ザ・グレート・展開予測ショー

父の思い出


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:(03/ 6/15)






 初めて出会ったのは、既にあの娘が八歳になっていた時だった――























   ★   ☆   ★   ☆   ★












 日本に帰るのは久しぶりだった。研究の合間を縫っての短い帰国――それだけではあるのだが、精神面での変化は必要以上の感慨を呼び起こしてくれる。少なくとも、今は。
 公彦は蒲田の街を歩いていた。
 雑踏はそれぞれの奔流を彼の脳裏に流し込み、それを感受して、仮面の中で顔をしかめる。歩きがふらつくほどに強い感情――仮面で押さえているとは言え、押さえ切れるものではない。

(JL――蒲田駅……か)

 目的地に対する、淡白な認識――そして、期待のみがある。背負ってきたナップザックの中身が、急にずっしりとした重みを持って感じられた。
 期待はある。――不安も、それに増してある。
 何しろ――本当に会うのは久しぶりなのだから。





 妻にも――娘にも。





(ざっと……五年ぶりくらいかな?)


 最後に娘――令子と会ったのは、まだ令子が物心つく前であった。妻の胸ですやすやと眠る令子を見つめ、数分間ほど動く事も出来なかった事をよく覚えている。





 ――あまりにも……純粋無垢。





 ――あまりにも……清廉潔白。





 何もない。何も見えない。何も聞こえない。――ただただ眠る令子の心には、満たされた満足感と優しさのみがあった――





 ――感動し。





 ――感涙し。





 そのときは誇りたかった。これが自分の娘であると。
 そのときは誓いたかった。――自分は、一生この娘を愛してゆくと。
 それから……五年。

(僕は――良いお父さんにはなれなかったな……)

 諦めていた事ではあった。――自分が、世間一般の意味での『良い父親』になる事は。少なくとも、娘の心をすら読み取れる父親など娘からしてみれば喜べまい。

 どちらにしろ――

(もうすぐ……会える!)



 駆け出したい衝動を懸命に堪え、美神公彦は歩きつづけた。






















   ★   ☆   ★   ☆   ★





















「――美智恵…………!」

「あ、――公彦さん――!」

 蒲田駅に着いて、妻を見つけるのは簡単だった。
 指定された西口の改札前には人通りも多かったが、思念を辿れば簡単に探し当てる事は出来た。自分に奇異を向けていない精神。――それを辿ればよいのだから。

 ――ついでに、自分は目立つ。美智恵が自分を見間違える事は決してない。
 早足で、近づいた。


「久しぶりだね――美ち――」











 言葉はこの時点までしか続ける事は出来なかった。









「わぷっ――!?」


















 何故なら、突如として唇が塞がったから。



 流石に人前。その口づけは、軽く触れるだけのライトキスに収まった。――眼を白黒させる反面、心の奥底で苦笑している自分を発見する。――予想が出来ない。昔から、彼女がする事だけは精神感応者である自分にも予測できなかった……
 唇を離し、艶然と微笑む。――その微笑みが、確かに魅力的であった事も理解できた。二十台半ばの女盛りの彼女――まさしく、今年八歳になる娘がいるとは思えない。

「久しぶりね。公彦さん――」

 首後ろに回していた――無論、キスのときだ――腕を解き、やや恥らいを含んだ微笑で囁く。――その姿に、公彦は刹那回りの風景を忘れた。娘の事すらも、瞬間脳裏から消えていた。




「美智恵……」


「あ、やだ……人が――――」


 これだけの事をやっておいて、今更『人が』もない。――が、その言葉は多少なりとも公彦の過熱した頭を冷やしてくれた。回りの視線――心――そして、自らの思いが徐々に思い出されてくる。


「美智恵、令子は?」

 辺りを見回し、眼前の妻に問う。視界の中にそれらしい人影は入っていない。――もしや嫌がったのでは――? 暗い想像が脳裏によぎる。


「あ、令子?」


 それに対し、美智恵の反応は軽かった。微笑みながら、人でごった返す改札口の逆方向――その柱を指差す。

(――?)

 ふと、気付いた。柱の陰から、栗色の髪の毛がはみ出している。更に、チラリ、チラリとこちらを覗き見している小さな頭も――

「令子ぉーっ、パパが来たわよ! こっち来なさい!!」

 その言葉に、小さな頭はビクリと反応した。一度栗色の髪の毛が引っ込み、しばらくして、意を決したかのように少女は現れた。


「あ――」


 その言葉を言う事が精一杯だった。
 その少女は人見知りをするのか、母親である美智恵の後ろまでダッシュした後、その陰から出てこようとしない。時折チラリとこちらを覗いては、また素早く陰に隠れてしまう。
 美智恵に良く似た、愛らしい子供だった――――


























 プチン。




























 脳裏で何かが切れた事を自覚した。





















「れ」














「ほら令子、パパなのよ。挨拶しなさい」

「だって、パパいないんじゃなかったの――?」























 ダンッ!!

























「令子をおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」






























 公彦は……翔んだ。
































「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 そのまま令子に抱きつき、その温もりを感じる。――初めて感じる温もりだった。この娘が自らの娘であるという事を、否が応にも感じさせてくれる――

「ヤダヤダ! 離してよぅ!!」




 ああ、可愛い。なんて可愛いんだ令子。美智恵が小さい頃はきっとこんな感じの可愛い子だったんだろうな。いや、美智恵と僕の愛の結晶だからこそここまで可愛くなったのかもしれないぞ? そうだ。そうに違いない。そう決めた。



「びええええええん! ママァァァッ!!」



 もう僕はこの温もりを離したくない。そうだ。このまま南米へ連れて行って、しばらく一緒に研究しても良いかも知れない。なぁに、過程の事情と言えば学校だって――



「ヒック! ヒック!(←引きつけ)」



 美智恵とも暫く夫婦水入らずの生活してないし、ウム。大自然の中で子育てっつーのも何か味な感じがしていいかも知れない。しばらく村長さんに親子で住めるバンガローでも借りて――










 ゴスッ!!







 ――はうっ!?








「公彦さん……気持ちは分かるけど、令子にトラウマ残さないでね…………?」

 既に頭頂に肘がめり込んでいる。
 その肘が――多少なりとも、公彦の正気を戻したと言って良い。


「う…………」

 気付いた時には、令子は先ほど以上にしっかりと美智恵の後ろに隠れており、美智恵がそれを懸命になだめている最中であった。――ふと流れ込んでくる、娘の恐怖の感情。――その感触に、公彦ははっきりと自らの暴走と失策を悟った。


(く……しまった! まさかほんのお茶目☆が、ここまで令子の感情――というより、より本能的な部分を傷つけているとは……! どうすれば……このままでは僕の親としての立場が――!)


 美智恵は既に、完全な説得モードに入っている。聞くに、どうやら彼が怖い人(後でわかったことだが、彼の仮面が戦隊ヒーロー物の悪の幹部に似ていたらしい)でない事を懸命に理解させようとしているようであった。
 焦る。完全にこちらのミスだ。

(く……! まずい……どうすれば――――!)







 …………!






 思い出した。ナップザックの中の物の存在を。

「れ、令子ぉー? さっきはごめんね。パパ、令子に会えて嬉しくて、思わず理性を失っちゃったんだ♪」

 数分後、何とか目の前に(美智恵にしがみつきながら)出てきた令子に、公彦は必死の思いで微笑んだ。と同時に、ナップザックを下ろして令子の前に置く。

「それでね……? お詫びにパパがブラジルから持ってきたプレゼントがあるんだけど、貰ってくれないかな?」

「プレゼント!?」

(ああ、やっぱり可愛い……)

 子供とは単純なものだ。プレゼントの言葉一つで、公彦のことを既に信頼したらしい。ナップザックを勝手に開けて、包装された段ボール箱程の包みを懸命に取り出している。

「ほら。パパに『ありがとう』って」

 美智恵の言葉も耳に入らないようだ。包みを見つめ、ウズウズしている。やはり可愛い。眼に入れてしまいたい。むしろ食べてしまいたい。

「ねぇ、開けていい?」

 その言葉に、公彦は優しく頷いた。

「ああ、いいよ?」











 ガサガサ。





 パサリ。






 ゴトン。







 令子が気に入ってくれる事に関しては確信があった。何せ、自分の娘なのだから……




















「気に入ってくれたかい? 見つけるのは、結構大変だったんだよ――この――」

















 蓋をされた水槽。
































「珍しい、薄紫色の『アメリカシロヒトリ』は……ね……」



























 アメリカシロヒトリ――[学名] Hyphantria cunea (Drury)。[分類] 鱗翅目(チョウ目),ヒトリガ科。


































「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」





























 その後、美神令子は公彦の事を激しく嫌うようになったとかならないとか……





 ――完――

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