ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 調味編 後


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/ 6/ 2)

「ドクター・カオス! マリア・帰館しました!」
 月明かりに照らされ、今にも崩れそうな姿を晒すボロアパート。
 その一室のドアを、破壊しないように注意しながらそっと開くマリア。
「遅かったではないか。もう腹ペコ……む? 誰ぞ連れて来たのか?」
 部屋の中からは、マリアの帰りを首を長くして待っていたカオスの言葉。
 もう何百年と繰り返されて来たであろうそのやりとりに、今日は少し特殊さが混じる。
「よう、おっさん。邪魔するぞ」
 玄関で立ち止まったマリアの脇から、ひょいと顔を出す人物が居たのだ。
「……なんじゃ。美神令子んとこの小僧ではないか。わしに何か用か?」
「いや。なんかマリアが道でぶつかったお詫びに夕飯おごってくれるってゆーから……」
 小僧と呼ばれた人物……横島は、後ろ頭を掻きながら説明する。
「ぶつかった詫びごときで夕飯じゃと? ったく。食うにも困るほどの貧乏人めが」
「あんたに言われたくねーなっ!」
「よろしいですか? ドクター・カオス」
 淡々と料理の準備をしながら、マリアがカオスに伺いを立てる。
「知れたことを。おまえがそうしたいなら、わしは一向に構わん。それよりも一刻も早くメシが食いたいのじゃが……」
「イエス! ドクター・カオス! 急いで・作ります!」
 カオスの指示を受けて、マリアはさっそく下ごしらえにとりかかった。
 狭い台所の中で無駄なく高速に動き回り、作業を進めて行く。
「小僧、まあ座れ」
「くそぅっ、給料日前じゃなきゃ、こんなジジイやロボットしかいない家で夕飯なんか……」
 カオスを無視して、かなり身勝手に自らの境遇を嘆く横島。
「キサマがイヤなら、帰ってくれて構わんぞ」
「あ、いえ。ご馳走になります。ココ座っていいスか?」
 何食わぬ顔で連れない事を言うカオスに対し、横島はコロッと態度を変えて卓の反対側に座る。
 部屋続きの台所でマリアが人間離れした素早さで料理するのが目に入る。
「ふんっ。マリアがどうしておまえのような奴にメシを食わす気になったのか分からぬわい!」
「あれ? そーいや、なんで俺のアパートの近くでマリアにぶつかったんだろ。この近くにも商店街はあるよな?」
 二人の頭をふっとよぎる疑問。
 しかし、それも長続きしなかった。
「まあ、そんなことよりも。小僧! 創作者のわしが言うのもナンじゃが、マリアの作った料理はうまいぞ! なにせ、蓄積して来たデータ量が違う!」
「ああ、はいはい。ジジイのノロケ話にゃ興味無いって。こちとら腹が減ってんだから」
 カオスは手前味噌な自慢話を声高に豪語し、横島は卓につっぷしたまま料理するマリアの方を眺めている。
 どうやらマリアは食材を焼きにかかっているらしい、台所からジュウっという音が響き、香ばしい臭いが漂ってくる。
 フライパンを握るマリアの顔は、真剣そのものだ。
「いちいちうるさいヤツじゃな。間違い無くキサマが今まで食ったことが無いような美味じゃぞ」
「どーせ俺は普段からロクなもの食ってないよ。でも、食材に使える金はこっちも大して変わらねーだろ!?」
「食材!? ……ンなモンに使う金があったら、家賃に回すわい。調味料すらタダで手に入れた物で事足りる!」
 カオスはグッと拳を握り締めて、本来恥ずべきである家計の内情を誇らしげに力説した。
「は? まじで……? 一ヶ月、食費、0円……!?」
 横島はつっこみも忘れて、そのショッキングな事実にただ唖然とする。
 そこへ……。
「完成・しました! 食べて・ください!!」
 料理を終えたマリアが顔を出した。
 二人の前に皿を並べ、フライパンから料理を取り分ける。
「おっ……って、おっさん! ハンバーグやないかっ! コレをどうやってタダで作るんやっ!」
「お豆腐屋で・分けてもらった・おからを・主原料にしています。コスト・0円です!」
 マリアは返事をしながら台所に取って返し、お盆に水と割り箸を二人分、取って来る。
「ほう、わしも初めて食う料理じゃな。どれ……」
 マリアの一言で再び固まってしまった横島には見向きもせず、カオスは早速ハンバーグに噛り付いた。
 マリアはお盆を手にしたまま直立不動で、カオスの一挙手一投足に注目している。
「ム! うまいっっ!!………が。ハテ? なにやらいつもの味と違うような……!?」
 カオスは初めての味に感動の言葉を漏らすが、その後いぶかしげに首を捻った。
「くそうっ、どうせ俺にはタダでおいしいメシを作ってくれる女の子なんていねーやっ! くそうっ……う、うまいなあぁ!」
 一方で横島は涙すら流しながら、目の前の料理を貪り食っている。
「サンキュー! ドクター・カオス! 横島さん! 今日の料理は・他の人に・見せてもらったものを・模して作りました!」
「……ふむ、なるほど。マリアならば作っている場面を見るだけで、調味料の分量から加熱の時間やタイミングまで、完璧に同じ物を作ることも可能じゃな」
「ふぃい、ごちそうさん。うまかったぁ………ん? ってことはその、マリアに作ってるところを見せた人の料理が、すげえうまかったってことだよな。テレビでも見て作ったのか?」
 怒涛の勢いで食べ終えた横島は満足そうに舌なめずりして、傍らに立つマリアに視線を移した。
 そこでちょうどマリアと目が合ってしまい、なんとなく照れ笑いする。
 しかしちょっと考えて、マリアが俯いていることに気付いた。
「ノー! ドクター・カオス! 完全に同じ物は・作れません!……でした」
「ぁあン!? どういうことじゃ!?」
 マリアが唐突に発した否定の言葉に、カオスは驚いた。
「この料理を・作った人は・横島さんのことを想って・作ったと・言ってました……」
 マリアの目に横島の顔が捉えられる。
「でも・恥ずかしくて・横島さんに料理を・おすそわけ出来ないで……それでも・想いながら作ってるだけで・幸せだって・言ってました……」
「え? それってもしかして……。ってゆーか、マリアが俺のアパートの近くに居たのって……!」
 懸命に何かを訴えるようなマリアの目を見て、横島にピンと来るものがあった。
 しかしマリアはそれに反応することなく、
「でも・マリアは……」
 俯きながらカオスの方をちらっと見上げる。
 刹那、じっと黙って成り行きを見守っていたカオスと目が合い、再びサッと目を伏せてしまう。
「だから・この料理は・その人のものとは・違います! やっぱり・その人が作ったものを・食べないと・伝わらないと・思います!!」
 マリアは最後には拳を強く握り締め、声高に力説した。
 辺りをしばらく沈黙が支配する。
「……ふむ、成る程な。まあ、この料理の味は、わしにはしっかりと伝わった。うまかったぞ、マリア」
 いつのまにか食べ終えていたカオスが、カラになった皿をマリアに渡した。
「サンキュー・ドクター・カオス! マリア・嬉しいっ!」
 手にしたお盆をぎゅっと抱きしめるマリア。
「うむ。しかしわしは自らが創ったものを信じておる。おそらくマリアが模したという、その誰ぞの作った料理も、これとそう変わらぬ味に仕上がっていたはずじゃ。比して足りぬものなど、有りはせぬよ」
「……イエス! ドクター・カオスッ!」
 お盆がミシッと軋む音が聞こえそうなほど、両の手を強く握り締めるマリア。
「ところで……おいっ、小僧!」
 カオスは、先程から黙り込んでいた横島に声をかけた。
「あ、ああ。えっと。俺もすっげえうまいと思ったけど、これは……」
「いい。もういい。分かったらとっとと寝ろ。もう夜も遅い。今夜一晩くらいは泊まらせてやろう」
 カオスは、まだ何か言いたそうな横島をめんどくさそうに手で制し、そのままシッシッと追いやるような仕草をした。
「お……おう。悪ィな……。……うん、そうさせてもらうわ」
 こうしてボロアパートの一室の、いつもとちょっと違う一夜は幕を閉じたのだった。



「くっそ。あのおっさんめ、隣でガーガーいびきかきやがって……おちおち眠ってられねーや」
 まだ力弱い太陽が、オレンジ色の柔らかい光を放つ時間帯。
 往来には犬の散歩やジョギングする人がまばらに通るのみの、静かな時間帯。
 明け方。
 横島はアパートの階段を上りながら、ひとつ大きなあくびをした。
「うぅっ、みぃんなビンボが悪いんや。ぇっと、鍵は……っと」
 部屋の前に着いた横島は、おもむろにポケットを漁り始める。
 ちょうどその時、
 ガチャッ
 横島がこれから立てようとしていた音が、脇から響いた。
 ふと目をやると、隣のドアが開いてその影からゴミ袋を提げた少女が出てくるところだった。
「こ、小鳩ちゃん!?」
「横島さん!……お、おはようございますっっ!」
 突然の遭遇にドギマギする横島と、恥ずかしそうに挨拶する小鳩。
 不意のことに、しばしの間二人とも動けずに場が凍りつく。
「……あ、あの。小鳩ちゃんの料理、すげーうまかったよ」
「え……!?」
 沈黙を破ったのは横島だった。
 しかし小鳩は、心当たりの無い話にどう反応すれば良いか戸惑う。
「もし……もし、俺なんかのために作ってくれるなら、また今度、食わせてよ」
「え? どうして……? え……?」
 思い当るフシがあって、うろたえる小鳩。
「今月は俺もかなりキビしいし、貧乏はお互い様なんだし……ってゆーか、タダであんなにうまいもんを作れるなんてスゲーなあって……」
「…………」
 ついには俯いて黙り込んでしまう小鳩。
 横島の方もかなりしどろもどろで、
「と、ともかく。うまかったよ。……じゃ、じゃあっっ」
 一言だけ残して、逃げるように自分の部屋に飛び込んでしまった。

 その場に残された小鳩の肩から、貧がひょこっと顔を出す。
「なんやアイツ、なんか変なモンでも食ったんとちゃうか?」
 そのセリフに反応して、小鳩はふっと顔を上げる。
「ううん、たぶん……。きっと、もっと素敵なものよ」
 その口許は、期待と喜びで柔らかにほころんでいた。
「貧ちゃん。私、もっともっとお料理の練習するっ!」
 その眉は、決意と意欲にキュッと引き締まっていた。
「それで、作った料理は、みんな横島さんに食べてもらうのっ!」
 その瞳は、希望と憧憬にキラキラと輝いていた。
「それが、小鳩の、幸せっっ!」
 展開に取り残されて呆れ顔のまま固まってしまった貧をよそに、
 小鳩は一人ニッコリと微笑んで、おだやかな光を投げかける朝の日を振り仰いだ。

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