ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん一周年記念『Smile―笑顔―』


投稿者名:六勲狼流
投稿日時:(03/ 6/22)









 思うことは、不可解さであった。

 無論、自分にとってではない――『彼女』にとっての、これは、不可解さであったのかも知れない……


































   ★   ☆   ★   ☆   ★



































 太陽。雲。碧空を彩る、不変の芸術たち。
 そう滅多にあるものではない……彼にとっての変わらないものの一つ。万物は流転し、生は死に帰し、死はまた新たな生へと還る。永遠の道。

「……『不要』……じゃというのか?――マリア」

「……イエス。ソーリー、ドクター・カオス」

 彼は『彼女』の頭部を眺めた。――彼自身が、持てる英知と情熱の全てを傾けて造り出した……創り出した、『彼女』の頭部ユニット。その表層部ではかつての想い人の顔が、極限まで計算され尽くした無表情で彼を見つめていた。




 ――コホン。咳払いをひとつする。



 と、同時に、彼は気に入っているマントの汚れを払った。先ほどまで閉じ込められていた古代の神――『知恵の神』……おお、なんと愚かしい名前であろうか……!――の残骸が、マントと身体の隙間からパラパラと落ちる。

「……お前に、理由を訊くのは愚かというものじゃな…… 最早このワシの頭脳では、かつてのお前を作り出すことは出来まい……」

 それは痛恨でもあった。『知恵の神』に吸われた、数多くの英知。――その中には、錬金術の最高峰である"ホムンクルス"・『マリア』の情報も当然入っていた。かつての自らが――ヨーロッパの魔王の異名を誇った自らが、その異名の元となった永遠の命を、今はもう持たない。




 老い……それはゆっくりと……だが確実に、自分をも蝕みつつある。――それと迎合しようとする感情……それは、探求者にとってはときに致命傷になり得る。



(マリアよ……お前もまた、『老い』に蝕まれつつあるのか……?)

 そして、『彼女』は動かない。眼前の彼を見つめたまま、その身体を数ミリたりとも動かしてはいない。――このままこちらが動かなければ、『彼女』は半年でも一年でも――あるいは、数百年でも待ちつづけるだろう。
『老い』……それは肉体的なものではない。
 それは『こころ』。たとえ肉体的には不老の身体を手に入れたのであるとしても、精神の『老い』は覆しようがない。永く生きれば老いる。摂理に叛旗を翻す者には、必ずしも幸福な運命は待ってはいない。

「イエス・『笑顔』プログラムの削除を・要求します」

 その『彼女』の表情は機械的であった。――ふと、彼は覆いがたい徒労感に襲われた。……『不自然』なのか? かつて、『彼女』をより人間に近づけるために苦心した『聖母の微笑み』は、彼女自身にとって真に必要なものではなかったのか……

 無から有を生み出す。――それもまた、摂理に逆らう事……

 息を吐いた。乾いた口腔から。





 ――老いた。肉体的にもまた、自分は老いた。




『彼女』は微塵も表情を動かさない。――動かせよう筈もない。それは彼自身が設定した事であり、彼自身がそう定めた事なのだから……
 結局のところ、『彼女』の全ては自分が決めるしかないのだ。……その事実に、今更絶望などは感じない。それ以外の感情もまた、介在する余地はない。この問題は、結局のところそれだけで終わる。

(『意外性』……か)

 昔、書物で読んだ気がする。他人にとって、人を人たらしめているのは『意外性』であると。それが即ち、『他人』と『自分』の境界線であると。
『彼女』の行動に、彼にとって『意外性』はない。
 ただただ、深い倦怠があるだけだ。――既に『感情』らしきものを示し始めていると『彼女』の事を見ている彼にとって、『意外性』の欠如は極めて重大な問題ではあった。
 それは、『彼女』が『個』となっていない事を、端的に示す要因であった。

「……マリア、もう一度だけ、言ってみてくれ」

「イエス・ドクター・カオス。マリアには・『笑顔』プログラムが・不必要と・思われます――削除を・要求・します」








 ことさらに変わらない、無表情。










 それは彼を暗澹とさせもし、――逆に、彼に一縷の望みを抱かせもした。

「マリア。――お前は何故、『笑顔』プログラムが不必要であると思ったのじゃ……?」

「――イエス。……説明・します」

『彼女』は、その機械的な口調で、事実を述べ始めた――
















































 そして、『彼女』は全てを『報告』した。――彼を助ける為に、ロンドンはベイカー街のとある宿屋に突っ込んでから、今までにあった全てを――








































「――そうか……」





 報告を聞き終えて。――まず、彼のその鋭敏な――多少曇りを持つとはいえ――頭脳に浮かんだのは、原始的にして動物的な本能的感情――即ち、憤怒だった。
 そして――その報告は、先ほどのあの『若造』の行動を理由付けるのには充分な密度を持っていた。――特に何もいらない――その意味は、『『彼女』は僕には必要ない』――であったのだ!






(あの……若僧……マリアを『機械』と見たな……!?)






 より平等に評価するとするならば、その通りであろう。『彼女』は肉体的には彼の造り出し、創り出した機械であり、それ以上でもそれ以下でもない。――それはたとえ今の世に、彼以上の精度を持って彼と同じ事を出来うる人物が一人もいないとしても――だ。

「――マリア」

「イエス・ドクター・カオス」

 ふと、その答えに、自ら哀しさを感じるのを覚えた。生の感情としてそのような物を感じたのは、もしかしたら不老不死を極めたとき以来であったかも知れない…… マリア姫がこの世から消えた時ですら、自分は黙々と撤収の準備を進めただけであった――





 抑揚は、ない。





「奴に一撃を食らわせてやりたいところじゃが、それはせん。お前の望みも、叶えてやる……」

「……サンキュー・ドクター・カオス」

「――じゃが!」

 ――彼は、そっと『彼女』の顔に触れた。――人工皮膚の、温かい感触。ジェネレータが持つ余熱が、『彼女』の肌を人間の体温と同程度に、常に暖めつづけている。




 複雑ではあった。


「マリア――お前は今、確実にただの『機械』ではなくなったんじゃよ……」

「ドクター・カオス。質問の・意味が・良く・分かりません」

「まぁ、聞くがよい。分からずとも良い。――じゃが、記憶はしておけ。いつか解かるときもくるじゃろうし、そのときにもしかしたら、お前の役に立たんとも限らん……」

「――イエス。サンキュー・ドクター・カオス」



 彼は苦笑した。『彼女』を眺めながら、苦笑した。

 ――忌々しいが……『彼女』があの若僧に対して感じたのは、確実に『人間』としての感情であった。
 それに気付いたあの頭でっかちで『頭の固い』若僧は、『彼女』が人間になることを、『人間』として禁じた。『彼女』自身の、『人間』として芽生え始めた感情を利用して……

 無表情な、その眼差しを見る。
『人間』として目覚め始めたが故に、『機械』に戻ろうとする『彼女』――



「良いか――マリア。決して、ただの『機械』に戻ってはいかん……! お前は今はワシの最高傑作にして、ワシの半身じゃが……」



 息を飲み込む。









































「同時に……ワシと共に歩む者でもあるんじゃ……」




















































 そして――『彼女』は笑顔を失った――




























































 永い……永い間…………



































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