ザ・グレート・展開予測ショー

スペシャル・デイ


投稿者名:矢塚
投稿日時:(03/ 6/ 6)


 力強いエンジン音を響かせて、シェルビー・コブラ427が首都高速を疾走する。
 助手席に座る少女はこの車独自の開放感が好きで、いつも顔には楽しげな表情を浮かべて仕事の行き帰りを楽しんでいた。
 しかし、今日この日だけはいつもと違い、面白くもなさそうなぶっちょう面を浮かべ、艶やかな亜麻色の髪を風にまかれるままにしていた。
 今日は少女にとって特別な日であり、ここ数年は一年に一度あるこの日が来るのが嫌で嫌で仕方なく、毎年、数週間前から気分が沈む。
 この時期になるとカレンダーを見るのも嫌だし、その話題に触れられるのも嫌で、ただ静かに自分の気分が悪くならないように一日が過ぎるのを待つのが通例だった。
 自分でも何故この日にこんなにも気分が沈むのか原因は良く分っていたが、それを解決できるほどに彼女は大人ではなかったし、素直でもなかった。
 しかし、今年は仕事が入ったおかげで気分を紛らわせることが出来そうで、それが少女の唯一の慰めになりそうだった。
「美神君、そろそろ現場に着くよ。準備はいいかい?」
 心ここにあらずといった感で車外に目を向けていた少女、美神令子に対し、ステアリングを握っていた彼女の師匠が気遣わしげに声をかけた。
「――え、ええ。分ってます、唐巣先生」
 普段の彼女からすれば生返事に聞こえなくもない声に、運転席の唐巣はさらに何か言おうとするが、思いとどまったように口をつぐむ。
 何を悩んでいるかなど師匠である唐巣には良く分っていたが、その理由が理由であるだけに唐巣にはどうすることも出来なかった。
 これは彼女の気持ちの問題なのだから。
 だからこそ、わざわざこの特別な日を選んで仕事を入れたのだ。少しでも気分がまぎれる様にと。それが今の唐巣に出来る、弟子への最大の思いやりだった。

 今回受けた仕事の内容はいたって簡単で、ビルに居座った三体の悪霊を祓うというもの。もちろん、業界トップレベルの唐巣にとってはさして困難なレベルの除霊ではないが、見習いのスイーパーにとっては命にかかわる真剣勝負だった。
 しかし、美神令子は他の同世代の見習いスイーパーとは違っていた。彼女の実力はすでに第一線級であり、この程度の悪霊どもでは話にならないレベルにあった。
 令子は意外に簡単な仕事に少々がっかりしながらも、一人、神通棍を構えて果敢に悪霊どもに立ち向かっていく。
 その彼女の戦いぶりを見て、唐巣はため息をついた。
 今日の彼女からはいつもの軽やかさ、余裕が見受けられない。ただただ粗野で、荒削りで、がむしゃらなだけ。
 ここまでみっともなく戦う令子は、久しぶりに見た。
 まるで、彼女の中のいらつきや不満が具現化したものこそが目の前の悪霊であり、それを倒すことで心の平穏が得られると言わんばかりに、その力を振るっているようにしか見えなかった。
 そんな唐巣の思いなどをよそに、程なくして除霊は完了した。
 唐巣は、この程度でせいせいと息を切らす弟子の普段らしからぬ状態を不憫に思いつつも、務めて明るく言う。
「おめでとう、美神君!」
 唐巣の祝福の言葉に令子が過敏に反応し、彼女の目に暗い影が落ちた。
 その令子の気持ちを覆いかぶせるように言葉を続ける唐巣。
「今の除霊で通算100勝目! これで晴れて君も正式なGSだよ。今日から君はGS美神令子だ。本当におめでとう!」
 おどけたようでいて、本心から喜んでくれている師匠の姿に令子は呆然としてしまう。
 そういえばそうだった。ここ数週間、意識が今日という日にとらわれていて、こんな大事なことを忘れてしまっていた。
 自分が自分として独立する為の、スタートラインでもある正式なライセンスの取得。
 それが、今ここで叶ったのだ。
 十代最後の、19回目の誕生日という今日この日に。
「私から君への誕生日プレゼントも兼ねてはいるのだけれど、気に入ってもらえたかな?」 
 彼女の誕生日に対する想いを全て分った上で、唐巣はやさしく言った。
 令子はその師匠の気遣いに心から感謝し、些細なことで毎年うじうじしている自分を情けなくも思う。
 そして、師匠を真似るように明るく言った。
「ええ、とっても! この日が来るのを待ちに待っていたんだもの。さーて、独立したからには稼いで、稼いで、稼ぎまくるわ!」
 令子は唐巣をこれ以上心配させまいと、幾分の演技を交えて大きく笑った。
 半分はわざと笑っているとはいえ、その笑顔は母が死んで以来、いく度も重ねた誕生日の中で初めてといって良いほど明るかった。
 今は父の特異性について十分に理解してはいたが、幼い頃の令子の希望は父親と誕生日を過ごすことだった。
 毎年毎年、その日になると父からのプレゼントが手紙と共に令子に届いた。
 クマのぬいぐるみ、洋服、モガちゃん人形、アクセサリー、エトセトラエトセトラ……。
 どれもセンスが良い品ばかりだったが、ちっとも嬉しくは無かった。プレゼントより父の顔を見たかったからだ。
 しかし、その願いが叶ったことなど一度も無い。
 そしていつしか、父親はいないものだと思い込もうとする自分がいた。
 母の死以来、誕生日はいつも一人。
 誕生日が楽しかったことなど一度も無かった。
 でも、今日の誕生日は陰鬱な気分が完全に晴れたわけではないが、それでも嬉しく感じる。
 これで、誰に縛られることも無く、自立して生きていけると。
 そんな思いに令子がとらわれながら、帰宅の為助手席に座ると唐巣がコブラを走らせる。
 しばらくしてから、唐巣が令子にダッシュボードの中を見るように言った。
 中からは令子宛に一通の手紙。
 見覚えのある筆跡と差出人の名に、先ほどまでの気分が吹き飛び嫌悪感がふつふつと沸いてくる。
 唐巣は何を言うとも無くステアリングを転がしている。
 師匠の無言の圧力に屈し、しぶしぶと手紙を開き読み下す。
 唐巣が正面を向いたまま神経を隣に座る令子に向けていると、突如、紙を破く音が耳に入った。
 ぎょっとして、ちらりと見やれば手紙を細かく引き裂いている令子の姿。
 その姿と形相に、唐巣は何も言えず、不器用な少女に対する不憫だけが胸を焦がす。
 手紙を引き裂くことに令子の心はちくりと痛み、その胸の痛みがあることに今度は苛ついた。
 そして次の瞬間には、即席の紙吹雪を盛大にばらまきながら令子は思った。
 強く、強くなりたい。
 誰にも心が煩わされる事が無いくらいに、強い女になりたいと。
 二人が乗った車の走り去った後には、今の彼女の心を模したように歪な形に作られた雪が、散り散りに舞い踊っていた。 

 美神令子は、19回目の誕生日の余禄として師匠から徴収したコブラの助手席に収まっていた。運転の方は久しぶりに前オーナーに任せている。師匠が運転するこの車の助手席に乗るのは久しぶりで、修行時代をつい思い出してしまう。
 ライセンスを取得した日からまだ数年しか経っていないが、あの頃がなんとなく懐かしい。
 亜麻色の髪が風に吹かれて舞う彼女は、とても穏やかでやさしい笑顔を浮かべていた。
 鼻歌を歌いながら今の状況を楽しんでいる唐巣に、懐かしそうに令子が言った。
「ねえ先生。あのときの手紙のこと覚えてる? ライセンスを取得した誕生日に、親父から届いていた手紙のこと」
「ああ、忘れてはいないよ」
 表情はそのままに、声だけが真剣味を帯びる唐巣。
 それを特に気にかけるでもなく令子は続けた。
「今じゃもう、あのときの手紙に何が書いてあったかは、ほとんど忘れちゃったけど、でも、最後にあった一文だけは鮮明に覚えてる……」
 令子の言葉に頷くだけの唐巣。今の彼女に返事など要らないことは良く分っている。
 今の令子の言葉は、唐巣ではなく自分自身に向けられているからだ。
 悩みながらも出した答えの一つを、わざと口にすることで自分の心に刻み込む為の独白。
「最後の一文はいつも、『誕生日、おめでとう。心から愛する私の娘へ』だったわ……」
 言う令子の顔は、少しだけ照れくさそうだった。
 唐巣は無言のままで慈愛に満ちた光をその目に浮かべ、隣に座る弟子をちらりとのぞく。
 彼女の少しはにかんだ横顔を見ると、今ようやく美智恵と公彦と自分の若かりし日の思い出話が一区切りついたような気もした。
 そして、そんな二人を乗せたコブラが空港の滑走路に颯爽と現れ、今まさに飛び発たんとしているジャンボジェットの行く手を阻んだのだった。
 令子が助手席から、その身をあらん限り伸ばしてジャンボジェットに向かって大声で叫んだ。
 搭乗している、ただ一人の男性に向けて。
「オヤジー!! 聞こえるー!?」
 そして、先ほどとはうって変わり、素直で照れた笑いを浮かべた小さな声で続けた。
「……今度遊びに行くわ! じゃね!」
 言い終えると、そそくさと助手席にもぐり込む。
 彼女の父親にその小さな声が届いていたのかは分らないが、娘の姿を見つけた彼の目と口もとには、限りない慈しみが浮かんでいた。
 それまで一方通行だった心の絆が今初めて、細いながらも双方で結ばれたのを唐巣は感じ、そして、少しだけ意地悪く言った。
「……それだけかい?」
「……ま、とりあえずはね!」
 唐巣に答えながら、令子は確信していた。
 きっと次の誕生日には、あの手紙の最後の一文を、父の口から直接聞くことが出来るだろうと。
「じゃ、ずらかろう!!」
 唐巣が了解し、アクセル全開でその場を離脱する。後ろからは何台ものパトカーが追跡してきていた。
 久々にめちゃくちゃな事を平気でしてのけた二人は、追跡を振り切りながら互いに顔を見合わせて、クスクスと笑いあった。
 唐巣がとんでもないスピードを上げて走らせるコブラに身を任せ、爽快な風にまかれている令子は後から後からこみ上げてくる感情を抑えることなく、いつまでも楽しそうに笑っていたのだった。


                           fin


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