ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん1周年記念『Clockworks Heart』


投稿者名:黒犬
投稿日時:(03/ 6/27)











   ―――まよなかに ベルがなった おじいさんのとけい―――















『Clockworks Heart』〜時計仕掛けの命、ゼンマイ仕掛けの想い〜















 ドクターが死んで、三日が経ちました。

 いつものように屋敷の掃除を済ませ、私はドクターの亡骸が横たわるベッドの傍らに腰を下ろします。

 物質として極限に近い恒常性を備えたドクターの肉体は、亡骸となった今でもその特性を失ってはおらず、全く生前のままの姿を保ち続けています。

「………………」

 私は手を伸ばし、額にかかった御髪を撫でつけて整えます。

 ここ数十年のドクターは脳細胞の劣化が進み、現実の事は殆ど何も認識できない状態でした。ただ私が傍らに座り、その手を握った時だけは「マリア……マリア……」と名前を呼んでくださいました。

「………………」

 今はもう、その手を取ってもドクターは私の名前を呼んではくれません。何故ならば、ここに横たわるのは只の物質。ドクターの魂はとっくに彼岸へとシフトしているのですから。

 ―――なのに。

「ドクター……」

 私は、その手を握ります。その手を頬に当てます。その手を胸に抱きます。

 それは、矛盾した行為です。

 私の成すべき事は、こんな事ではありません。
 誰かに連絡をし、ドクターの死を伝え、私を含めた資産その他の後始末をする。それが私の今すべき仕事のはず。

 それなのに。

 私は今日も、誰にも連絡をする事無く、ここに座っています。

 屋敷を掃除し、ベッドの傍に座り、ドクターの手を握る。

 それは、無意味な行為です。

 なのにそうしてしまう私は、きっと狂った機械なのでしょう。
 これが人間のした行いであるならば―――いいえ、それは有り得ません。

 私は従者です。
 私は下僕です。
 私は道具です。
 私は機械です。

 ―――私は、キカイなんです。

 ですから、人の死に悲哀を感じる事はありません。
 悲しみを感じる事なんて、ないんです。

 ……ないはずなんです。










   ―――おわかれのときがきたのを みなにおしえたのさ―――










 ―――ガクン

 それは突然でした。

『バッテリーが不足しています』

 目の前に、床。たった今、私が掃き掃除をしていた床に頬部が密着しています。全身から感知される床の感触。視界の隅に見えるのは、私が使用していた箒の柄。急激に低くなった視野。
 総合的に判断すると、私は床に倒れたのです。

『バッテリーが不足しています』

 機体を支える用を成さなくなった手足。
 そして、私の口から自動的に発せられる警告音声。

 私の動力である電気が、切れかかっているのです。

『バッテリーが不足しています』

 残存電力をメモリの保存処理に傾け、私は機体をスリープモードに移行させようとします。
 機械である私にとって、動力の停止は“死”ではありません。
 ここで停止したとしても、誰かが充電をして再起動させれば、私はまた動き出します。

『バッテリーが不足しています』



 ―――――また?



『バッテリーが不足しています』

 機械である私は、死ぬ事がないのでしょうか?
 機械である私は、永遠にドクターのお傍に往く事はできないのでしょうか?

『バッテリーが不足しています』

 そして、いつか。
 メモリを再設定された私は、ドクター以外の方を「マスター」とお呼びするのでしょうか?

『バッテリーが不足しています』

 ……ギ……ギギッ……ガタン………

 何故でしょう? ―――私の腕が動き出します。

『バッテリーが不足しています』

 ……ギギィ……ズルッ……ズルッ………

 何故でしょう? ―――私の脚が動き出します。

『バッテリーが不足しています』

 私の身体が、ゆっくりと這い進んで行きます。
 寝室を目差して―――ドクターの元へと。

『バッテリーが不足しています』

 全身を引き摺るようにして前へと進む手足。
 残存電量を無視して動く駆動部。

 止まらない。止められない。止まりたくない。

 全霊を掛けた、蝸牛の前進。

『バッテリーが不足しています』

 あぁ、ドクター……わかりました。やっと、わかりました。

 私は、ドクターが居ないのが悲しかったのです。
 私は、ドクターが居ないのが辛かったのです。

 私は………寂しかったのです。










   ―――てんごくへのぼる おじいさん とけいともおわかれ―――










『バッテリーが不足しています』

 視界が暗くなってきました。
 手も脚も動かなくなってきました。

『バッテリーが不足しています』

 指先と脚先の動力を切って、肘と膝で這い進みます。
 各部の冷却機能に停止を命じ、演算プログラムを片っ端からダウンさせ、全ての力を前へ進む事に消費させます。

『バッテリーが不足しています』

 それでも、ドクターの眠る寝室は、何て遠いのでしょう。

『バッテリーが不足しています』

 …………遠いです。……とても、とても遠いです。

『バッテリーが不足しています』

 …………。

『バッテリーが不足しています』

 …………。

『バッテリーが不足しています』

 …………。

『バッテリーが不足しています』

 …………ドクター。

『バッテリーが不足しています』

 …………教えて下さい。

『バッテリーが不足しています』


























 …………てんごくはどこにあるのですか?




























『バッテリーが―――』

 ――――――――――――――――ブツン






 数日後、偉大な錬金術師の訃報が、あらゆるメディアを駆け巡った。

 だが、その少女の死を知る者は…………誰もいない。










   ―――いまは もう うごかない そのとけい―――






−−−END−−−


































































































































































『Clockworks Heart』〜欠片〜





 広い広い草原。吹き渡るは風。降り注ぐは日の光。
 見上げれば、透き通った青い空。そして見下ろせば――そこには仔犬のように背を丸めて眠る、黒衣の少女。
 そのあどけない寝顔を覗き込む『彼』の皺深い口元に、微妙に安心したかのような笑みが浮かぶ。

「こんな所で寝ておったのか。ほれ、起きんか」

「………………」

「あぁ、そうじゃな。今更ワシの籍なんぞ、冥界の何処にもありはせんからの。好き勝手にやらせてもらっとる」

「………………」

「時間は無限にあるが、成すべき事は多く、知るべき事もまた多い。これから忙しくなるぞ」

「………………」

「あん? 当然じゃろ。お前が居てくれんと、ワシもなぁ……」

「………………」

「さぁ、往くぞ……マリア」










「……YES……」










 願うなら。祈るなら。

 ただ、傍に。

「YES!! ドクター・カオス!!」






 ―――いつまでも、傍に。






〜fin〜


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