ザ・グレート・展開予測ショー

香港前奏曲(中編)


投稿者名:dry
投稿日時:(03/ 6/28)






「ほへひひへほ、ングッ、魔族の仕業だとして何で風水師を攫うんだ?」

『可能性の一つとして、生贄が考えられますね』

「もう死んでいるってか?ぞっとしねえ話だな。しっかし、死体の一つも見つからんとはな」

 繁華街のとある飯店で、雪之丞は海老シューマイを頬張りながら、小竜姫とこれまで得た情報について話し合っていた。
 小竜姫は角のまま雪之丞と話している。傍から見るとまるで危ない人だが、幸い周りに客は居なかった。

 あれから知り合いの情報屋達をまわったが、結果は芳しくなかった。
 取り敢えず分かったのは、消えた風水師達が誰一人戻ってきていない事と、最近マスクとベレー帽を被った怪しげな男達が、夜に徘徊するのを目撃した者がいるぐらいだ。

「そのマスクの連中が犯人なんだろうが、なかなか尻尾を掴ませないんだよ」

 とは、いつも仕事で世話になっている馴染みの情報屋の言である。
 情報料は小竜姫から貰った前金から支払った。彼らにはさらに金銭を渡し、事件に関する情報を掴んだら事務所に連絡する様頼んである。
 雪之丞も独自に風水師達の経歴や行方不明になった状況を洗い直してみたが、成果は上がらなかった。
 香港警察が躍起になって捜査しても解決できない事件が、フィールドワークが苦手な雪之丞にそう簡単に解決できる筈も無かった。
 モグリの為、香港のGS協会の協力を得られないのも痛い。
 調査は暗礁に乗り上げたまま、三日が過ぎている。

『仮に生贄だとしても、その用途は多岐に渡りますからね。相手の狙いが分からないのが、不気味です』

「まっ、考えたってどうしようもない。メシも食ったし事務所に戻るぜ。新しい情報が入ってるかもしれない」

 雪之丞は食後のハーブティ―を啜りながら答えた。
 小竜姫が呆れた声を出す。

『…よくこれだけの量を食べましたね』

 テーブルには空になった椀や大皿、蒸篭(せいろ)が散乱している。

「俺は食える時に食っとく主義なんだよ」

 支払いを済ませ、店を出た。



 事務所に着いた頃には日も暮れていた。
 雪之丞は、留守録の再生ボタンを押した。幾つかメッセージがあったが、大した情報は無かった。
 今日もハズレかと落胆しそうになった時、最後から二件目のメッセージが耳に入ってきた。

『雪之丞、マスク野郎を見つけたぜ!しかも連中、風水師のウォンを取り囲んで連れている。どうも港に向かっているみたいだ』

 例の情報屋の声だ。
 続けて再生された最後のメッセ−ジには、さらに詳しい場所が入っていた。どうやら尾行しているようである。
 受信時刻は事務所に戻る少し前。

『雪之丞さん!!』

「分かってる!!」

 促されるまでもない。雪之丞はすぐに事務所を出て、現場へ向かおうとするが、懐から角が飛び出し小竜姫が人の姿を現した。

「あなたの足では間に合いません!!」

「お、おいっ!?」

 慌てる雪之丞の両脇に手を入れると、小竜姫はそのまま香港の夜空を飛んだ。

「百万ドルの夜景を楽しむどころじゃないな!」

「真面目にやってください!」




 埠頭では、立ち並ぶ倉庫の前で情報屋が待っていた。小声で話しかけられる。

「早かったな、雪之丞」

 雪之丞も小声で返す。

「ああ。連中は?」

 情報屋は一つの建物を指差した。

「ついさっきマスクが四人、ウォンと一緒にあの二つ向こうの倉庫に入っていった。ヤバそうな雰囲気なんで、あまり近づけなかったがな」

「懸命だな。もうここから離れた方がいいぞ」

 報酬を渡して帰らせると、早速その倉庫へ向かう。

『ここがアジトという訳では無さそうですね』

「ああ、普段から使われている倉庫のようだ」

 埠頭の手前に降り立った時点で、小竜姫は角に戻っている。
 見張りが居ないか素早く周りを確認しながら裏口に近づき、ドアノブを回す。鍵は掛かっていない。
 倉庫内に侵入し、コンテナの陰から様子を伺った。

(あれか…)

 正面シャッターの内側にマスクが二人。ウォンらしき男を後ろから拘束している二人もマスクをしている。
 男がもがいた。

「は、放せ!!君らはいったい何が目的だ!?」

 そこへ他の連中とは明らかに違う雰囲気を纏った者が一人、雪之丞の位置では死角となる方向から現れる。

「風水師のウォンさんね?ある方が特製の風水盤を作るのに、貴方の様な優秀な風水師の協力が欲しいのよ」

 見知った顔が、男に話しかけていた。

(勘九郎の奴じゃねーか!!っつーことは…)

(ある方というのはメドーサの事でしょう。…それよりも今の台詞、まさか原始風水盤を!?)

 小竜姫は別の事に動揺していた。雪之丞も事の重大さに気付く。

(地脈の流れを思い通りにできるっていうあれの事か!?)

 彼も香港で活動している以上、風水の知識は持っている。予想以上に大掛かりな計画だったようだ。
 とにかく、魔族の仕業である事はほぼ確定した。

(小竜姫、どうする?)

 確かあれには、神鉄で作った針と風水師の血が必要の筈だ。まさか本当に生贄にしていたとは。
 依頼は調査だが、目の前の男を見捨てる訳にもいかない。

(ここで風水師を殺していたとしたら証拠が残っていたでしょうね。多分アジトに連れていくと思います。その場所を突き止めた所で彼を救出しましょう)

 小竜姫も同じ思いのようだ。
 しかし、二人の考えは甘かった。
 勘九郎が長さ一メートル強の時計の針に似た物を床に置くと、男を羽交い締めにしていたマスクの一人が、その咽喉をナイフで掻き切った。

「ぎゃあああーーーっ!!!」

(何だとっ!!)

 うつ伏せに倒れた風水師の死体から流れ出した血が、針に流れ込んだ。

「新鮮な風水師の生き血を大量に吸わせないと、こいつは役に立たないのよね」

 針が不気味な光を脈動させると、血を全て吸収してしまう。床には血痕が残っておらず、死体からの出血も止まっていた。

「くそっ!!」

(雪之丞さん!?)

 小竜姫の制止を無視し、雪之丞は霊波砲を乱射しながら隠れ場所から躍り出た。

「雪之丞!?ぐあっ!!」

 闖入者に驚いた勘九郎は攻撃をもろに食らってしまう。混乱の中、雪之丞は爆風に紛れて針を奪うと、裏口へと身を翻した。



「くっ!お前達、奴を追いなさい!!」

 比較的ダメージの少ない三人に、勘九郎は命令を下す。残りの一人には死体を海に沈めるように指示した。

「できればこいつもゾンビにしたかったけど、仕方ないわね」

 マスクが破れて腐敗した顔を覗かせた手下が、死体を外に運ぶのを眺めながら呟く。
 思ったよりダメージが大きい為、しばらく動けなそうにない。



『雪之丞さん、なんて無茶を!!』

「つい、頭に血がのぼったんだよ!!」

 怒鳴り合いながら、雪之丞は走っていた。手にはしっかりと針を握っている。
 後ろを振り返れば追っ手が三人、迫っていた。

「戦うしかねーようだな」

 倉庫街のはずれで敵と向き合うが、月明かりに照らされたその姿を見て唖然とする。

「こいつらゾンビだったのか!?もしかして行方不明になった奴らって…」

「どうやらそのようですね…来ます!!」

 人の姿に戻った小竜姫と共に、襲いかかるゾンビ達を迎撃する。
 二対三だが、神とゾンビでは勝負にならない。
 雪之丞も、勘九郎はともかく他の連中は人間だと思っていたので、先ほどの霊波砲はマスク相手には手加減していた。
 結局、一分もかからずに三体とも倒す事ができた。

「これ以上ここに居ては危険です。ひとまず事務所へ!」

「分かった!」

 小竜姫は再び雪之丞を抱えて、事務所の方角へ飛び立った。



 しばらくして傷の癒えた勘九郎が、残った手下一体を引きつれて、先刻まで雪之丞達が居た場所に現れた。
 散らばっている残骸を見れば、どうなったかは判る。取り敢えず連れてきたゾンビに、できるだけ戦闘の痕跡を消させた。
 思考能力は持つが感情が無い為、ゾンビは黙々と千切れた手や足等を埠頭の縁にまとめる。
 それを勘九郎は霊波砲で粉々に吹き飛ばした。完全ではないが、これで海の藻屑に紛れてしまうだろう。

「今まで上手く事が進んでいたので油断してしまったようね。それにしても雪之丞も香港に居たとは…。気は進まないけど、針が奪われた事をメドーサ様に報告しないといけないわね」

 勘九郎はゾンビと共に、一旦アジトへ引き上げる事にした。

(しかし、ゾンビ達には砲撃や打撃の痕だけじゃなく、太刀傷まであったわ。一体どういう事?)

 彼はまだ、小竜姫の存在に気付いていなかった。



 事務所の手前まで来て、急に小竜姫の高度が下がった。焦る雪之丞に、小竜姫は弱々しい声で話す。

「…少し無理をし過ぎたようです。雪之丞さん、私が回復するまで何とか針を死守してください」

「おい、小竜姫!?」

 次の瞬間、小竜姫は角の姿になった。雪之丞は当然、地面に落下する事になる。

「ちっ!」

 咄嗟に角と針を抱える。十メートルほどの高さから落ちたが、魔装術を発動させたおかげでダメージを受けずに済んだ。
 裏通りに落ちたので人影はまばらだが、それでも空から降ってきた妙な格好の男に奇異の視線が集まる。

「見世物じゃねーんだぞ」

 ぼやきながら、雪之丞は魔装術を解き、事務所へと走った。注目を集めたくはないが、今は時間が惜しい。

「小竜姫、返事をしろ!」

『………』

 彼女に対してあまり畏敬の念を抱いていない雪之丞は、角をペシペシと叩いてみたが、反応が無い。
 回復するまでと言っていたから、死んだ訳では無いだろうが。

「こりゃ、本気でヤバイな」

 このままでは、一人で勘九郎やメドーサ達を相手にする事になりそうだった。





     後編に続く

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