ザ・グレート・展開予測ショー

笛の音


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 6/ 1)


 そっと、彼は彼女の手を握った。彼女は戸惑いの表情を浮かべた後で、微笑んだ。

 「どうしたんです?」

 彼は答えなかった。ただ、恥ずかしげに顔を逸らして。

 「何でもない」

 と、言った。

 じれったい、距離感だった。
 不必要なほどに。
 埋めたい、距離感だった。

 二人きりの部屋の中で。
 二人きりの息遣い。
 二人隣り合って。
 その空気の中で。
 お互いがお互いを感じ。
 そして、静かに、息を、吐いた。

 部屋の中。
 雑然とした部屋の中。
 彼女は、彼の身の回りの世話をするためにこの部屋に訪れた。

 そして、今は、掃除の途中。
 ほんの僅かな休息の時。

 「ねえ」

 「何ですか?」

 彼は彼女を見つめた。
 彼女も、また。

 「笛、吹いてくれないかな?」

 彼が笑みを浮かべ、言った。

 「・・・はい」

 彼女は、一瞬、顔を歪め、そして、微笑んだ。

 懐から、笛を取り出し。
 目を閉じて―――
 吹き穴に口を近づける。

 ―――ゆっくりと。
 空気を吸い。
 そして―――吹き始める。



 部屋の中に溢れる物悲しいメロディー。
 生きるもの、全てが愛しく。
 悲しく、切なく。
 優しく。
 震える―――。


 「・・・あぁ」

 彼は溜め息を漏らした。
 音楽のことなどまるで分からない。
 流行曲をそれとなく聴いてみたりはするけれど。
 クラシックだとか、どういうお堅いイメージのものは聴いたりはしなかった。
 意味を感じ取れない『歌詞のないメロディー』など、聴く気もしなかった。

 しかし―――どうだろう?

 言葉、などよりも、雄弁に。
 彼女は、語る。

 愛を。
 生命を。
 生きる意味を。
 ―――輪廻転生。
 生まれ、そして、朽ち果て、また、生まれ行く―――変わる事無く、繰り返されるサガ。

 受け入れるか、否か。

 朽ち果てた身の上を。
 嘆く迷える魂が、天へと昇っていく。
 それは、この部屋だけに留まらない。
 どこまでも。
 このメロディーが流れる一帯を―――。
 浄化していく。

 彼は、何か言葉を紡ごうとして。
 止めた。

 俯き、身を震わせ。
 自分を時に傷つけ、時に救ってくれた。
 自分の心の中にいる神に感謝した。
 眼から流れる涙は、ゆっくりと、静かに。
 頬を伝い、畳に落ちた。



 ―――濡れる事は、なかった。









 彼女が目を開いた時。
 そこには、何も無い、かつては、アパートのあった空き地があった。

 かつて、そこには、男が住んでいた。
 悲しいまでに、優しく。
 強かった人だった。
 彼は、彼女の祖父だった。
 彼は、彼女の祖母を愛していた。
 そして、祖母が亡くなった時。
 彼はまた、このアパートに戻り。
 一人で―――生きた。



 彼は、時々、彼女の事を祖母と見間違えた。
 その度に笑顔を浮かべ、微笑みを浮かべて、名を呼んだ。

 一生涯。
 変わることない、その呼び名は。









 おじいちゃん・・・。

 最後の約束。

 悲しかったけど。
 ずっと、一緒にいたかったけど。

 ごめんね。

 私―――忘れないよ?












 「もう、だから、私はおキヌおばあちゃんじゃないです!」

 「あ・・・ごめんな。つい・・・」

 「・・・もうっ」

 「・・・ふふふ、ごめんな。よし、何か美味しい物でも食べに行こうか。何でも好きなものを食べさせてあげるよ」

 「おじいちゃん・・・いっつもそればかりなんだから・・・」

 「えっと、ははははは・・・」

 「もう・・・ふふふふふ・・・」




 ―――ねぇ。

 ずっと。
 一緒に。
 いたかったよ?

 大好きだった・・・。
 おじいちゃん・・・。
























 ―――おキヌちゃん。






 わりぃ。
 また、名前、間違えちまったな。






































 『長いお休み』は、どうだった?

 ん・・・?

 いや、楽しかったのかな、って。

 楽しかったよ。

 そっか。

 うん。

 ・・・なぁ。

 何ですか?

 親父・・・。

 ・・・。

 お前の事、愛してたよ。きっと、母さんの次くらいに。

 ・・・うん。

 つらい思いを、させたね。

 ・・・ん〜ん。

 親父も・・・母さんも。

 ・・・。

 きっと、幸せになれるさ。

 ・・・。

 めぐり合える・・・俺もお前も。きっと。

 ・・・。

 だから・・・

 ―――泣かないで。






 ・・・最後の、約束。

 ・・・?

 おじいちゃんが、私に託した。約束。

 ・・・うん。

 笛を、渡された・・・おじいちゃんが死ぬ、前日の朝。


























 「もしも、俺が死んで―――後生大事に、かりそめの生に縋ってたら・・・

 遠慮なく、除霊してくれ。

 いつまでも、この世にいたんじゃ、やりきれねえから。

 あいつも待ってるし。

 でも、出来る事なら―――。

 お前の、笛が聴きたい。

 下手くそでもいい。

 稚拙でも。

 構わない。

 俺は、お前の笛の音が聴きたい。

 お前の笛の音で―――俺を・・・」






 ―――おじいちゃんは。


 何を、望んでたんだろ。

 未練が合ったから。

 あの場所にいたの?








 ―――きっと。

 私や、お前や、残したみんなのことが、気がかりだったんだろう。
 優しい人だから。





 それとも。
 笛が―――聴きたかったのかな?
 最後の、我が侭だから。



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