ザ・グレート・展開予測ショー

シロい犬とサンポを(2)〜後編〜


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/ 6/17)

お前がいなくなって、早くも一週間がたった。



「全治一ヶ月が一週間で完治とはね」

美神さんが呆れたような表情で、ギプスの外れた俺の右足を眺める。


この一週間、俺の生活はなんとも平坦なものであった。

家で何をするわけでもなく一日を過ごす。
学校に行き、身の入らない授業を睡魔と共に受ける。
事務所に赴き、お前の痕跡を話し、聞き、求める。

いないお前を感じ続けた一週間だった。


「シロちゃん、帰って来ませんね・・・・」

おキヌちゃんがぽつりと、今誰もが頭のどこかに抱いているであろう思いを口にする。

「全治一ヶ月って言っちゃったからね。それまでは帰って来ないかも知れないけれど、いつかは帰ってくるんだから」

美神さんは気楽そうに言う。
薄情そうなセリフだが、その顔にはどこか安堵感も窺える。
後はお前が帰って来るだけで全てが元通りとなる。そんな安堵だろう。

もしかしたら俺の怪我が治った事に対する安堵も含んでくれているのかもしれない。

「でも・・・・・・・、本当に横島クンが治ってくれてよかったわ」
「美神さん?」

ほんの思い付きだった気持ちをあっさり肯定されてしまった気がして、思わず聞き返す。
和やかな表情の顔を一度俯かせて、美神さんははっきりと言った。

「荷物・・・・・・・・・・・重いったらありゃしないわ」

・・・・・・・そんな所だよな。
逆にこちらが気落ちと安堵を感じさせられる事になってしまった。
そんな俺の気持ちに気付く事もなく、美神さんは皆に叫び声で呼びかけた。

「さあ!行くわよ!」
「何処にですか?」

間の抜けた顔で問いかける俺に、美神さんはさも当然といった顔で答える。

「何言ってんのよ?仕事よ、仕事!久しぶりに荷物持ちのいる仕事よ!」

言うなり、勢いよく立ち上がった美神さんは握り拳を作った。
少し大げさに気合いを入れる美神さんに苦笑いを浮べながら、俺たちはそれぞれ支度に取り掛かっていった。






着いたのは無人の工事現場。
音の無い、中途な状態で止まった場所が寂しさを不気味さを醸し出す。


何の変哲も無い、いつもと同じ仕事。
それでも久しぶりの感覚に懐かしみを感ぜずにいられなかった。

除霊に対して心が和むと言うのは新鮮な感覚だった。

美神さんが仕事の概要を説明し、それぞれに役割を振る。
持ち場を突く前に美神さんが一言。

「久しぶりなんだから、気を抜くんじゃないわよ」
「心配してくれるんですか?」

返答は鉄拳。
久しぶりの美神さんの拳は余り力が籠っていなかった。




事務所にお前とタマモが来てからは仕事にも僅かながらの変化が生まれた。
いつもは美神さん、俺、おキヌちゃん、三人で固まってやっていた。

今は囮を使い、悪霊をこちらに有利な場所に引き出す。
詳しい理屈は分からないが、美神さんの提案であり同時に決定事項だった。

囮は二人。
いつもはお前とタマモの役割。
そして今日は俺とタマモの役割。
お前の代わりをする。そんな事にお前との妙な・・・今までとは違った親近感を感じられる。



「ほーら!こっちよ!」

タマモの声が薄暗い工事現場に高らかに響く。

悪霊がそちらへと振り向く。  
足も無いのに、くるりと踵を返す仕草がその上半身からでも見受けられ、どこか生の余韻を感じさせる。

そのまま駆け出していくタマモを尻目に俺は予定の場所へと移動を始めた。
しばらくすると、タマモが引き付けた悪霊をこちらへと誘導する。

念のためと感覚の確認のため、文珠を数個作り出す。
手の中に生まれた馴染んだ感触をしっかりと握り締め、確認する。

一つ深呼吸。
いつもは誰かが傍に居る事の多い除霊で、一人になる事は不安と程よい緊張を与えた。

普段よりも集中した心は、思わぬ物を意識の内に捕らえていた。


積み重ねられた資材の影、そこから漏れ出すこの場に不釣合いな色・・・・・眩いばかりの白い色が目に付く。


暗がりに目を凝らす。
間違いない。お前がいなくなった日から何度か見た、あの白い犬。
お前であって欲しいという願望と、お前でないという思い込みが幻ではないかとも思わせていたその姿。
不思議な違和感が纏わり付くその姿。


確かめたい。


単純な思いが体を支配する。
それでどうなるか、そんな事も考えられないほどの単純な気持ちだった。


駆け寄ろうとしたところにぞくりと悪寒が走る。
背後に生まれた気配に、振り向こうとした体が逆方向への衝撃によじれた。

吹き飛ばされた体が、目指していた場所への距離を一瞬でゼロにする。

肩口と頭に衝撃。
額に濡れた感触。


倒れこんだ視界の先に、白い毛と見開かれた瞳を見た気がした。
額から目元に注がれる紅い血液に思わず目を閉じ、俺はそのまま意識を手放した。
















「このバカっ!仕事中に気を抜くなって言ったでしょ!?」

美神さんの怒声に、身を縮こまらせる。
肩口に残る鈍い痛みに添えられたおキヌちゃんの手から、ヒーリングの温かみがじんわりと広がる。

「少しの打ち身だけです。倒れていたから大怪我なのかってびっくりしましたけれど・・・・」

そう美神さんに伝えたおキヌちゃんの顔に僅かに刻まれた恐怖に気付き、罪悪感が胸を刺す。


「あいつが・・・・・いたんです」
「シロが?」

言い訳をする子供のようなか細い声に、タマモが反応した。
こくりと頷く事でそれを肯定する。

意外な返答だったのか美神さんも目を丸くしていた。
探してみようという意見も出た。
しかし隠れてこそこそするお前への違和感。
話題は自然に消え去っていった。


帰りがけ、支度を終えた美神さんに一つだけ聞く。

「美神さん・・・悪霊は?」
「頭でも打った?アンタが倒したんでしょ。文珠が落ちてたわよ」

頭?
そういえば頭を打った。血も流れたはずだ。

不確かな記憶の中にではあるが、しっかりと覚えている。
あの怪我はどうなったのだ?
額に手をやるがそこにあるのは肌と髪と、額に巻いたバンダナの感触だけ。
怪我の余韻さえ残っていない。

残っていたのはおキヌちゃんの手が肩口に残したのと似た温かみだった。


違和感を抑えつつも、差し出した美神さんの掌から文珠を受け取る。
それを生み出した時と同じように握り締める。

数は減っていなかった。
違和感がまた一つ増えた。







事務所に帰るまで美神さんの叱責が途切れる事は無かった。
それを宥めるおキヌちゃん、傍観を決め込むタマモ。
帰りの車の中には、不完全だが今までに近い日常の光景が繰り広げられた。

美神さんは結局悪霊は俺が倒したと思っているようで、そこを差し引いてなんとか許してもらえた。
おキヌちゃんは夕飯に誘ってくれたが、美神さんの刺すような視線に耐え切れず、やんわりと断る。


「美神さんも横島さんのことを心配してるから、あんなに怒るんですよ」

玄関口、帰りがけの俺におキヌちゃんが掛けてくれた言葉に疑いと理解の混ざり合った笑みを投げかけ、事務所を後にした。



そして今、星空と街頭と細い月の照らす夜道には、片手にビニール袋を提げてのそのそと歩みを進める俺の姿がある。
美神さんの叱責に忘れかけていた空腹の虫は、歩き出してすぐに騒ぎ出した。
手近な店で買った、久方ぶりの牛丼の香ばしいニオイが鼻腔を擽る。
家に帰ることを心待ちにしながら歩みの速まらない自分を不思議に思いこそすれ、苛立つ事は無かった。


予感だったのかもしれない。
これから始まる出来事全てへの。


空の傷口のような細い月が灰色の雲に隠され、狭い路地の色がひとつトーンを落とした、その時だった。

物陰から飛び出してきた陰が、俺の体にしがみ付く様にしてぶつかって来る。
不意打ちは気の抜けていた体にあっけなく打ち勝ち、体勢を崩すと共に袋とその中身を体から切り離す。

「俺の牛丼――――――――!!」

飛びついてきた物に対する感情よりも先立つ食べ物への念に、悲鳴のような声を上げる。
飛ばされていった大事な夕飯の方向に見当を付け、手を伸ばし頭から滑り込んだ。

伸ばした手が空を切ることに、うつ伏せのまま静かな諦めを感じる。

ぶつかって来た者の正体と、夕飯の末路を見届けるために地面に這い蹲った体をゆっくり起こした。
薄暗い夜道に目を凝らし、その光景を探す。
なかなか目の慣れない苛立ちの感情が生まれようとした時、手助けがあった。

雲が動き、月が再びその姿を現す。
月光はスポットライトのようにその場を照らし出してくれた。

目の前の光景は想像とは別物だった。

口に袋の取っ手を咥えた“そいつ”。
先ほど無意識にも気にしていた牛丼の安否など、既にどうでもよかった。


真白い毛並みは月明かりに照り返し、ぼんやりと青白い光を纏っているようにも見える。
炎の様に揺れる紅い毛は、落ち着いた色調の中に情熱さを盛り込んだ。



既視感。
どくん、と心臓が一度大きく脈打った。



あの、お前そっくりの白い犬だった。


(続く)

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