ザ・グレート・展開予測ショー

魔人Y−50


投稿者名:NAVA
投稿日時:(03/ 6/27)





「ねぇ、リグレット?」

リグレットの部屋でくつろぎながら、タマモが気だるげに問い掛ける。
リグレットはベッドの上で、例によって体育座り。
タマモはベッドから少し離れた木製の椅子に、背もたれを前にして脚を開いて座っている。
ふたりとも下着が丸見えという、あられもない姿だが、それを気にした様子も無い。
女同士の気安さという奴であろう。

「何か?」

一方、リグレットと言えば、何をするでもなく、ボーっとしていた。
ただし、最初の頃とは違って、完全にボーっとしていたわけでもない。
きちんと傍にタマモが居ることを認識してのこと。
話し掛けられれば、きちんと反応する程度には意識を残している。

「前々から思ってたけどさ…………」

慎重に。失敗した時のために、冗談で流せるような口調で。

「???」

首をちょっとだけ傾げて、タマモの言葉を待つリグレット。
それを見て、少しだけ心が痛む。けれども………。

「横島って、今でもルシオラのこと好きなのかしら?」

「!!!!」

リグレットの顔が歪む。

「疑問なのよねぇ。だってさ、“私が横島だったら、アンタの顔なんて見たくもないわよ?”」

「どういう意味ですか………?」

リグレットはなるべく平静を装ってみたが、その声は明らかに震えていた。

「アンタは生まれたばっかだから知らないかもしれないけど、人間ってのは古傷に触れたくないものなのよ………。」

「だから………どういう………」

「アンタの存在が。顔が。声が。横島の傷に触るってことよ。」

ベッドをしならせタマモとの会話に食い入るように参加するリグレット。普段感情の抑揚が少ない彼女にしては珍しいことだろう。そして、タマモはそんな少女に興味を持ちつつ話を続ける。

「つまり。アンタの存在を不快に感じてるカモって話。未だにルシオラのことが好きならね。」

言われなくても分かっていたことだ。
だが、そんなことは無いと自分に言い聞かせて来た話。

「でもね。アンタがルシオラと同じ顔をしてるから………横島は始末出来ないのかもね?だって………ルシオラのことが未だに好きなのかも知れないのだから。」

「………し………ま………つ………?」

声だけじゃなく、今度は体全体が震えていた。

「何で?マスターは私が必要なのに…………あれ………私はマスターが必要だけど………マスターは私が必要………なの?」

「だって………私はルシオラじゃないけど………ルシオラの代わりだから………マスターは私が好きで………」

リグレットは気づいていない。
自分の瞳から涙が溢れていることに。両手で頭を抱えていることに。
タマモはそんなリグレットに近づき、そっと彼女を抱き寄せる。
別に横島を警戒したわけではなくて。
それは横島の希望にも添う囁きだろうから。
ゆっくりと時間をかけて。そして丁寧に囁く。

「リグレット………考えてみて?貴女には、本当に横島が必要なの?」

「貴女がそう思い込んでるだけじゃない?」

『違う、違う』と首を力なく振ってみるが、それはそっと添えられたタマモの右手に止められてしまう。

「さぁ、自分の殻を打ち破りましょう?貴女がルシオラにそっくりなわけではなく、ルシオラが貴女にそっくりなのよ。」

「私がルシオラに………ルシオラが………私に………。」

タマモの言葉を、力なく反芻するリグレット。

「いい子ね………。」

涙を拭ってやりながら、タマモはリグレットと柔らかい唇を重ねた。





こうして、リグレットは堕ちた。








唐突なベスパの到来。
美神除霊事務所は騒然となった。
外を出歩いていた面子は呼び戻され、あからさまな警戒の下で会話がスタートした。

「で、何の用よ?」

互いに事務所の応接用のソファーに座り、テーブルを挟んで問い掛ける。
普通なら紅茶のひとつも出すところだろうが、おキヌが居ない。
そのことに思い至り、何となく寂しい気分にもなるが、そんな感情は表に出さない。表に出せない。
令子のそんな感慨など気付きもせず、ベスパが口を開く。

「虫の良いことを言ってるのは分かる。が、頼む。ヨコシマとパピリオを止めるのを手伝ってくれ。」

「「「「「「はぁ?」」」」」」

「そうか、先に説明するべきだったね。アタシはユーチャリスを抜けた。」

「………横島君を裏切ったってこと?」

「そういうことになる。アイツは………横島は何かを企んでる!!人界侵攻なんてことじゃない!!きっと………きっともっと大きな何かを狙ってる!!!………この前の戦いで、アタシ達が戦勝報告をした時にさ。アイツ、喜びもしなかった。そりゃ確かに勝てて当たり前の戦いだった。全部、横島の狙い通りに進んだ。喜んでも良いだろ?狙い通りになったんだったらさ。でも………でもアイツは何の感情も見せなかった!!」

内心を吐露出来る相手が居なかったのは、リグレットだけではなかった。
ベスパもまた同じこと。
疑惑の張本人である横島は勿論のこと、パピリオや、ドグラ・マグラにも言えない。
パピリオは復讐に燃えているし、ドグラ・マグラは地下に篭りっきり。
孤高を貫いては来たが、別に人嫌いではないのだ。
久々の内心の吐露は、彼女を饒舌にさせた。

「で、それがどうしてここに来るのと関係あるのよ?」

内心で『これは利用出来る!』そう思いながらも、敢えて惚けてみせる。

「神界は言うに及ばず。魔界の他の魔神達は罠を警戒して、まともに信じてくれないんだよ。アタシの話なんてさ。ヨコシマの奴………随分、高く評価されてるみたいだね。」

「で、八方塞がってここに来たってわけね。」

「リリスのところへは行ったのかい?」

横から西条が口を挟む。

「アタシにあのクソ女を頼れと?ルシオラがあんなの(リグレット)になった遠因のあのクソ女を?」

馬鹿げたことを。そんな口調で返す。

「ふーん。ま、言いたいことは分かるけどさ。アンタの言うことを鵜呑みに出来ると思う?」

「情報ならある。デミアン以上のね。」

「………あの馬鹿魔族。もしかしてバレバレ?」

「知らない奴は居ないよ。」

「それでスパイなんて、よく勤まるわねぇ。」

「公然の秘密って奴さ。ユーチャリスの中は、他の魔神達が送ったスパイがウヨウヨしてる。デミアンひとりに目くじら立てる暇なんて無いのさ。」

「オーケイ。聞きましょうか?それが私達にとって利があるようなら………。」

それ以上を語る必要はなかった。
そしてベスパの口から語られるは、ユーチャリスの城内が人界化しているということ。
更にタマモや小竜姫の動性。

それは令子達にとっては朗報だった。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、マシな状況になったのだから。









「ふーん?ベスパが付いたのか…………」


真紅の城アンタレス。
白亜の城ユーチャリスから、さほど遠くない場所に位置する、魔神リリスの居城。
人界の動きが活発化し始めたということで、暇さえあれば覗いていた彼女は、ベスパと令子達の会見の様子も見ていた。

「それにしても………」

チラリと傍らのデミアンに目をやる。
令子やベスパが自分を馬鹿にしているの見たものの、リリスの手前ともあって激発を抑えているようだ。
青い筋がこめかみの辺りでピクピクしているのはご愛嬌。

「招待の準備は整ってるのかしら?」

デミアンの怒りなど、どうでも良いとばかりに質問する。

「ハッ。簡易ゲートの準備は整っております。ただし、ご存知の通り片道切符ですが。」

ベスパの言った通り、デミアンのスパイ活動は公然の秘密というものになっていた。
黙認されていると言っても良いが、スパイと分かっている者に態々機密を見せてやる馬鹿はいない。
結局、スパイ活動の停止を余技なくされたデミアンは居場所を無くし、リリスの元へ身を寄せていた。

「ま、覚悟を決めてるなら、帰りの心配なんてしてないか。それにしても………。」

ユーチャリスの人界化。令子達(人間)のユーチャリス強襲。
ずっと、他の魔神に対する防御機構だと思っていたが、本当にそうなのだろうか?
自分達の行動すら、横島にとっては予測の範囲内だったのではないのか。
死にたがっている?もしくは、死んでも構わない?
策略を弄したつもりで、実は掌の上で踊らされてはいないか?

他者の思考を全て読むことなど、不可能である。
それが出来るとすれば、テレパシストやサイコダイバーくらいではあるが、魔神ともなればそれは不可能だ。
だからこそ、理詰めで予想していくしかないのだが………。
理詰めで考えるには、理不尽な行動が多い。
或いは、それはフェイクなのかも知れない。本来の目的を読みにくくするための。
実際、表の計画と裏の計画が存在するように、ほんの小さな行動のひとつひとつがフェイクも兼ねているとしたら、自分を含めて魔界・神界・人界の三界はひとりの元人間に踊らされていることになる。
第三者なら実に興味深い事象だが、当事者としてはそうもいかない。
しかし、逆の考え方もある。
こんな面白い舞台を最前列で眺める、或いは参加する資格を持っているのだ。自分は。

「たまには………先の見えない物語を体験するのも悪くないかもね。」

永き時を生きる魔神にとって、それは一種の娯楽の様相を呈してきた。




そして、リリスと同じように、ベスパと令子達の会見を眺めていた横島。
彼は黙して語らず。ただ、眺めるのみ。



ユーチャリスの玉座に座り、虚空に視線を向ける彼の目には、終わりの始まりが見え始めていた。








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