野菜と人
投稿者名:dry
投稿日時:(03/ 6/13)
『野菜の人!!』より
『トマトトマトーーッ!!』
唐巣神父の教会では、幻想的とも非現実的とも言える光景が展開されていた。
『トーキビトーキビッ!!』
顔をそなえたトマトやらカボチャやらトウキビやらが、悪霊を袋叩きにしているのである。
苦笑しながらそれを見守る唐巣とピートの後ろでは依頼主の男が呆然としており、
その周りを足の生えた大根達がガードしている。
『グエエーーーッ!?』
断末魔の叫びが響き渡った。巨大ナスの噛み付きで決着がついたようである。
語尾に、野菜如きに祓われる事への悲哀が感じられたのは気のせいではあるまい。
唐巣は少し悪霊に同情したが気を取り直し、大根に守られている男に笑みを向け除霊の完了を告げる。
礼を言う依頼主を表に出て見送ると、謝礼を手に教会に戻った。
「それじゃあ、あとは燭台を並べ直して終わりですね」
『カカッカボチャーッ!』
中ではモップがけをしているピートの指示のもと、除霊で散らかった礼拝室を野菜達が器用に片付けている。
貧血で倒れた唐巣を美神達が見舞いに来てから、既に数ヶ月が経過していた。
育成促進に失敗した家庭菜園の野菜達だが、調べた結果「野菜ゴーレム」になっている事が判明した。
美神が最初の呪文の詠唱を中断した為に魔法の効果が変質し、
精霊石のエネルギーの方向性にゴーレム化が追加されてしまったのである。
とりあえず唐巣の「静まりなさい!」という命令により野菜達は大人しくなった。
菜園を丹精していた唐巣とピートの言うことは聞くようだ。
責任を感じた美神は汗を垂らしながら自分がこれらを元に戻すと言ったが、これまた汗を垂らした唐巣の、
「霊力が尽きれば元に戻るのですし、害は無いようですから」
との判断により、そのまま菜園で管理される事になったのである。
ちなみに、野菜まみれになった横島の「これのどこが無害なんじゃー!!」という意見は無視された。
貧血から回復した唐巣はピートや美神達に心配をかけまいと、以前よりも報酬を受け取る様にしている。
加えて野菜達が教会内での除霊を手伝ってくれる為、唐巣の健康状態は良くなっていった。
一方で教会に訪れる一般人に配慮した。
幽霊がスーパーで買い物をし、ゴーストシンガーの演歌がヒットする世の中だが、公にする必要は無い。
普段は野菜達には、菜園で大人しく光合成をさせるようにした。
そして今日に至るまで、唐巣とピートはこの奇妙な隣人達と上手く付き合ってきたのである。
現在ピートは横島達の高校に通っている。
「先生、みんな、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
『ナッナスビー!』
『ダダ、ダイコーン!』
今朝も高校へ出掛けるピートを見送ると、唐巣は野菜達に向き直った。
「今日は除霊依頼がありませんから、あなた達は菜園で休んでいて下さい」
『トマトトマトー!』
野菜達が菜園に向かって行くのを確認すると、唐巣は教会管理者としての仕事をする為に屋内へ戻った。
教会に来た信者を応対し、神父の人柄を慕う人達の悩みの相談に乗り、
各部屋の清掃を済ませた頃には夕方近くになっていた。
そろそろ夕食の支度をしようかと無人になった礼拝室で唐巣が考えていた時、
唐突に正面の扉が開かれ、一人の男が覚束ない足取りで外から入ってきた。
乱れたスーツ姿、紅潮した顔、ここまで漂う強いアルコール臭。どう見ても酔っぱらったサラリーマンである。
まだ日が沈みきっていない上、教会から一番近い盛り場までは距離があるのだが。
訝しく思ったものの男はかなり具合が悪そうである。介抱する為に近づいた。
「大丈夫ですか?顔色が良くないようですが」
「さ…」
「さ?」
『サッキャアアアーーッ!!』
肩に手を掛けた途端に男は倒れ込み、その身体から一升瓶を持った二本角の鬼の様なモノが現れた。
数ヶ月前に除霊したはずのアセトアルデヒドだった。
「何ッ!!」
口から酒を噴きつけてくる。不意を突かれた唐巣だが咄嗟に顔を庇い、アルコールで目を焼かれる事を防いだ。
悪魔アセトアルデヒド。酒に対する執着や依存心といった人間の負の思念から生じた魔物であり、妖怪に近い存在とも言える。
「どこかで思念を蓄えて復活を果たし、復讐しに来たといった所か。」
酒精の臭いに気を取られた為、妖気に気づけなかったのだろう。
距離を取りつつそこまで思考を巡らした所で、失調感が身体を襲った。動悸が激しくなり平衡感覚が乱れる。
ただの酒ではなかったようである。急性アルコール中毒の一歩手前と言った症状に陥った。
『ヒェヘ…ヒェヘヘヘッ!!』
揺らぐ視界の向こうでは勝利を確信したのか、アセトアルデヒドが一升瓶をラッパ呑みしながらニタニタと笑っていた。
次の瞬間、その姿がかすみ、
『サキャアアッ!!』
「ぐはッ!!」
蹴り飛ばされた。
四、五メートル吹っ飛び、仰向けに倒れそうになるが後転の要領で立ち上がる。転がった為に酩酊感が酷くなった。
すぐ右手に霊力を溜めようとするが酔いの所為で集中できず、十分な威力が得られない。
破魔札なら安定したダメージを与えられるが、生憎ストックが切れていた。
入り口近くに倒れている男に目を向ける。息はあるようだが放ってはおけない。
動き回れば酔いが悪化し、止まっていれば攻撃をかわせないのであれば、
(アルコールが抜けるまで最小限の動きで避け続けるしかないですね。)
唐巣は抗戦の意志を固めると、ふらつく足を叱咤しながら次の攻撃に備えた。
アセトアルデヒドがゆっくりと近づいてくる。二メートル手前で跳躍し、殴りかかってきた。
『サキャッ!!サキャッ!!サキャッ!!サキャアッ!!』
じりじりと祭壇の方へ下がりつつ、二撃、三撃、四撃とかわす。
そこまでが限界だった。足がもつれて体勢が崩れた。
(しまった!!)
その機を逃さず、致命の一撃を加えんとアセトアルデヒドが一升瓶を振りかぶる。
避けられないと判断し、それでも頭をガードしようと両腕を上げた時、
『トーキビーーーーッ!!!』
『サケェッ!?』
アセトアルデヒドの後頭部や一升瓶に、トウキビ達がミサイル宜しく体当たりをしていた。
一升瓶の軌道が逸れ、唐巣の左肩をかすめる。
さらに開け放たれたままの扉から他の野菜達が乗り込んでくる。
『カボチャチャチャーーッ!!』
『ナスビィーーッ!!』
『トマトトマトーーッ!!』
『ダダダイコーーン!!』
いつもの様に魔物を袋叩きにし、唐巣をガードするようにその周囲を大根達が囲んだ。
予想外の攻撃にアセトアルデヒドは驚いたようだが、それは唐巣も同じだった。
命令を出していないにもかかわらず魔物を攻撃し、あまつさえ唐巣を守る構えを見せているのである。
だが、すぐに冷静になる。
これまで野菜達が相手にしてきたのは力の小さい悪霊や魔物であり、アセトアルデヒドは明らかにそれらよりも格上だ。
「君達、離れなさい!!」
指示を出すが遅かった。
『サキャアアーッ!!』
動揺から立ち直ったアセトアルデヒドは回し蹴りでナスビを吹き飛ばし、拳の一振りで数体まとめてトマトを潰す。
後ろから襲いかかるカボチャを一升瓶で割り砕き、飛んでくるトウキビを床に叩きつける。
命令が届かないのか、野菜達は仲間の残骸を乗り越えて攻撃を続けた。このままでは全滅する。
(草よ木よ花よ虫よ、我が友なる精霊達よ!)
彼らを助ける為にも、唐巣は何とか霊力を集中しようとする。
(邪を砕く力を分け与えたまえ!)
しかし思う様にいかない。未だ酔いの醒めきらない状態では、やはりアセトアルデヒドを倒す程の霊力を集められない。
すると、それまで周りにいた大根達が一斉に魔物に跳びかかった。
さすがに全てを迎撃する事はできず、まとわりつかれてその動きが鈍る。
怒り狂ったアセトアルデヒドは、妖気を全身から爆発的に放出して大根達を弾き飛ばした。
その瞬間、唐巣の身体に霊力が流れ込んできた。大技を使った為、アセトアルデヒドの身体は硬直している。
倒すには今しかない。
「汝の呪われた魂に救いあれ!!アーメン!!!」
エネルギーの奔流が魔物を直撃し、爆風が巻き起こる。
『サッケェエエエーーーッ!!!』
断末魔の叫びを残してアセトアルデヒドは消滅した。
魔物を倒した所為か、急速に酔いが消えるのを感じながら唐巣は辺りを見回す。
動いている野菜は一体もいない。致命傷を受けた者も受けていない者も、全てただの野菜に戻っていた。
そこへ、帰って来たピートが惨憺たる有り様を見て声を上げた。
「先生!!一体何があったんですか!?」
唐巣は経緯を説明し、二人で野菜達を菜園に埋めた。土より生まれしものは土に還す、という訳である。
男は礼拝室の長椅子に横にさせておいたが、暫くして目を覚ました。
魔物に取り憑かれていた事を憶えていないので、「教会の前で酔って眠っていた所を介抱した」とだけ告げた。
男は恐縮して頭を下げ、去っていった。
唐巣とピートは家庭菜園の前に立っていた。
もともと野菜達の霊力は尽きかけていた。
その為ゴーレムとして正常に作動できず、アセトアルデヒドの妖気に対して反射的に攻撃したのだろう。
最後の瞬間流れ込んできた霊力は彼らの物だった。残り少ない霊力を失い元に戻ってしまったという訳だ。
しかし、唐巣を守ろうとした事と霊力の提供は、自発的に行ったとしか思えない。
彼らが命令に忠実な人形に過ぎない事は分かっているが、ツクモガミという例もある。
半年に満たない共同生活の中で、自我が目覚めつつあったのだろうか。
そこまで考えて唐巣は苦笑した。
あれこれ推測した所でどうしようもない。分かるのは、彼らが身を呈して助けてくれたという事実だけだ。
ならば自分にできるのは、彼らに感謝しその冥福を祈る事だろう。
ピートと共に祈りを捧げると、唐巣は感傷を振り払うように言った。
「すっかり遅くなったが、夕食にしようか」
「はい、先生!」
師匠の心情を察したか、ピートも努めて明るい声で答える。
月明かりの下、二人は教会に戻って行った。
了
今までの
コメント:
- あとがき
初めまして、dryといいます。
一年ほど前からROMしていましたが、今回初めて投稿させていただきました。
拙い文ではありますが、読んでいただければ幸いです。 (dry)
- はじめまして、dryさん、楽しく読ませていただきました。
野菜が主役(?)のお話、初めて見ましたよ♪
『ダダダイコーーン!!』・・・このセリフ好きです。(笑)
アセトアルデヒドに立ち向かう野菜たちがけなげに思えました。野菜にも自我はあるのでしょうね。
それにしても野菜たちは、ことあるごとに横島に突撃するようですね。
横島は妖怪や霊だけでなく、野菜にも好かれる性質なのでしょうか?
さすがの横島も彼らは食べれませんよね。(笑) 次回作も楽しみにしてます♪ (ヴァージニア)
- dryさん、はじめまして。空の助(くうのすけ)と申します。今後よろしくお願いします。
えっと、野菜話ですか。こういうドタバタものって、私好きですよ。
あと、後半の神父を守った野菜たちがけなげでよかったです。
初投稿、お疲れ様でした。 (空の助)
- え〜と夕食にはやっぱり野菜がでるのでしょうか(爆) (通りすがり)
- 感動です・・・(笑)
野菜達の神父に対する忠誠心、そして信頼関係とその結末。
涙なくしては語れません(大笑)
もしかしてピートより使えるんじゃと思ってしまったり・・・
ところで・・・命を吹き込まれて数ヶ月・・・
腐らないのかな?w (ユタ)
- はじめましてdryさん。かぜあめと申します。これからよろしくお願いします〜
ひさしぶりに暴走する野菜が見れて楽しかったです。
しかも最後はどこかせつないステキな小説でした〜
dryさんがこれからどんな小説を書いてくださるのか・・。
いまから楽しみです〜投稿お疲れ様でした〜 (かぜあめ)
- はじめまして、dryさん。
唐巣神父と野菜のエピソード、特に最後の神父の心情の描写がうまく描かれているように思いました。
>野菜達を菜園に埋めた。土より生まれしものは土に還す
私自身は、夕食に砕け散った野菜を食べて土に還してしまう(下品かしら?失礼)ような気がします。それとも一度心を交わしたかもしれない野菜は、食べないで土に還すのが唐巣神父の行動になるのかなと逡巡してしまいました。 (アフロマシーン改)
- はじめまして。
初投稿ということですが、とてもそうとは思えないくらいの良作だったと思いますよ(^^
一見奇妙で不気味な野菜たちですが、実はかわいらしくて、一生懸命な素敵な野菜たちなんですね。
最後の場面では、思わずほろりとなってしまいました。
ほとんど見かけることのない題材でここまでの作品に仕上げるとは、お見事としか言いようが無いです。
やはり、一年間のROMで他の方の作品をよく読んでいた成果でしょうか?
タイプ的には「矢塚」さんに近い感じを受けました。
これからも是非がんばってください(^^ (マリクラ)
- 拙文を読み、コメントを下さった皆さん、本当にありがとうございます。
>ヴァージニアさんへ
改めて初めまして。楽しんでいただけて幸いです。
実は煩悩の部屋にも野菜を扱った作品がありまして、そちらを参考にしました。
自我の有無ついて作中では曖昧にしましたが、そこに心の存在を見てしまうのが人情なのでしょう。
ちなみに原作でのトマトの台詞、愛の告白にしか聞こえません(笑)。
>空の助さんへ
初めまして。こちらこそ宜しくお願いします。
本当はもっとドタバタさせたかったのですが、冗長になる為かなり削りました。
野菜達に魂を感じていただけたなら、きっと彼らも報われる事でしょう。 (dry)
- >通りすがりさんへ
でます(爆)。割愛しましたが、作中に出てきていない種類の野菜を購入して食べています。
>ユタさんへ
ああっ、シリアスを目指したのに何故か笑い声が聞こえる(笑)。
正直な話、野菜相手では真面目なシーンもコメディになってしまいますね。自分でも絵的にどうかなと思ったりして。
…件の魔法には鮮度保持の効果もあったという事でご容赦を。(^^;
>かぜあめさんへ
初めまして。こちらこそ宜しくお願いします。
せつないステキとまで言ってくださるとは、投稿した甲斐がありました。
今後の執筆予定はネタの神様次第ですね。神様、私に天啓を(笑)。 (dry)
- >アフロマシーン改さんへ
初めまして。
初期設定では、唐巣神父は野菜達についてもっと突き放した捉え方をしていましたが、こちらの方が良かったようですね。
収穫した野菜(に限らず肉や魚でも)は、食し己の命の糧とする事で供養とする考えもありますが、さすがに人格を認めてしまうと食べる気になれなかったのでは。
>マリクラさんへ
初めまして。
臆病者の私は一週間推敲しました(笑)。
最後の場面には力を入れましたので、ほろりとしていただけて良かったです。
ちなみに野菜を題材にしたのは、手元にワイド版しかなかったからです(ノД`)。
密かに矢塚さんを目指していたのはここだけの話。 (dry)
- はじめまして、こんにちは。
状況が分りやすい説明をくどくない程度に入れられている為か、大変読みやすく仕上がっておられました(^^
人の都合で与えられたかりそめの命であろうとも、野菜たちには確かに心が存在していたのかも知れませんね。
ギャグ落ちで終わってしまった原作の回を、ちょっと切なくほろりとするお話に仕上げられた手腕に脱帽です。投稿お疲れ様でした。 (矢塚)
- まるで、DQ7のロッキーな奴等だな。
えらいぞ。
未来は野菜の王国になることを
祈ってる。
(ちと、怖いが・・。) (トンプソン)
- >矢塚さんへ
こちらこそ初めまして。
説明文が多いのは、野菜と悪魔が相手では会話が成立しなかったからです(笑)。
どうやら私は、ギャグ落ちの後始末(?)を考えるのが好きなようですね。
>トンプソンさんへ
初めまして。古参の方からコメントを頂き緊張しております(笑)。
唐巣和宏:GS協会会長、そして世界唯一の野菜使いとして名を残す。
…何かヤだなぁ。(^^; (dry)
- どーもはじめまして!!
・・・・っていうかコメントが遅れてごめんなさい。dryさん。
ほのぼのしつつも
野菜たちとピートや神父の友情(なんかアレな表現ですね(^^;)が
とってもイイです!!
はじめてのSSでこんなにも上手いなんて・・・・(羨望のまなざし) (ハルカ)
- >ハルカさんへ
初めまして。コメントしてくださるだけで十分嬉しいです(TT)。
初投稿という事を差し引いても、これだけ評価していただけるとは思っていませんでした。
過去ログの海を泳ぎきったのは無駄ではなかったようですね。
『ルシ混♪』に登場したばかりのアセトアルデヒド(長い)を使う事に躊躇したのは秘密です(笑)。 (dry)
- ひっそりこっそりとはじめまして。ふちこまと申します。
原作できれいにギャグオチしたお話を、見事に切なくも温かく再利用したお話でしたね。
神父やピートたちの野菜たちに対する態度、そして神父を助けるための野菜たちの行動からは彼らの『人格(菜格?)』を感じずにはいられず、『ゴーレム』や『霊力ぎれ』などの一見して彼らの魂の存在を否定するかのような説得力ある解説すらも、むしろ対照的に彼らの意思を強く際立たせるように感じました。
全体的にコミカルで読みやすい中に、しっかりと一本テーマが通っていて読み応えもありました。
掛け値なしに面白かったです。
ログを一年間読み通しなさったことにも、最大限の畏敬と感謝を……(感涙) (斑駒)
- >斑駒さんへ
こちらこそ初めまして。
テーマは「被造物の擬似的な命に真の心は宿るのか」と「偽りの心に人はどう接するべきか」です(大仰)。
力量不足の為、十分描く事ができませんでしたが。
ROM一年発言については、書き込みを決心するまでに、小心者の私は一年かかっただけだったりして(笑)。 (dry)
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