ザ・グレート・展開予測ショー

#まりあん一周年記念『Automatic Phantasmagoria〜雨の中の追想』


投稿者名:ライス
投稿日時:(03/ 6/22)




 雨………。



 その一滴一滴がコンクリートに染み渡り、排水溝へと流れ落ちてゆく………。


 チーッ、


 カチャカチャ……、


 チュィィィン……。



 演算機械の音がけたたましく鳴る。『彼女』は雨の中を一人孤独に歩いていた……。蒸気が脇からゆらゆら吹き出ている。しかしそれでも『彼女』はゆっくり、一歩一歩ずつ歩いていく………。


 ここは繁華街の裏路地。

 人通りも少なく、このような雨の降る日はなおさらだ。しかし、それでも『彼女』は彷徨っていた。


 何かに取り憑かれたように。





「電圧・低下中……!あと・数分で・危険値に・到達します……。」



 しかし、それももう限界のようだ。『彼女』は膝を突く。明らかに憔悴しきった表情であるが、吐息が切れる声も、皮膚から滲み出る汗も『彼女』にはなかった。身体の節々から蒸気の煙が出ているのみである。


 事実、『彼女』の身体はボロボロであった。


 服は擦り切れ、身体もところどころ、汚れている。おまけに身体の関節を動かす度、ギッ、ギッと音を立てる。


 どうしようもないのだ……


 『彼女』を整備できる者はもうこの世にいない。『彼女』の詳しい資料は長い年月が過ぎ去ると同時に、徐々に数を減らし、そして、跡形もなくなくなった。そしてその情報の源は『創造者』である『彼』が冥府へと持ち去っていってしまったのだ……。


 残された『彼女』には国立博物館勤務と言う名ばかりの職業が浮上していた。


 しかし、無駄だった。『彼女』は自らの意志でそれを拒否した。


 だが、それは容認されなかった、いや、されるはずがなかった。


 そうこうする内に『彼女』は姿を消すことになる。政府は彼女の行方を追った。しかし、彼女は一向に見つからないのである。その追跡も時が流れゆく内に、忘れ去られていったのだった……。



 そして今、『彼女』の逃避行も終わりを迎えようとしている。



 『彼』は死ぬ間際、部下達に命じ、『彼女』にある改造を施した。それは『彼女』の生命線とも言える、電力。それを膨大に蓄積できるバッテリーを『彼女』に積み込んだ。これで『彼』の死後も彼女は、半永久的に動き続けるはず………であった。しかし、それにも限界があったのだ。

 
 『彼女』には『死』と言う概念は無い。『彼女』にとって、それと同等の意味を持つもの。


 それは『壊れる』、『活動休止』するということ。



 『彼女』は壁に寄りかかり、地面に雪崩れこむように姿勢を崩した。


 もう、動くことも出来ない。
 それに長い間雨に打たれてきたせいか、いよいよメモリーにも支障が来ていた……。


 『彼女』は雨の降る空を見上げる。何を想うのか、それは誰にも分からない。
 ただ、『彼女』は空を見上げていたことは確かだった。



「演算装置・バッテリー電圧・共に・危険値まで低下……!メモリーシステム・ショート……、めもりーが・でりーと………、」



 『記憶』という名の記録が徐々に失われていく……。


 すると、どういうわけだろう、それは彼女の視覚装置に浮き上がってくる。


「今日から、お前の名は……、マリアじゃっ!!」

「イエス・ドクター・カオス。『マリア』、コードネーム認識・しました……!」

「ミスター・ホームズ、ドクター・カオスを・探して・ください」

「なんだと?」

「い……いや……!!許してっ……!!」

「……、マリア…横島さん・好き。ドクター・カオスの・728・3%好き。」

「もの憶えはいいし、力持ちだし、来てくれて、うれしいわ、マリア!」

「サンキュー・ミス・美神!」

「テレサ!!」

「えっ……!?どうして……!?……………!!」

「マリア!!奴らを近付けるな!!」

「イエス・ドクター・カオス!!」

「時刻は22時28分56秒…、11月2日…、…西暦1242年……!!」

「せん…、にひゃく…!?よじうにねん!?」

「ちょ……、ちょっと高すぎない?マリア!?完全に雲の上だよ!?」

「ノー・プロブレム・ミス・おキヌ!」






「マリア―――、友だち……!」






 『彼女』が生きてきた日々。さまざまな出会い、別れ。そして、時に戦いあい、協力し、苦楽を共にした仲間達。


 そして、『彼』。


 もう、誰も『彼女』を良く知る存在はいない。
 そして、その『彼女』にも幕を引く時がやってきたのだ。

「めもりー・おーる・でりーと……。マモナク・全機能停止・シマス……、ぴーっ、がががが……、」









 雨は降り続けた。
 動かなくなった『彼女』の頬に雨粒が落ちる。
 それはあたかも涙を流しているかのようにも見えた。


 
 そして…………、
































































 雨雲は風に流され、空には朝日が射している。
 

 高層ビルの裏側。
 ビルとビルに光が当たり、それが照らし出す影が都会の朝を演出する。
 廃品回収のエアカーがその裏路地のごみ置き場に舞い降りたのは早朝のことであった。


「さぁて、いつも通りの仕事を始めますか……。」


 車から下りて来た青年。車では入りきれない所にある裏路地のごみ置き場にカートを持って、そこに行く途中、『それ』を見つけた。

「ん?おい、生きているのか?起きろ、朝だぞ?」

 彼は最初、人間が寝ているものだと思っていた。
 しかし、それは違っていた。
 その人形が上半身を起こされたままのように置かれたような体勢で眠る『彼女』。
 それに気付くのにはさほど時間はかからなかった。
 なぜなら、持ち上げようと思い、腕を持ち上げたところ、その尋常ではない重さだったからだ。

「レプリカントか……、それにしても良く出来てるなぁ……。」

 まじまじと見つめる彼。
 しかし、光があまり当たらないせいか、なかなか顔が良く見えない。
 『彼女』の居る場所は時間が経てば、陽が当たるはずなので、彼はそれを待つことにした。

 数十分後。徐々に、『彼女』の顔に陽が当たり、照らされていく……。


「これは…………!」


 彼が見たもの。


 それは神々しいほどに微笑み、目をつぶった安堵に満ちた表情。
 朝日がそれを伴って、さらに神々しさを増しているようにも見える。
 彼女の笑みは、旧世界から言い伝わるキリストの母、マリアに似た慈愛に溢れていた。


「………こりゃ、回収できないな……。」


 彼は被っていた帽子を深く被り直すと、そのまま、ゴミを回収して、車に乗り込むと、その場を去っていった。


 『彼女』はもう動かない。
 しかし、微笑みはもう二度と消えることはない。









 そして『彼女』はいつまでも微笑んでいたという。





〜fin〜

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