たのね。」
次の瞬間、その場にいる者全員が耳を疑うような令子の言葉。
「死んでない奴なんか、祓う気はない。」
「―――――――――え?」
望自身も、その言葉を理解出来てはいないようだ。令子は言葉を継ぐ。
「だから、あんたは元々死んでなんかないのよ。何よ、そんな事も自覚できてなかったわけ?」
「え?え?それじゃ、この子って・・・・・・・・・」
横島の言葉に令子は頷いた。
「そう、お察しの通り、いわゆる生霊ってやつよ。ただこの生霊は完全に肉体と乖離しちゃってるの。だからこいつを祓うって事はすなわちこいつを殺す事になる。」
・・・・・・・・・確かに、それはまずい。
令子の言葉を聞いた瞬間、横島もおキヌも同じ事を考えた。
令子は構わず続ける。
「横島から発生した時間帯の話を聞いたとき、もしやと思って知り合いの探偵に電話を入れてあんたの事を調べてもらったんだけど、送られてきた資料にはあなたが隣町で生きてる事がはっきり書かれていたわ。」
令子が読んでいた資料は、つまりはそういう物だったのだ。
令子がそこで一旦言葉を切ると、やはり静かな声で望が言った。
「・・・・・・・・・私をどうする気なの。」
すると令子はこともなげに答えた。
「どうもしない。言ったでしょ、死んでない奴なんか祓う気はないって。ただ、これを気に浮遊願望なんか捨てることね。そうでなければ、あんたは生きながらにして悪霊になるわ。その時は、私はあんたを祓う。」
「・・・・・・・・・」
「二人とも帰るわよ。もう、こんなの冗談じゃない。」
令子は後ろで待機していた横島とおキヌをせかすと、階段を下りていってしまった。あわてて二人がついて行くのを、少女はただ一人呆然と眺めていた。
そして、少女は夢から覚めた。
彼女には空を飛びたいと言う願いがあった。
彼女はそれが自然だと思っていた。だからこそ、彼女はその願望を、人にも映した。
でも、夢の中で女の人は言った。
浮遊願望なんか捨てなさい、と。
彼女にもわかっていた。これは単なる夢ではない。
すると、ニュースでやっていた飛び降りは、すべて自分が引き起こした事になるのだ。
怖くて、体が震えた。取り返しのつかない事をやってしまった。
が、かと言って、浮遊願望を捨てられる自分ではない事も、彼女はよくわかっていた。
それなら、残る手段はただ一つ。
悲痛なまでのその覚悟は、したら後は早かった。
「次のニュースです。今日の正午ごろ、ヘミソフィアビルディングから少女が飛び降り自殺を図り、死亡しました。警察で現在身元を確認しております・・・・・・・・・」
令子はテレビのスイッチを切ると、
「馬鹿ね。人なんて殺しても死なないのに。」
とつぶやいてヘミソフィアビルに向かった。
おそらくこれが、今回の依頼の最後の仕事になるであろうと思いながら。
「結局あの夢についてどう思っているんですか?」
横島が唐突に切り出してきた。令子はそれが自分にむけられたものだとわかるや否や、簡単に笑い飛ばした。
「だからあれはただの夢だって言ってんじゃん、横島。あまり夢に引きずられてると本当にそっちの世界に行っちゃうわよ。」
話は、それで終わりだった。だが、令子はそれについて最近考えるようになってきた。
夢、というのは自分達が遠い未来残留思念として残っていた話。もしかしたら、彼らも魂は自分達と同じなのではないか、とも思った。
すると、自分達ゴーストスイーパーの仕事は―――――――――
「は、何考えてんだか。最近どうも調子悪いみたいね。」
令子は思考を独り言で打ち消した。
そう、人間が恐怖心を抱く以上は霊は消えない。
自然、自分達の仕事がなくなるなんて事は、人間が人間である限りありえないのだ―――――――――
(Fin)
今までの
コメント:
- 一応軽く一話書いてみました。
構想時間約十秒、打ち込み時間まあそれなり、最終回だけを見て書いてみたものです。
弥三郎がどうしてもせかすものだから(爆)
皆さん評価願います。既出ネタとかだとヤバげですが。 (マタイ)
- こんにちは。いちおう弥三郎さんとはチャットを通じた知り合いです。
話の組み立て方は、まずまずだと思います。起承転結の流れをきっちり押さえてますね。
設定で気になったのは、名前の付け方です。
「ヘミソフィアビル」「布袋望」
絶対にない名前とはいえないですが、ちょっと違和感を感じる名前ですね。
特にテーマと直結したような感じでもないし、少し奇をてらいすぎたような気がします。
むしろ、ありふれた名前(実社会やマンガの世界で)の方が、素直に感情移入できそうです。
個人的には、ちょっと生命を粗末にしすぎかなという気もするのですが、ライト・ダークな話であるとすらば、許容範囲かと思います。 (湖畔のスナフキン)
- To湖畔のスナフキン
名前に関しては本当にとっさだったもので・・・すいません。
ジャンルに関してはこういう感じのが得意な範囲なのでご容赦願います。 (マタイ)
- 初めましてマタイさん、dryといいます。
『私が蝶になった夢を見たのか、蝶が私になった夢を見ているのか』、なんて話もありますが。
原作でも霊は『何だかよく分からない物』であり、その辺りの考察については興味深いものがありました。
ただ、美神の「死にたければ勝手になさい」的態度は当然とも言えるのですが、感情的に受け付けなかったので、中立といたします。
投稿お疲れ様でした。 (dry)
- To dry
それは確か道家の荘子の話ですかね。確かにそういうイメージが自分の中にあることは認めます。
ただあれはどっちかと言うと哲学的なものですからね・・・霊とはちょっと違うかとも思いますがその点の認識の相違はご容赦願います。
感情的に、というのは作風を語る上でどうしようもない事ですのでこれもご容赦願います。ただ一言、作品を作るうえで「死にたければ・・・」という事を全く意識しなかった事は申し上げておきます。 (マタイ)
- 初めまして、雨宮です。
いきなりなんですけど、これは空の境界とのクロスオーバーなのかな?
設定は上巻1/俯瞰風景に酷似。でも、それならビル名や生霊の名前もそのままにしておかないとただのパクリと言われても仕方ないかと。
それと飛行・浮遊に関する説明が不十分でこれだけ読んでもちょっと理解しにくい。
一般的な日常からすでに乖離した存在である美神令子が、飛ぶ事が出来ずに落ちてしまった人達と同じように飛行を望まないのは予想できるけど、精神的な干渉を最初から全く受けなかった展開にもちょっと疑問。それをはねのけて言いたい事を言う方が展開的に面白いかも。まぁ、どうでも良いことだけど。
メインテーマからは外れているからはしょったにしても全体的に説明不足という感じがつきまとい、いまいち感情移入が難しかったです。 (雨宮蓮花)
- お初にお目にかかります。R Faceという者です。
私も正直に言いますと「これって俯瞰風景なのでは…」と感じました。
パクリとまでは言いませんが、モチーフがあるならあるで、それをきちんと記すべきだと思うのですが…。決め付けてしまうような言い方になってしまいましたが、この内容だと私のように感じる人がいても仕方ないと思いコメントさせていただきました。 (R Face)
- To 雨宮蓮花/R Face
空の境界のクロスオーバーという話ですが、はっきり言ってその通りです。
ただそれみたいにやってしまうと、自分の性格上物凄く話が長くなってしまい(最低でも十話くらい)、このキャラではそれ以上出来ないのでこういう感じの話になりました。
しかしモチーフを記さなかったのはこちらの明らかな手落ちです。それについてはこの場でお詫びを申し上げます。 (マタイ)
- 前レスの補足です。
空の境界のクロスオーバーという話は結果としてそうなったことであり、文章自体はもちろん自分で打ち込んだ自分のものです。
今回の投稿は、文章構成を重視した内容としたつもりです。一応参考までに。
P.S レスのお相手にさん付けするのを忘れてました・・・失礼しました。 (マタイ)
- Toマタイさん
私は文章自体がマタイさんの物であることを疑わしく思ってはいません。
私が気にしたのはあくまで設定部分でのことですので、モチーフであったことを書いて下さった以上、何も言うことはありません。
追記:先のコメントに決めつけるような言い方があり、マタイさんに不快な思いをさせていたのでしたらお詫び申し上げます。 (雨宮蓮花)
- マタイさん、はじめまして♪
モチーフになった作品は、全然知りませんでしたけど、素直に読んで楽しめました。
ちょっと厳しめな美神さんが、外伝のエミさんが少しだけ本編とは違う顔を見せてくれたときみたいに思えました。世界的なプロの美神さんが、こーゆー厳しい面も持ってても不思議じゃないですね。
ただ、夢を見ていた女の子が、自殺しちゃったのは残念です。夢の中のことだと思ってた女の子………自分で責任を感じて自殺しちゃいましたけど、ホントの責任はどこまであったんでしょうね?(涙)
いろいろ、考えさせられるお話でした♪ (猫姫)
- 読み違いをしてしまったようで申し訳ありません(汗)。
ただ、本作での美神の行動は思春期の少女に、16人もの人間を結果的に死に追いやった現実を突き付けるものであったと、私は解釈しています。空想に逃避する心弱い少女のその後が、自殺や廃人に至らなくても悲惨なものになる事は予測できたのでは、という事で「死にたければ…」の表現を用いました。
人物や状況、テーマから見て、この作品の帰結は順当とは思いますが、GTYの投票の仕方は基本的に『読者の感じた事が全て』だと私は思いますので、中立のままといたします。自分の投稿では弱気な発言を繰り返している私も、あまり他人の事は言えないのですが。(^^;
また、マタイさんの作風を否定するつもりは無い事も付け加えます。 (dry)
- 先日はご無理を言って申し訳ありませんでした。でも、リクエストにお応えいただけて嬉しいです。
さて今回の投稿ですが、夢見る少女の生霊が自殺を誘発させるというネタは展開予想の中でも目新しく、興味深いものでした。
一部美神さんの口調に違和感を感じましたが、そこはまあご愛嬌。
しかし今回の件における美神さんの対応にはやはり疑問が残ります。
気分屋なところもある美神さんですがプロ意識は十分で、しかも今回は3億と言う大口の仕事ですから、ことによると生身の人間を縛り上げてでも依頼人に結果を示し、報酬をせしめようとするかもしれません(笑)
ですので一見管轄外であるとは言え、一度引き受けた仕事を『注意喚起』のみで成り行きに任せ、さもそうなる事が当然であったかのように事後処理に赴く態度はちょっとらしくないと感じました。 (斑駒)
- また、短くまとめるのに苦心なさったのかもしれませんが、最後の『夢と魂』や『恐怖心と霊』についての言及は論の展開からすると唐突で、そのために話がまとまりを欠き、テーマが見えにくくなっているように思います。
長々と失礼しました。しかしこれらはあくまでも私の個人的な見解ですので、あまりお気になさらず。
いつか機会があれば原作を全巻読み通して、また投稿に挑戦してみてください! (斑駒)
- To 猫姫さん
はじめまして。
少女が自殺した場面に関して、実はどうしようかなと思っていたんですが。
実際にはああいう形になりました。
責任の所在はどこにあるか。それも個人個人の感じ方によると思います。
To 斑駒さん
うう、やっぱり性格ずれましたか・・・(泣)シリアスを意識しすぎたのかな・・・
最後のあの言及も後で見直すとやっぱり不自然ですね。「その後・・・・・・・・・」くらい入れてもおかしくなかったかな、なんて思ってみたりしました。 (マタイ)
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