ザ・グレート・展開予測ショー

シロい犬とサンポを(2)〜中編〜


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/ 6/17)

辿り着いたのは屋根裏だった。

ふらふらと夢遊病者のようにお前のベッドまで歩み寄る。
朝方、ここに来た時とはまるで違った気持ちで、おそらくは今まででも初めての気持ちでベッドの傍に立った。


そのまま倒れこむ。
柔らかなベッドが、スプリングの小さな軋みと共に俺の体を優しく受け止めた。
皺の無いシーツを蹂躙する事に、新雪の雪野を歩くのと似た感覚を味わう。

日のニオイのする温かな寝床の感触に、気が遠くなるような快感を得られる。
しばらくそんな立ち眩みの様な感覚に身を任せていた。




がちゃり、とノブの回る音がした。

続いて扉の軋む音、そして閉まる音、階段を上る音。
床の軋みが少しずつ移動して行き、隣のベッドで止まった。

誰であるかは予想がつく、しかしそのまま何も言わずに相手の次の行動を待つ。
ベッドの柔らかさにいつまでも待てそうな、そんな気持ちになった時にその言葉は投げつけられた。


「変態」


ぽつりと、だがはっきりとした軽蔑の感情を込めてタマモは言った。
一瞬その言葉が指し示す事柄がつかめず、心地よさの中で途切れかける意識に縋りつきながら考え込む。

しばしの霞がかった思考の後、導き出された答えはどうやら今俺の横たわる場所に問題がありそうだという事だった。

お前の寝床の上にいる。
普段ならば気にしないことかもしれない、普段ならば意識したことかもしれない。

普段ならお前のベッドに横になることなど考えない。気にしないだろう。
普段ならお前の存在を意識した。意識できた。

普段なら・・・・・・・・・・そう、普段ならお前がいるのだから。
居ない事でお前をより気にする事を、意識する事を皮肉に思う。


「ソファーだと体が痛いんだよ」

今更ながらに気付いた自分の行動に対する気恥ずかしさからか、かなり突き放すような言い方の返答となった。

「別にここじゃなくてもいいでしょ」
「美神さんの所だと殺される。おキヌちゃんの所はさすがにマズイ」
「ここならいいって言うの?」
「主の居ないベッドに寝たって構わないだろ」

ここまで横柄な態度を取れることに自分でも驚きながら、次々と捻くれた返答を返す。
タマモはそんな俺に仕方ないといった感じで一つ溜息をついた。

「まあ、あのバカ犬なら嫌がらないかもね」

自分の言葉を認めさせた優越感のようなものと、そうかもしれないという納得をその言葉に感じていた。

この場にお前が居た時の事を考えようとして・・・・やめる。
お前がいたら、という事を想定する事がとてつもない違和感を生む。

お前がいれば・・・・
そうすれば何もかもがうまくいっていただろうに。

喪失感に近い苛立ちの感情がむくりと頭をもたげる。
良い気分と悪い気分、両方を引き出したタマモにその気持ちの両方を視線でぶつけた。

葛藤する気持ちの中、俺を様子見るタマモの表情に僅かに怪訝そうな表情が生まれる。
その表情はすぐに何かを確信するものと変わり、タマモはすぐに口を開いてきた。

「拗ねてるの?」
「・・・・誰が拗ねているって?」

自分の中に不機嫌な気持ちが・・・そう、まさに“拗ねている”と言うのに相応しい気持ちが在ることを、タマモの言葉に急に自覚する。
できるだけ自然に返したつもりだったが、タマモにはその中にある動揺を見透かされてしまったようだった。
少し意地悪な笑みを浮べて、タマモは言った。

「バカ犬に振られて行き場の無い気持ちを何とかしようと必死になっている、ベッドの上の誰かさんよ」
「・・・・誰が振られたって?」
「だから誰かさんよ」

相手に上手に行かれている事をあまりにもはっきりと感じ取り、呻きも上げられず押し黙る。
そんな俺の沈黙にタマモは満足そうな表情を浮べると、そのまま隣のベッドに横になった。


再び屋根裏の空気を沈黙の手に委ねる。


そんな沈黙が続く中、再びこちらを観察するような視線に気付く。
勝者の視線に敗者としては反応し辛く、文句も言う事が出来ずにただ不機嫌さを表そうとしてみる。

顔を一層深く枕にうずめ、手を頭の上で組む。
零れ出しそうになる色々な気持ちを押さえ込むように、全身を軽く硬直させる。
タマモに言われたとおり“行き場の気持ちを何とかしようと必死になって”いた。


沈黙の中で気持ちまで排除しようとしていた俺の耳に届いたのは、タマモの失笑だった。
あっさりと沈黙が破られてしまった事にちょっとした不満を感じる。

「何だよ」

笑われる理由が分からないというのも気持ちの良いものではなく、ぶっきらぼうに聞く。
不機嫌な気持ちを精一杯押し出したつもり答えたが、タマモの笑みには少しの動揺も与えられなかった。

相変わらず堪えるような笑いを漏らすタマモに、不満以外の気持ちが生まれる。
何を言うのかと擡げて来た僅かな好奇心に、うずめていた顔を半分だけずらしタマモの方に向けた。
こちらの瞳を一瞥したタマモは軽くお腹を押さえながら告げる。

「アンタのその格好。昨日のバカ犬とそっくり」

楽しそうに、そして少し懐かしむように、タマモはくすくすと笑った。







夢を見た。


夢の中でも俺は同じように屋根裏のベッドに横たわっていた。
広いとも狭いともいえる屋根裏には俺一人、聞こえる音も自分の緩やかな呼吸音だけだ。


お前が来ることが、何の前触れなしにでも分かる。
その確信はすぐに階段の軋みと共に姿を現したお前の姿に裏付けられた。

俺は顔にだけ寝返りを打たせると、虚ろな瞳をお前に向ける。
お前は俺を見つけると少し驚き目を見開くが、はにかむような笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらへ歩みを進めた。

お前が気付いてから近づいてくる間、お互いの瞳は相手のそれをはっきりと捕らえ、放すことはなかった。
ベッドの脇までやってきたお前は、気を使いながらゆっくりとだが深くその縁に腰を下ろす。

小さな歪みが生まれたベッドに自分の体が少しだけお前のほうに傾くと同時に、心まで・・・意識の全てがお前に傾倒する。
お前の挙動一つ一つ、その全てを逃さぬよう。
次の行動を見定め、先読みでもしようとするかのように意識を絞る。

迷いなく伸ばされた掌が、そっと俺の頭に乗せられる。
お前はゆっくりその掌を前後させ始めた。

撫でている。

とてつもなく単純な行動に思わず笑みを漏らす。
こんな簡単な事の先を取ろうとしていた自分に、こんな簡単な事をしてくれるお前に。


心地が良かった。


撫でられる事がこんなにも嬉しく、心が溶かされるようなものだとは知らなかった。
蕩けていく心地よさの中、途切れそうになる意識を総動員してお前に告げる。


ずるいぞ・・・・・、と。


撫でられることの気持ち良さを、伝えることのなかったお前に告げる。
こんなにも気持ちの良い事だと、こんなにも嬉しい事だと知っていたなら・・・・・・・・・・


――――――――――――もっとお前を撫でてやったのに。


お前は俺の呟きに答えることもなく、だた優しく笑った。


魅力的な笑みだった。




短い夢だったがはっきりと覚えている。
夢の中だけでも、どこかお前と通じ合えた気がして嬉しかった。

この夢は気に入った。









目を覚ました時にはタマモの姿は消えていた。

見回した部屋の中は既に高くなった陽が差し込んでおり、部屋中の色調が一層明るくなっている。
窓から差し込む光はいつもは涼しい空気が満ちている屋根裏に、優しい暖気を吹き込んでくれていた。

ベッドから立ち上がる。
光を求める昆虫のように、温かさに向かいゆっくりとだが確実に進む。

目の前の雲を払うようにカーテンをかき揚げ、見上げた眩い光に目を細める。
遠き日の熱をいっぱいに浴びてから、今度はその光が照らす世界を見下ろす。

見慣れぬ屋根裏の窓からの光景。
絵画のような光景。

事務所を挟む建物の片割れ、その角にそれはいた。

真っ白な犬。
頭頂部から前髪のように生えている一房の紅い毛が、ゆっくりと風に靡いている。
その瞳は真っ直ぐに俺を見据えていた。


「――――――――――!!」

体から感情が湧き上がる。
空っぽだった心は一瞬のうちに一つの心に満たされ、体を突き動かす。
引きずる足ももどかしく、屋根裏部屋から飛び出そうとした。

「きゃっ!?」
「あ・・・・ゴメン!」

部屋を出ようとした・・・階段の入り口で悲鳴とぶつかり、反射的に謝罪の声をかけた。
やっと意識の中に相手の顔が入ってくる。


「どうしたんですか?そんなに慌てて・・・・足の怪我もあるのに・・・」
「今、外にあいつがいたんだ!」

そう言った俺はきっと目を輝かせていたのだと思う。
おキヌちゃんも驚いた様子で、俺の指し示した窓に駆け寄る。
身を乗り出し窓に顔を肉薄させた後、こちらへと向けたおキヌちゃんの表情はこちらの予想したものとは随分違うものだった。
怪訝そうな、少し心配そうな、そんな表情。

「いませんよ?」
「え?」

突き付けられた否定の言葉に、呆けた声を上げる。

そんなはずは。そう思って再び覗き込んだ窓からの絵画は、一番の主題を欠いていた。
そう白い犬の姿を。

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