コモレビ ――既視感―― −前編−
投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 6/14)
サクラが散って、まだ、僅かな時期。
桃色の花びらが道を埋める、その中を歩く。
何気ない話をしてる、僅かな間、手持ち無沙汰な指先は触れ合う事もなく。
意識さえせず、顔を向け合う。
彼女が優しく微笑んだ。彼は苦笑いを浮かべて、そして、口元を緩めた。
彼が微笑んだ、向かい合う彼女は不機嫌そうなしかめ面。でも堪えきれなくなってか、おかしそうに口元を緩めて、吹きだした。
二人の間にある、空気は春の陽気の中で色濃く映える。
彼は唐突に、訝しげな表情を浮かべた。
「・・・ねえ、小鳩ちゃん」
彼女はそんな彼に首を傾げる。
「何ですか?横島さん」
彼は不思議そうに考え込んで―――そして、口を開けて・・・噤んだ。
「・・・いや、何でもない。多分、たいした事じゃないんだ」
彼女はそんな彼の言葉に一瞬だけ、戸惑った顔をした。でも、それも、一瞬。
(たいしたことじゃないというなら・・・きっと、そうなんでしょう・・・。)
微笑みは、崩さない。
春の木漏れ日の中。
出会って一年、付き合って三ヶ月。
『二度目』のデート。
ぎこちなさのある微妙な距離感の中で。
彼と彼女は、幸せだった。
『何となく・・・既視感ってやつを感じたんだ。俺と君が、こんな風に笑ったり、怒ったりしたのは・・・きっと・・・』
『はじめてじゃない・・・のかな?』
木々の木漏れ日。静かな公園の中。小川のせせらぎの音と、木々のざわめく音。敷物を敷いた上に座る彼と彼女。イマイチ格好はつかないけれど、『三度目』のデートだった。
一度目はデジャブーランドでの一幕。自分たちの財力の無さに泣きたくなったあの日を教訓に、慎ましく、自然を満喫できる自然公園などにでも行こう、ということで。二度目のデートと同じ場所、同じ時間で彼と彼女は過ごしていた。
春風が舞う午後の公園。正午過ぎ、まだ、お昼時といってもいい時間。彼女が手にしていたバスケットからお弁当を取り出す。サンドイッチを穏やかな笑みを浮かべて、彼に手渡す。
「美味しいですか?」
手渡されたサンドイッチにかぶりつき、咀嚼して、飲み込む。
「うん。」
頷く。自然浮かぶ微笑みを隠す必要もなく。
「良かった・・・。」
彼女も心底嬉しそうに微笑んで、彼を見た。
「もしも、横島さんが嫌いだったらどうしよう、って思ってました。」
彼女は俯き、隠し切れない笑みをこぼした。
くすくす・・・。
いささかの戸惑いを覚えつつ、口の中に広がる独特の甘辛さと苦さに眉根を寄せながら。―――今朝、朝御飯で見かけた食卓での勇姿を頭の中に思い浮かべ、彼は彼女の笑顔に応えた。
「そうだね・・・苦手な人も結構いるみたいだし・・・」
―――いなごの佃煮とマヨネーズのサンド。
はい。
彼女は顔をあげて、太陽がまぶしいのか、手をかざし、空を仰ぎ見た。
「・・・気持ちいいくらい・・・晴れてますね・・・お洗濯ものを干すのに・・・ばっちりの天気です」
にこにこ、彼女は彼の方を見、笑った。
彼女が笑っていない時なんて、きっと、ないんだろうけど。彼は、そんな彼女がどうしようもなく眩しく感じて、思わず手を翳した。
彼女の後光がまぶしくて。
まるで、真夏日のようだ、汗ばんだTシャツが心地悪い。帰ったら、すぐに、風呂に入ろう。―――彼はそんなことを思った。
付き合うようになってから、間借りした風呂付きの部屋―――。
できるなら、彼女と一緒に・・・。
なんて、照れるけど。
「横島さんも、そう思いますよね?」
「・・・へ?」
彼女は、まるで、自分を見透かすように―――。
その言葉はただ先ほどの言葉の同意を求めているだけなのだけれど。
彼は何ともなしに、顔を赤らめて。そして、彼女に言った。
「思う、凄く、思うっ!!っていうか、今すぐにでもっ!!んでも、場所が悪いっ、くっ、どこかにないかっ、ないのかっ!?いや、あっても何とも言えんっ、やっぱ、安心できるのは二人の家の中だしっ!!か、帰ろうかっ!?」
その剣幕にきょとん、とした表情を浮かべた後で。
「え、もう帰っちゃうんですか?」
残念そな表情。でも、彼は気付かない。
「あ、うん、今すぐにでもっ!!」
まだ、ここにいたいのに・・・。そんな願いを込めた言葉をあっさりと流した彼への不満から、彼女は不機嫌そうなしかめ面を作り、そっぽを向いた。ぷくぅ、と膨らませた頬を思わず指で突っつきたくなる衝動を抑えて―――彼は彼女に微笑んだ。やっと、気付いた。っていうか、我に返った。
・・・三度目。
一緒にいる時間はとても長いけれど。
デートなんて、そんなにしなかった。する必要も無いと思ってた。一緒だったから。だけど、きっと。
「もうちょっとだけ・・・一緒にあるこうか?」
彼女は彼を見つめた。
笑顔を浮かべる彼にいささかの不満はあるけれど。『もうちょっと』と言う言葉に不満はあるけれど。
食べかけのサンドイッチを口の中に放り込んで。
バスケットを腕にかけて、もう片手で彼の腕を取る。戸惑い顔の彼に微笑んで。
「行きましょ」 と声をかけて。
静かな公園を二人で行く。
さらさらと木々の合い間を流れる風の音を聞きながら。
彼女は微笑み。彼を思う。
彼も微笑み。彼女を思う。
歩幅は彼が彼女に合わせて。
彼女が彼に合わせて。
疲れないよに。
辛くないよに。
微笑みを、交し合って。
いらない、かな。
とか。
そんな事を思う。口には出さない。
何が?
と、尋ねられたら困るから。
・・・無粋だよね?
言葉で、気持ちを伝え合う必要なんて。
きっと、ない。
腕を結ぶ時に感じる柔らかな感触に、緩む口元を引き締めて。
照れ笑いを浮かべてる、彼女を見つめる。
視線に気づいて、俯きがちな瞳が上に上がった。
・・・っていか、良いだろ?
いや、ムードとか、察することなんて出来やしないしさ。
いいじゃん、いいさ、彼女だってきっと望んでるだろうっ!?
だって、誰もいないしっ!!
というわけで。
彼は彼女の腕をそっと、離した。
そして、すっと、彼女の身を抱く。
「え?」 彼女の口から、と吐息交じりの呟きが漏れる。
きょとんとした表情。それでも、ふっと、力を抜いて。
・・・意外と言うか、何というか抵抗はなく。
「・・・横島さん?」
尋ねる響き、一瞬で声音が変わる。表情も穏やかなものに変わっていく。静けさの中で、はやる心が腕を抱く力を強くする。
「・・・小鳩ちゃん・・・」
彼女が―――目を、閉じた。
頬を赤らめて、幾分、唇を突き出しながら。
一際大きな大木の下で。
一瞬、息遣いが途切れた。
唇が接触して―――。
意識が・・・戻る。
続きます
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