ザ・グレート・展開予測ショー

香港前奏曲(前編)


投稿者名:dry
投稿日時:(03/ 6/27)






 妙神山の道場前では今まさに、管理人たる小竜姫がある事件の調査の為、香港へ向けて旅立とうとしていた。

「小竜姫よ。留守は儂に任せて、しかと務めを果たしてくるがよい」

「はい、老師。行って参ります!」

 上司であるハヌマンに一礼をし、傍らで見守るヒャクメのもとへ行く。

「たいして役に立てなくて、申し訳ないのネ〜」

 小竜姫は情報収集の得意な彼女に、香港で協力を求める予定の人物の今の状況を調べてもらっていた。
 ついでに事件についても調べてもらったが、手持ちの情報が少なすぎる為、彼女の能力を持ってしてもたいした事は判らなかった。

「いいえ、十分助かったわ」

 微笑を浮かべて小竜姫が答える。
 ヒャクメは手元のPCらしき物からコードを伸ばし、その先端にある吸盤を小竜姫の額に貼り付けた。
 ある人物の座標をディスプレイに表示し、ねぐらに一人で居る事を確認すると合図を送る。
 ヒャクメの誘導の下、小竜姫は遥か海の彼方へ瞬間移動をした。

 神界情報部が香港での魔族の動きを察知したのがつい先日の事。
 彼の地で起きている風水師連続行方不明事件に、武闘派魔族が関与している可能性があるらしい。
 さらに詳しく調べたい所だが、確証が得られない現段階では直接人界での調査は出来ない。
 現在、神魔の上層部ではデタントを実現する為の協議が繰り返されていた。
 和平への流れに反する行為は排除したいが、こちらから事を荒立ててぶち壊しにする訳にもいかない。
 武闘派魔族の狙いがそこにある可能性も捨て切れなかった。

 かくして人間に協力を求める事となり、その交渉役として小竜姫に白羽の矢が立った。
 彼女が選ばれた理由には、日本GS界にそれなりの人脈を持つ点、二度に渡って魔族の計画を打ち破った点が挙げられた。
 魔族の存在が確認されれば、そのまま彼女が事件の解決に当たる予定になっている。



『…人気女優、白麗さんの主演映画が、本日からクランクインとなりました。この映画ではGS協会の…』

 デスクの上でつけっぱなしのラジオからは芸能情報が流れてきた。
 一方窓の外からは、盛り場の喧騒とネオンの明かりがかすかに入ってくる。
 伊達雪之丞は、ファンである女優の最新ニュースが聞こえた様子もなく、狭い室内で椅子に座り書類を眺めていた。

「くそっ!今月も赤字だ!」

 紙の束を放り投げ、背もたれに寄り掛かる。
 ここは香港のとある裏通りの古びた雑居ビルの一室、彼の事務所である。

 GS資格試験でかつての仲間と袂を分かって以来、伊達雪之丞は香港でモグリのGSとして活動していた。
 商業が発達し、盛んに開発の行われるその裏では、闇に生きる者も活発に動いている。
 人間ばかりではない。
 陰陽の気が混沌と渦巻き、妖怪変化が多数跋扈するこの地は、彼にとって最高の稼ぎ場所になる筈だったが、現実は甘くなかった。
 香港にはGSもいるが風水師もいる。そして両者を兼ねる者も多かった。
 実力はあるが駆け出しの彼には、モグリという事もあり、あまり良い仕事が来なかった。
 非合法すれすれの依頼や低料金の依頼を受けて、口を糊にする毎日である。

「俺にもっと力があれば…」

 らしくない様子でぼやいた。
 香港でモグリになったのは、日本のGS協会に目を付けられているからだが、もう一つ理由があった。
 メドーサが裏切り者を許すとは思えない。
 こそこそするのは性に合わないが、あの魔族を一人で撃退するだけの実力が未だ無い事は、自分が一番知っている。
 そこで修行も兼ねて積極的に依頼をこなすが、どちらかと言えば猪突猛進タイプの雪之丞には失敗も多々あった。
 それで冒頭の台詞が出るのである。

「ちっ!相当参っているようだな、俺」

 弱気は自分のキャラじゃない。
 ラジオを消し、散らかった室内を軽く片付けると、気分転換に夜の繁華街へ繰り出す事にした。
 頭の中で、行き付けの屋台や呑み屋をリストアップする。
 コート掛けに手を伸ばしたところで、ドアの向こう側の気配に気付いた。

(依頼人か?)

 雰囲気から只者ではなさそうだが、悪意は感じられない。それでも警戒しながら声をかける。

「鍵は開いている。入ってきな」

 依頼人相手にしては横柄な態度だが、外の人物は気にした様子もなく入ってきた。

「伊達雪之丞さん。貴方にGSとして依頼したい事があります」

 小竜姫だった。



「風水師の行方不明事件を調べて欲しい、と」

「そういう事です」

 小竜姫は己の身分を明かし、立ったまま単刀直入に用件を切り出した。
 雪之丞は再び椅子に座り、渡された資料を読んでいる。
 この事務所には応接用のスペースもあったが、彼女はその椅子に腰を掛けようとはしなかった。

「この事件は、俺も気になっていたが」

 資料には事件についての簡単なレポートと、行方不明者のリストが載っていた。雪之丞が知らない名前も幾つかある。
 馴染みの情報屋によると、実際の行方不明者は報道されている数より多いらしい。
 有名か無名か、堅気かモグリかに関係無く、優秀な風水師が行方を晦ましていると言っていた。

「しかし、何で俺なんだ?」

 GS資格試験ではお互い顔を見ているが、直接の面識は無い筈である。しかもその時はメドーサの手下だった。
 それに、ここには他にもGSはいる。
 雪之丞の思いを見透かしたように、小竜姫は答えた。

「貴方は既にメドーサとは袂を分かっています。現にあの証言のおかげで、メドーサの陰謀を暴く事ができました。それに、私の知っているGSで香港に精通しているのは貴方だけです。加えて魔装術をそれなりに使いこなす貴方の実力は、この地でもトップクラスでしょう」

 嘘ではない。単純な戦闘力ならかなりのものである。
 これ以上美神令子に借りを作るとどんな要求をされるか恐ろしい、というのが本音だったりもするが。

「貴方の経済状況は調べさせてもらいました。前金としてこれだけの額を、既に口座に振り込んであります」

 この辺りはヒャクメに手配してもらった。
 提示された額を見て、雪之丞は驚いた。
 しかし、潔癖という訳では無いが、金銭で動くと思われるのも気に食わない。少し捻くれてみた。

「腕を買ってくれるのは嬉しいが、嫌だと言ったら?」

 小竜姫は動揺しなかった。予期していた言葉であり、その為の対策も立ててある。

「日本GS協会のブラックリストから貴方の名前を削除する事も出来ます」

 この報酬は魅力的だった。心を動かされた様子の雪之丞だが、まだ渋った。

「神様のあんたが直接依頼に来たっつーことは、ただの事件じゃないんだな?」

 本来なら最初にすべき質問を今するあたり、少々抜けている所がある。
 小竜姫は駄目押しをした。

「まだ確定していませんが、この事件の裏に魔族がいる可能性が高いです」

 普通のGSなら躊躇するが、バトルマニアの気がある雪之丞は食いついてきた。

「本当かっ!?」

 願っても無い腕試しに期待が高まる。そこである事に気付いた。

「…まさか、メドーサか!?」

「それを調べるのが貴方の仕事なのですが、私はそう睨んでいます」

 先入観かもしれないが、小竜姫にはそんな気がしてならなかった。

「依頼はあくまで調査であり必ずしも戦う必要はありませんが、仮にメドーサならば、その力を削ぐ事は貴方にとっても悪い話ではない筈です」

 戦闘になった場合は報酬を追加する事も付け加える。
 雪之丞はしばしの沈黙のあと、口を開いた。

「あんた、神様の割に人が悪いな。最初から断らせるつもりなんか無かっただろ」

 疑問ではなく確認だった。ニヤリと笑う。
 小竜姫はその目を真っ直ぐ見ながら言った。

「私としてもこんなやり方は心苦しいのですが、この依頼、受けてくれますね」

 釈然としないものもあるが、損得勘定の結果、コネを作っておくのも悪くないと雪之丞は判断した。
 白竜会の会長から話を聞いて以来、いずれ妙神山には行きたいと思っていた。
 それに、メドーサと決着をつけるいい機会かもしれない。

「いいぜ。引き受けよう」

 承諾を得て、小竜姫は胸を撫で下ろす。予想よりも時間が掛からなかった。ヒャクメ仕込みの交渉術は成功したようである。

「それじゃ早速、情報収集に行ってくるぜ。あんたはどうする?」

 コートを羽織り、帽子を被ってすぐに出ようとする雪之丞に答える。

「私も同行します」

 そう言うと、小竜姫はその姿を角へと変じた。驚く雪之丞に説明する。

『妙神山に括られている私は、これほど遠い地に来ると神通力の消耗が激しいんです。力を節約する為にもしばらくこの姿でいます』

 さらに言うと、まだ神族の介入を公にしたくなかった。
 神は基本的に、人間同士の諍いに対しては干渉しない。その事は雪之丞も知っている。

「分かった。ポケットに入れておくぞ」

 少々強引だと感じてはいたが、交渉を急いだのは人の姿を長時間維持できないからか。
 自分から弱点を教えた小竜姫を、雪之丞は信用する事にした。
 角を懐にしまい、雑居ビルを後にする。その足で繁華街の外れへ向かった。
 ちなみに小竜姫は自分が派遣された経緯を話さなかった。デタントの流れは、人界にはまだオフレコの段階にある。


 目的地へ向かう道すがら、雪之丞はポケットに話しかけた。

「ついでにもう一つ、揉み消してほしい件があるんだが」

『どんな事ですか?』

「…痴漢容疑」

『…何とかしてみましょう』

 彼を選んだのは人選ミスだったかしら。
 そんな考えが頭をよぎる小竜姫だった。





     中編に続く

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