ザ・グレート・展開予測ショー

魂の機械 調味編 前


投稿者名:斑駒
投稿日時:(03/ 6/ 2)

「すみません。おからを・分けて・もらえませんか?」
 太陽が西に傾き、その色調を劇的に変化させる時間帯。
 それでも往来はなお明るく、夕餉の買出しに来た主婦や帰宅途中の学生で商店街が最も賑わう時間帯。
 夕刻。
 豆腐屋の店先に、ボウルを持った一人の少女がたたずんでいた。
「あの………」
「あ、ああ。おからね。うん。別にタダで持って行ってくれてかまわないんだけど――」
 少女の唐突な発言に困惑していたのか、はたまた単に少女に見惚れていただけなのか。声をかけ直されてハッと我に帰ったかのように返答した店主は、なぜか歯切れ悪く言葉を濁し、視線を少女の傍らに落とした。
「??」
 少女も当惑した様子で店主の視線の先に目を移すと、折しもその場にはセーラー服姿の学生らしい少女が小走りに駆け込んで来るところであった。
「いつもすみません。あの。もしおからが余っていたら、また譲っていただこうと思って……」
 後から来た少女は軽く息を弾ませながらそこまで一息に言って、そこで初めて先客の存在に気付いた。
「あ、私ったら。横から割り込んでしまってすいません。そちらからお先に……あら?」「あっ……!」
 完全な鉢合わせ状態に、それを予想していたらしき店主は無言で宙を仰いでいた。実は彼は、後から来た常連の少女の分しかおからを残していなかったのだ。
 しかしそんな店主をよそに、お互い顔を見合わせた少女達は同時に声を上げた。
「「あなたは、前に、横島さんと………!!」」



「ただいまっ」
 残照の中に浮かび上がらせるシルエットだけ見ても、それと分かるボロアパート。
 その軋むドアを手馴れた様子で引き開けて、セーラー服姿の少女が顔を覗かせた。
「遅かったやないか……??……小鳩、おまえ、何を連れて来たんや?」
「おかえり………お友達?」
 部屋の中から、少女……小鳩の帰りを待っていた病弱の母と福の神の貧が言葉をかける。
 おそらく毎日のように繰り返されて来たであろうそのやり取りだが、今日は少し変化があった。
「……。ミス・小鳩……?」
 狭い玄関で片足立ちになって靴を脱ぐ小鳩の後ろに少女がもう一人、ボウルを抱えたまま所在無さげに立っていたのだ。
「あ、狭くてゴメンなさい。でも、せっかくだから上がって行って。――貧ちゃん、『何』なんて失礼でしょ! こちら、横島さんのお友達で、マリアさん」
「いや、そうゆう意味やのーて……。アイツ、まともな人間の知り合いはおらんのかいっっ!」
「マリアさんって、おっしゃるんですか。お茶も切らしていてお出しできませんけど、ゆっくりしていってくださいね」
「サンキュー! ミセス・花戸! マリア・食材を・分けてもらいに・来ました!」
 小鳩の紹介を受けたもう一人の少女……マリアが、手にしたボウルを軽く傾けて中身のおからを二人に覗かせる。
「なんや。そろいも揃って、また貧乏人か」
「もうっ。貧ちゃんっっ!!」
「ノー・プロブレム! ミス・小鳩。貧乏は・事実です」
 マリアは貧の失礼な言動にも片眉一つ動かさずに応対する。
「今日はマリアさんの街の商店街が臨時休業だったから、こっちまで足を伸ばしたらしいの」
「ほう……ま、どうでもええわ。待ちくたびれて腹減っとるんや、何でもいいからはよ作ってんか」
 貧は、小鳩のたしなめに悪びれた様子も無く、夕飯を催促した。
「うん、分かったわ。『何でも』って言っても、今日もおから料理になるけど……」
 小鳩も仕方なさそうに笑って、腕まくりをする。
「マリア・手伝います!」
「あ、いいの。マリアさんは座って待ってて」
 小鳩は、自分に続いて台所に入ろうとするマリアを止めて、ボウルだけを受け取る。
「いま、お料理の練習中なの。だから、なるべく自分でやりたくて」
「了解。ミス・小鳩! マリア・待ってる!」
 マリアは素直に居間に戻り、貧たちと同じ卓に着いた。
 と、言っても居間と台所を隔てる壁も特に無いので、小鳩の料理する様子は逐一見て取れる。
 今はおそらく下ごしらえをしているところだろう。小鳩の小さな背中が、狭い台所をあっちにこっちにと動き回っている。
「あの料理な。隣に住んでる横島に、いつか食わせたいらしいで。身内のわいが言うのもナンやけど、泣かせる話やないか」
 きびきびと働く小鳩を眺めながら、貧がマリアに耳打ちする貧。
「ちょっ、ちょっと。貧ちゃん!」
「なんや? 横島の話するために横島の知り合い連れて来たんとちゃうんか? おから分けるだけやったら、豆腐屋の店先で事足りるやないか」
 小鳩が耳ざとく話の内容を聞きつけ、恥ずかしいのでやめさせようとするが、貧が小鳩に注意されたくらいで話を止めるわけも無い。
「私が言うのもなんですけど、不憫な子なんですよ。普通、隣に住んでるならちょっとおすそ分けすれば済む事なのに。おからみたいな貧乏臭い食材しか使えないせいで、料理を渡すのが恥ずかしいって……」
「母さんまでっ。私は……私はっ、こうして横島さんのことを想いながら料理できるだけで十分幸せっっ」
 小鳩は、便乗して語る母親を諌めながらちょっと涙目で宙を見つめる。
「小鳩! 泣いたらアカン! 泣いとったら、せっかくの料理が涙で塩っからくなってまうやないか!」
「そうっ、そうよね! いつか横島さんに食べてもらう料理だもんっっ。いつだって美味しく作れなきゃっ!」
 貧に言われて、ふるふると頭を振って気を取り直し、料理を再開する小鳩。
 フライパンを火にかけ、油を敷いて、食材を載せる。
 ジャーッ という激しい音とともに、香ばしい香りが部屋中に広がる。
 自分の手元を見つめる小鳩の表情は真剣そのもので、額にうっすらと汗すら浮かんでいるが、それでもどこか楽しそうだ。
「しかしわいはやっぱり食わせん事には何も伝わらんと思うんやけどなあ。貧乏臭いんは確かに貧乏臭いけど、小鳩のおから料理はかなりうまいんやで」
 『どうにももどかしくて仕方ない』といった顔で、訴えかける貧。
「この子はもー、ものっ凄い恥ずかしがり屋で……。こんなオクテで好きになった人を捕まえられるのか心配で心配で……」
「そ、そ、そんなこと……」
 母親も便乗して身を乗り出すが、ちょうどそこに調理を終えたらしい小鳩が顔を出した。
 手では何気なく出来上がった料理をフライパンから小皿に移しつつも、口では動揺を隠し切れない様子の小鳩。
「お。今日はハンバーグやないか。コイツをちょこちょこっと包んで隣のドアを叩けばそれで済むんやけどな。なんならわいが代わりに……」
「ダメ! やめてっ! そんなっっ……私、恥ずかしいっ」
 小鳩は、貧の申し出すらも極端なほど激しく拒んだ。
「………」
「あ、マリアさん。お待たせしてゴメンなさい。これ……」
 マリアは先ほどから一言も発さずに、じっと座って小鳩達の様子を見守っていた。
 おそらく「待ってて」という命令を遵守していたのだろう。
 そんなマリアに小鳩が、料理に使わなかった分のおからを手渡す。
「サンキュー・ミス・小鳩! マリアも・この料理・作って良いですか?」
「こっちこそ、わざわざ家にまで寄ってお話を聞いてもらえて嬉しかった。料理、なんなら今ここで作り方を教えても……」
「! ソーリー・ミス・小鳩。今は・その時間・ありません。ドクター・カオスの・夕飯を・作らなければ!」
 立ち上がって、胸の前で両手を開き『不要』の意を示すマリア。
「あ……あ。そうよね、うん。……カオスさんによろしくね」
「なんや、もう帰るんか」
「何も無いところですけど、また来てやってくださいね」
 見送る面々に会釈して、マリアは花戸家を後にした。



「ドクター・カオスの・空腹値予測・96.3%! 急がなければ!」
 日は既にとっぷりと暮れ、宵闇が辺りを包み込んでいる。
 アパートの外を行き交う人影も無く、森閑とした空気が漂う中、マリアは家路を急いだ。
「ドクター・カオスに・料理を……!」
 手にしたボウルの中身をこぼさないように注意しながら、足早に歩くマリア。
「食べてもらうために・作る……」
 その手が、ぎゅっとボウルを抱きしめる。
「想いながら……」
 その目が、どこか遠くに焦点を合わせる。
「『幸せ』……。マリア…の……」
 その顔が、徐々に俯き加減に伏せられる。
 そのとき。
 どんっ
 マリアは、何かにぶつかったような衝撃を感じた。
 ふと辺りに目を走らせてみると、暗い路上に尻餅をつく人型のシルエットが見える。
「ソーリー。大丈夫ですか? ……あっ」
 とりあえず立ち上がらせようとマリアが手を伸ばすと、その人影は即座にシュタッと自ら立ち上がり、手をガシッと握り締めて来た。
「こちらこそ。美しい外国のおぜうさん。給料日前で腹が減ってぼーっとしていたとは言え、失礼いたしました。嗚呼しかし、ここでぶつかったのも何かの運命に違いない。きっとボクらは出会うべくして出会い、これからめくるめく恋の深みへと……ん!?」
 人影は何度も練習したかのような安い口説き文句をスラスラと並べ立てたが、中途で止める。
 同時にマリアも、ある事実に思い当った。
「「……!! その声は!?」」

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