ザ・グレート・展開予測ショー

天使のためいき


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 6/19)


 静か過ぎる夜に、唇を撫でた。ベッドの上にうずくまり、枕を抱く。一人夜の切なさ。そんな言葉が頭に浮かぶ、寂しさを紛らわせる為に窓の外を見る。
澱みない空、雲一つなく。冴え渡る月―――煌々とした輝きが何故か、私を突き放しているかのようで。
 この月の下、彼も一人夜を悶々と過ごしているのかな?
 そんなことを考えると、くすぐったくて、口元が緩んだ。

 『彼の心に残りたい』―――偽りなき本心は、別れを前提にしていたものだった。
 だから、それから先の事など考えていなかった。幸せの未来図なんて、考えていなかった。一瞬でも良いから、私は彼と一緒にいたい、ただ、それだけを考えていたから。

 屋根裏部屋の窓を開ける、思いもよらず大きな音を立ててしまったから、振り向き、隣のベッドで眠る妹の姿を見る。―――大丈夫、起きてない。ほっと、安堵の溜め息をつき、夜の街を眺めた。

 漆黒の闇を切り裂く月の眩さに、いつもよりも、街は明るく見えた。

 誘われるように、惹かれるように。
 私は安息を求めて、屋根裏部屋の窓から空に舞った。

 本当はいけないかもしれない・・・でも。
 会いたくて。



































 ―――強い風が吹いた。流れる髪を押さえながら、私はもう一度、空を仰いだ。
 鉄塔の上、見上げた空は澱んでいた。全てを飲み込むかのような重い空。この身が消えてしまった時に、私はあの中に吸い込まれてしまうのだろうか?―――考えるとぞっとした。『死』には、冷めた考えをもってると、勝手に思い込んでいたけれど、死を間近にすれば、否が応でも、それが強がりであった事に気付かされる。
 一年から伸びた事で、『生』への執着が生まれてしまったのだろうか?―――それもあるかもしれない・・・でも、きっと、違う。
 『別れ』が恐いのだ。―――くすっ、腕の中の彼を見つめると、自然、笑みがこぼれた。
 誰にも知られる事無く、私は消えるだろう。そう、彼に知られる事もなく、知られることは、あって欲しくはない。出来る事なら―――。
 『別れ』を彼が知れば、どう思うだろう?
 泣いてくれるだろうか?―――そんなことを期待する自分が嫌だけど。
 ひょっとしたら、憎しみさえ覚えるかもしれない。あんまりにも勝手な別れ方だから。
 でも、そう。一瞬の思い出としてでも、彼の中に映るなら構わない。

 私は嘘をつこう、彼が立ち止まらぬように。


























 ―――無理してくれなくて良いの。
 私は―――嬉しかったから。
 傷ついてまで、私を―――。
 思ってくれたから。

 あなたが別れを知って。
 苦しむ事を望まない。
 泣いて欲しい―――悲しんで欲しい―――私がいなくなることを。
 でも、その後は、笑顔でいて―――私は、心の片隅にでも、置いてくれれば良い。

 あなたが目覚めたら、笑顔で会おう。
 だから、今だけは泣かせて―――。












































 目覚めた朝は彼の部屋。雑然とした部屋の中で、昨晩に潜り込んだ彼の布団の中。
 苦しさから抜け出した、安住の地―――。
 小鳥の囀りが聞こえた。私は目を開けて、彼の姿がないことに気付き、一瞬慌てる。

 「・・・横島?」

 霞む視界に映るのは、受け入れたくない現実。
 彼のいない部屋の中。
 どうして?昨日はいたのに・・・。
 ぎゅっと、抱きしめてたのに―――。

 ぐすん・・・何故だろう、切なくて・・・。涙がこぼれた。

 「よぉ、おはよ、ルシオラ・・・って、泣いてんのかっ!?」

 背中にかけられた声、あぁ、そこにいたんだ。
 馬鹿みたいだ・・・私。
くすっ―――慌ててた自分がおかしくて吹きだした。彼は困った顔をしている。

 「ど、どうしたんだよっ!?」

 そんな彼がおかしくて。

 「何でもないっ♪」

 涙を拭って囁いた。



 気付いた事―――それは、もう、一人では生きていけないんだってこと。
 そんなことを考える事さえしなかったけど。そうなんだって。

 「本当に大丈夫か?何で泣いてなんか・・・」

 心配そうな彼に、恥ずかしくて言えないけれど。
 あなたがいないと思ったから、だなんて。









 ―――命なんて、捨てられる。
 あなたの為なら・・・。
 でも、一人にしたくないよ。
 あの時の私のように、あなたもあんな気持ちになってしまうのかな?
 そんなの、嫌だから。

 でも。























 朝の冷たい空気で深呼吸。
 彼の気配を感じて覚えた希望を吸って、心の中から入り込んできた不安を吐き出す。
 その様子を見、呆然とした顔から微笑みを浮かべ、そして、また、困ったような表情を浮かべて―――

 「・・・なぁ、ルシオラ」

 涙の軌跡を視線でなぞりながら、彼は口を開いた。
 布団の上で、二人、正座して向かい合ってる。
 彼は心配そうに覗き込む時に膝を崩したらたまたまそんな形になっちゃったから。
 私は、何となく、淑女ぶりたかったから。

 「何?」

 未だに不安げな彼の様子が嬉しい、彼と向かい合い、話すこの時間が嬉しい。
 だから、見つめ合う。もっと、深く思えるように。

 「ずっと、一緒にいような?」

 凄く、真剣に。
 いつもの彼とは違う―――何故か、表情は悲しげで。
 私は胸がずきっ、とした鈍い痛みを覚えた。
 どうして、そんなことを言うの?
 未だに、不安の消しきれないの?
 ずっと―――傍に居るよ?

 「・・・ふふっ、横島ったら、何言ってるのよ。もう、アシュ様はいないのよ?」

 でも、何故か―――。

 「ん、そうだな。何も、不安に思うことはないんだ・・・」

 彼は笑顔を浮かべた。そこに、不安の色はなくて。

 ―――刹那の不安。
 抱いたのは、どうして?















 ―――澱んだ空の中で、負けそうな月の輝き。
 それでも、綺麗で。
 あの時とは違い、私を慰めてくれているかのよう。
 あぁ、そうね。
 また、月は昇る―――。
 夕焼けだって、何度も見れる。
 私は、一瞬だけかと思ってた。
 何度でも―――。
 会えるのよ。

 曇り行く心は迷い。
 煌く光は希望。
 信じたい、そう、思う。





























 ―――太陽が昇り、夕日に沈み。月が煌き、朝焼けに溶ける。
 日がな一日、窓の外を眺めていた。胸を掻き毟る不思議な感覚に囚われながら。

 「ルシオラ・・・俺は」

 空に向けて呟いた言葉は、先がなかった。
 深く考えもせず、ただ、脳裏に浮かんだ人の姿を呟いただけ。
 何か伝えたいことがあったはずだった。
 でも―――。
 ・・・今、伝える必要はない。
 また、今度、会えた時にでも伝えよう。









 魔族には生まれ変わりは別れじゃないのよ―――。

 あの時に、聞こえた言葉を―――信じて。

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