僕は君だけを傷つけない!/(2)
投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 6/ 4)
美味しい食事はありがたいものだ。
楽しく食事が出来れば嬉しくもある。
レストラン『魔鈴』に来る前には、理由はわからないが美神とタマモに殴られ燃やされた。
―――――せめて食事時には仲良くやろう。
そう思って食卓に着いていたはずなのに、何故か横島は窮地に立っていた。
「いやー、う、うまいっスねー、この肉!」
「そ、そうですね・・・・・・」
「あんたが食べたことないだけでしょ」
「・・・・・・」
おキヌのちょっぴり恨めしげな相槌、美神のつっけんどんな言い草、タマモの冷然たる無視は横島の食欲を大いに減退させた。
場を和ませようとする横島の試みは、あっさりと打ち砕かれた。
美神、おキヌ、タマモを改めて見やる。
三人の前に置かれたメインディッシュは空になっていたが、三人とも同じグラスを傾け、同じ目線で同じ方向を睨みつけている。
その先には、血の気の引いた表情の横島が固まっているのだが、そんな視線をものともしない人物たちもいた。
横島の両隣にその者たちは着座していた。
両人とも喜色満面で、美神、おキヌ、タマモから発せられる気迫など何処吹く風の体である。
そんな二人が同時に行なった動作は、手にしたフォークでメインの鴨肉を刺して横島の口元に持っていく、というものだった。
気のせいか、美神たちの視線がより険しくなったように思う横島である。理由は相変わらずわからぬままに。
「はい、あ〜んでござるよ、先生♪」
「あ〜んするでちゅよ、ヨコシマ♪」
涙に暮れ、精神的疲労は蓄積される。
だが、普段食べられない肉の美味さは裏切れない。
悲しい男・横島であった。
「ううう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、やっぱ美味いな、コレ♪」
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僕は君だけを傷つけない!/その2
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「うふふっ、横島さんってばモテてますねぇ♪」
「・・・・・・めぐみさぁん、こーゆーのモテてるって言うんスか?」
「ええ、もちろん!」
満面の笑顔で頷く魔鈴に対し、机に突っ伏し、疲労困憊の横島である。
空いた皿を下げに来た魔鈴は、横島とパピリオ、シロのじゃれあいを楽しんで見つめていた。
さながら幼い妹二人と兄のようだ。
横島としても決して不快なわけはない。
だが、今、気になるのは、美神たち三人の方であった。自分の疲労の理由はこちらが原因と言える。
ため息を漏らしていた横島がふと気付くと、魔鈴が紅茶とデザートを持ってきたところであった。
ブルーベリー・ジャムとクリームを添えたアップフェル・トルテ(林檎のタルト)と紅茶であった。
大喜びのパピリオとシロは、手渡されると大口を空けて急いで放り込み始めた。
口の周りにはブルーベリーとクリームが引っ付き、不細工な口紅もどきだ。
5分と経たぬ間に一人分のトルテを平らげてしまう。ミルク・ティーもまったく残っていない。
「はふ〜、しあわせでござるぅ♪」
「ふにゅ〜、満足でちゅ♪」
「あのなー、お前ら・・・・・・」
横島は、呆れつつ自分のナプキンを取る。
そのままパピリオ、次いでシロの口辺りを拭い始めた。
「うぅ、ヨコシマぁ〜、もっと丁寧に拭くでちゅよぉ」
「へーへー・・・・・・って、こら、動くな、パピリオ。そんなに慌てて食うからだぞ」
「せ、せんせぇ・・・・・・あ、あの・・・・・・」
「お前もだぞ、シロ。落ち着いて食えっておキヌちゃんにも言われたろ?」
文句をいいつつ世話をする横島を魔鈴は好ましげに眺めていた。
食後酒を運んできたのだが、思いがけない光景が見られて気分が良い。
一方、機嫌の悪い人たちも存在しており、魔鈴は内心楽しんでいる自分を否定しない。
忍び笑いをしつつ、テーブルの片付けをし、食後酒のグラス類を並べ始めた。
無論、未成年にはノンアルコールが用意されたが。
「私の特製カクテルです。薬草を煎じてありますから、さっぱりしていて消化にもいいんですよ」
一礼して厨房へと戻る魔鈴。
美神には金色をしたシャンパンにも似た飲み物。
おキヌ、シロ、パピリオ、タマモの4人には、透き通った青色のカクテル。
そして横島には、濃紫色をした葡萄ジュースらしきものが、カラフェと呼ばれるガラスの容器に満たされている。
グラスに1杯半ほどの分量で、よく冷えているようだ。
皆がほとんど一気に飲み干すなか、横島はジュースの3分の1ほどを残し、余韻を楽しんでいた。
「いや、なかなか。葡萄の味がなんとも・・・・・・」
ジュースの中できらきら光るのは薬草かなんかだろうか。
不思議と視覚的に違和感がなく、味覚的にも爽やかさを助長している。
胃の辺りの不快感や、胸苦しさもすっと抜けていくかのようだ。
横島は幸福であった。
皆、満腹らしく、椅子にもたれかかり満足の吐息を漏らしていた。
パピリオとシロは笑顔満面でお腹をさすっている。よほど満足したのだろう。
GSとして魔鈴を一方的に商売敵と見なしている美神であるが、彼女の料理の腕は確かなものとして認めている。
ただ、時折横島と親しげに会話することが気に食わない。
丁稚の癖に商売敵と馴れ合うなと怒鳴りつけたい所だが、自分の狭量さを示すようでいやだ。
おキヌは魔鈴を良いお手本として、より一層の料理修行に励もうと決意する。
ただ、食べてくれるある特定の人が、どうにも超のつく鈍感であることがため息を深くする。
積極的になりたいところだが、受け入れてもらえるかどうかを悩むあまり、どうしてもその一歩が踏み出せない。
タマモは確かに満足していた。
ただ、目の前の大馬鹿男の存在が、どうにも食事のよさを妨げていたのも否めない。
横島の良さもだが、周りの女性陣がなぜ彼に好意を示すのか、その理由がどうしてもわからない。
それ以前に、なぜ自分がこうも腹ただしくならねばならないのか。
横島に自分の服装をどう思われるかなど、些細なこと以前にどうでもいいことのはずである。
なにやら腹ただしさが増してきたタマモは、不意にのどの渇きを覚え、何か飲みたくなった。
水よりも何か実のあるものがいい。
「ヨコシマ、これ貰うわよ」
返答を待たずに横からカラフェを奪い取るタマモである。
「あっ、タマモ! お前なぁ・・・・・・」
「いいじゃない、このくらい。なんか文句あるの?」
「わーったわーった、全部やるよ」
少しも機嫌が直っていないタマモの声音に、横島は両手を上げて降参の身振りを示した。
なんだかわからないが、今日は触らぬ神に――ではないが、これ以上刺激しないに限る。そう横島は判断した。
タマモは手近のグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「あ、おいしい。なにこれ?」
「葡萄ジュースだろ?」
残りの数滴を眺めやるタマモ。
一息ついた跡、美神が帰宅を促した。
「んじゃ、そろそろ帰るわよ。魔鈴、会計よろしくー!」
「はーい!」
にこやかな笑顔でレジへと向かう魔鈴。
閉店時間間近なので、ちょうどいい頃合である。
「ごちそうさまでしたー!」
「魔鈴さん、ごっそさんでした。あ、あと、服と怪我まで治してもらっちゃって、お礼の仕様も・・・・・・」
「いえいえ、お礼なんて。また来てくださいね♪」
「はい! そりゃーもう、是が非でもっ! 魔鈴さんのご要望とあらばこの横島忠夫、貴女のご自宅であろうと即日お伺いをっ!」
「どこぞの宅急便か、おのれはっ!」
きりもみ気味のアッパーを喰らい、抜群のタイミングでタマモが開け放った扉の向こうへと、瞬時に消えていく横島であった。
軽く目を見張る魔鈴と、溜息をつく事務所一同である。
「うかつなこと言わない方がいいわよ。あのバカ、すぐ調子に乗るんだから!」
「はい、以後気を付けますわ」
青筋立てて怒る美神に対し、魔鈴は悪戯っぽい微笑を返してきた。
その反応を訝しく思う美神だったが、そのまま踵を返すと店を出て行った。
「ありがとうございましたー!」
皆を見送った魔鈴は、店の札を閉店へと返し、店内へと戻った。
ドアへと背を預け、一同の顔を思い出す。
すると、次第に魔鈴は次第に含み笑いを浮かべ始めた。
床からは黒猫が訝しげに魔鈴を見やっている。
「横島さんにうまく効いてくれるといいけど・・・・・・・・・・・・うふふふっ♪」
その笑顔はどう見ても魔女と言うより、悪戯っ気のある女学生を思わせるものだった。
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「あー、おいしかったでちゅー」
「拙者も満足でござるよ」
「そっか、よかったな」
右手にシロ、左手にパピリオがしがみついたままで事務所へと向かう横島たちであった。
先程の美神のアッパー・カットによるダメージは欠片も無い様である。
横島の後ろでは、相変わらず仏頂面の美神たちが歩いている。
「でも、今日はオレもすごく楽しかったよ」
パピリオとシロはおや、と首を捻った。
心なしか、横島の態度がいつもよりも柔らかく感じるのだ。
でも、まあそれはいいことだ、と思い直して、握る手に力を込める。
「何が楽しかったでござるか、先生?」
「そうだなぁ、パピリオやシロとの食事はもちろんだけど・・・・・・」
歩きながら美神は思った。自分は何をやってるんだろう、と。
「やっぱり・・・・・・」
おキヌは思った。やっぱり気が付いてくれないんだな、と。
「美神さんと、おキヌちゃんと、タマモが・・・・・・」
タマモは思った。我ながらくだらないなぁ、と。
「すっげぇ・・・・・・キレイだったことかな?」
――――――彼女たちの時間が止まった。
「その3に、続くっ! でちゅよ♪」
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