ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 完結編1


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 5/23)

 ミケーレ・ダ・コレーリア――

 美智恵はその名前を知っていた。
 それでもなお思い出すのに五秒ほどの時間かかかったのは、世に知られた“通称”が別にあったからだった。少なくとも日本では、そちらの方が有名だった。

「ドン・ミケロット……」

 呟きを耳にしたカオスは、「ほう」と感心したような声をあげた。
 視線は間合いの外に弾けるように飛びのいたミケーレからは外していない。
「……レオナルドや私ならまだしも、奴の名前が歴史に残っていたか」
「……悪名だけど……ヴァレンティーノ公爵――チェーザレ・ボルジアの腹心の人間として……」
「ヴァレンティーノ公爵か――なるほど、彼の名は残るだろうな。……つまりはオマケということか」
 言葉の最後の方は、嘲弄しているかのようだった。

 ドン・ミケロットの名は、ルネッサンスのイタリアに興味がある者ならば一度は聞いたことがあるだろう。
 法王アレッサンドロス六世の「甥」チェーザレ・ボルジアの腹心として、幾多の謀議に関わり、実行したと言われる怪人物。スペイン系の氷の刃。存在するだけで死を意味するという――。
(……もう、何年も前にチェーザレは戦死しているはず……ドン・ミケロットと言えば、そのときに虜囚として捕らえられ、二年もの責め苦を受けてなお恭順することなく、それでいて解放されたという……)
 その後の話は、美智恵は聞いたことがなかった。
 いずれこの時期からはそう遠い昔のことではない。レオナルド・ダ・ヴィンチよりも遥かに年下なのだ。レオナルドがここにいるのなら、彼がここにいても何ら不思議ではあるまい。
 いや。
「しかし……我が弟子の二人が二人して、『聖堂騎士団』の手先に成り下がるとはな」
 カオスの言葉に、美智恵ははっと顔を上げた。
「さっきも言ってたけど、レオナルドさんも、ドン・ミケロットまでもあなたの弟子なの?」
「――意外か? このカオスがヤツより“万能の人”の名に相応しいと言ったのは、おぬしだろうに」
(そりゃ確かに言ったけど……)
 科学を中心としているレオナルドしまだ解る。だが、ドン・ミケロットは剣技を能くすることで知られた人物だ。その師となれば、つまりはカオスは剣術にもなお秀でていたことになる。
 西洋剣術の歴史は古い。
 日本のそれが往古より伝承されているかのように思われているが、考証の上で遡れるのはせいぜいが十六世紀である。1500年代の後半になって、ようやく塚原ト伝、上泉信綱らのような「剣聖」――つまりはこの道のパイオニアの名前が歴史上に現れる。
 だが、西洋剣術はそれと同等に古く、十四世紀には原型ができあがり、完成されていたと見られている。ドン・ミケロットはその隆盛期における名剣士の一人なのだ。
「……錬金術とは、人を極めることに他ならぬ」
 カオスは言った。
「まして、私の進んだ道は危機と絶望の連続するものであった――遍歴の旅に出るだけでも、いささかの危険は覚悟せねばならぬ。最後にものを言うのは屈せぬ精神と、鍛え上げられた肉体、そして磨き上げられた魂だ」
 ああ。
 この人は生きながら、魔道を突き進みながらも、魔族に堕することなく人の域を超えたのだ。
 それが故えに彼はこう呼ばれる。
 ドクター・カオス。
 ――“ヨーロッパの魔王”。

「……口上は立派じゃがな」
 レオナルドが、前に進む。
「現実は変えられぬ。このわしとミケロット殿の二人を前に、主らに生き延びる道はあるかの? マリアはまだ目覚めぬ――はず」
「言ってくれる。ここが私の結界の内だとは、貴様も知っておろう。そして、この『正義』の切れ味は、生半ではないぞ。それに、ここにおるのは未来からきた霊能者だ。言い返してやろう。我ら二人を相手に、貴様らの勝つ術はあるか?」
 言う。
 返ってきたのは、苦い笑いだった。
「なるほど……『正義』とドクター・カオスならば厄介だがの」
 冷たい目線が美智恵の視線と交わった。
 思わず唾を飲み込んだのは、その眼差しがとてつもなく深い混沌とした何かを見据えているのだと直感したからだった。
「その娘は、どれほどのものかの」
「―――――!」
 侮辱されたということに、しかし彼女は激昂したりはしなかった。
 相手は歴史上の大碩学なのだ。
 そして、その隣には稀代の剣客がいるのだ。
「確かに霊力は大したもののようじゃが、の」
 ――まだまだ修行が足りん
 美智恵は唇を噛んだ。
(そんなことは解ってるわよ……)
 % % % 技術の頂点を極めた中世のルネッサンス期の魔人を相手にしては、二十世紀――1970年代きってのGSと言えど、ただ霊力の強い小娘に過ぎぬのだろう。実際、こっちにきてからは色々と圧倒されっぱなしだ。
 しかし。
 美智恵は腰から神通棍を抜き出し、霊力を集中して伸ばす。
 言った。

「それじゃあ、ここからはわたしが未来技術ってのを披露してあげるわ」
 
 彼女は、美神美智恵であった。
 


 つづく

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