ザ・グレート・展開予測ショー

三度寝の日


投稿者名:Kita.Q
投稿日時:(03/ 6/ 6)

 目を開けた。ぼやけた視界に、すすけた天井が映った。
 横島は寝転んだ姿勢のまま手を伸ばして目覚まし時計をつかみ、時刻を確認した。

 11時半。

 昨夜の仕事が終わったのは、午前3時・・・のちょっと前だった。アパートに帰って寝て、目が覚めたのは9時半。もう学校には間に合わないと思い、つい二度寝してしまったのである。
 
 横島は顔をしかめた。二度寝したせいか、頭が痛い。それに窓を閉め切っているから、部屋の中が蒸し暑かった。寒いのもイヤだが、暑いのはもっとイヤだ。横島は頭を押さえながら立ち上がり、窓を全て開け放った。カーテンを閉め、また元の万年床に寝転がる。

 少しだが、部屋の中に風が吹き込んでくる。熱を含んだ・淀んだ空気が入れ替わるのを実感した。これで頭が痛くなければいいんだが、と横島は思った。
 
 無理にでも起きて飯を食って頭痛薬を飲むか、もういちど眠って頭痛が取れるのを待つか。天井を見上げながら、横島はしばらく考えた。

 

 ・・・結局、もういちど寝ることにした。



 寝転がった姿勢のまま、横島は昨夜の仕事のことを思い返していた。



 とあるビルの屋上に、自殺者の霊が出現する。放っておくと入居者も減るし、ビルの価値自体が下がってしまうので除霊してほしい。こういう依頼だった。
 その霊は、すでに悪霊と化していたが、それほど難しい仕事ではなかった。おキヌがネクロマンサーの笛で悪霊の動きをにぶらせ、シロとタマモが悪霊を押さえ込み、令子がトドメを刺す。それで終わりだった。
 
 彼女たちが奮闘しているとき、横島は何をしていたか?
 
 見ていただけである。

 最初の頃は、横島を柱に縛りつけてオトリにして悪霊をおびきよせる・・・などといった非常識なこともやっていたが、最近はそういったことはなくなっていた。人手(シロとタマモ)が増えたおかげである。よほどのことがない限り、文珠も使わずに済む。
 
 最近の横島の役職は、ただの荷物持ちである。そういった最近の横島に、周囲の人間も、なんの疑問も持たないようである。横島自身も、文句も言わずに、荷物をしょって歩いてまわっている。
 これでいいのだ・・・と横島は思う。スタンドプレーは飽きた。

 

 横島は、フンと鼻を鳴らした。



 目を閉じて、昨夜の情景を脳裏に思い浮かべてみた。おキヌの笛の音が力強く響き、暴れる悪霊の力を奪う。シロとタマモが協力して悪霊に霊波を浴びせ、その動きを完全に押さえつける。令子は自信に満ちた笑みを浮かべ、鞭状になった神通棍をふるう。お決まりのセリフをかまし、悪霊にトドメを刺す・・・・・・。
 


 その様子を眺めていた横島の口から、「あっ」という声が漏れた。どういうわけか、悪霊は浴びせられる霊波をはねのけ、すこし離れたところに立っている横島めがけて突っ込んできたのである。
 
 そこから先は、全てがスローモーションのように動いていた。

 シロの顔がゆがんだ。おキヌとタマモの顔から血の気が引いたのが、遠目からでもハッキリと見ることができる。令子の口から悲鳴のような声が飛んだ。しかし、横島には聞き取れない。
 横島は、(自分の感覚では)ゆっくりと“栄光の手”を出現させた。刀状に変化させ、その剣先を頭上に舞わせる。
 屋上から見える夜景。向こう側の三人。それらは、その瞬間を撮影した写真のように見えた。横島と悪霊も、その写真の一風景でなければならないのに、彼らだけが動くことを許されている。そんな感じだった。
 迫りくる悪霊を見ながら、横島は奇妙な感覚に襲われていた。いや、表現がすこし違う。

 (その瞬間、すべてがクリアになった)

 悪霊の面を真正面から斬る、そのタイミングを完全に掴むことができたのである。

 横島の前の、「そのポイント」に悪霊の頭が入った瞬間、剣先をさらに伸ばし、次に腰を沈め、同時に剣先を振り下ろす。
 そして、静かに息を吐いた。・・・・・・・・・




 「せん、せぇ・・・・・・・・・」
 細い声が、横島の耳を撃った。視線を右に向ける。シロが窓枠の上に乗った姿勢のまま、息をのんで横島を見つめていた。
 「・・・・・・シロか」
 視線を元に戻す。先ほど横島が剣をふるった空間には、・・・何もなかった。横島は自分の部屋の中で、虚空に向かって霊波刀をふりおろしたのである。横島は表情を和らげた。それを見て、ようやくシロもホッとした。
 
 頭痛は、ウソのように消えていた。




 出勤の前に、横島は軽い食事を摂った。パンを焼き、コーヒーを入れる。コーヒーは、シロの分も入れてやった。彼女はマグカップを受け取ると、冷蔵庫を開けてパック牛乳を取り出し、中身をカップに注いだ。縁いっぱいまで注ぐとスプーンで慎重にかき混ぜ、「ずずーっ」とすすった。
 「シロ、お前なぁ。下品だぞ」
 「だって拙者は、ブラックは嫌いでござるから。それより・・・」
 シロは一息つくと、横島に視線を当てた。こころなしか、いつもより熱っぽい視線だった。
 「先ほどの太刀筋、見事でござった」
 「・・・そうかねぇ」
 「昨晩の太刀筋と同じ、・・・さすがは先生でござる」
 「え、昨晩?」
 横島は不思議そうな声で答えた。そして、
 「ああ・・・そうか・・・」
 (そうだ。確かに俺は昨夜、悪霊を斬った)
 夢うつつのうちに、昨夜のあの瞬間を、自分で再現していたのだな・・・と横島は悟ったのである。
 「・・・さすがは先生でござる」
 顔を赤らめ、シロはもういちど呟いた。




 時刻は、午後の3時をまわっている。
 

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa