ザ・グレート・展開予測ショー

雪に唏く(4)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(03/ 5/22)




 雪に唏く 〜ゆきになく〜   ──その4──





 戻ってきたタマモと共に、見鬼くん片手に歩き始めたのは1時間以上経ってからだった。

「ねぇ、どうしたってのよ?」

 並んで歩きながら、タマモが尋ねる。

「何が?」

「あんなに簡単に引っかかるなんてらしくないじゃない」

 人格はともかく、能力は信頼に値する。
 それがタマモの横島への評価だった。 彼女の参加した作業はけして多くないが、その中で見てきた限りでは、或る意味、所長の美神よりも能力だけなら上回ると思っている。

 なのに、そんな普段から考えたら有り得ないほどあっさりと、彼は幻惑に引っかかってしまった。
 見た感じあの蛍と言う名の幽霊は、けして強い幽霊ではなかったのに、だ。 そうでなければ、美智恵も横島だけに任せようなどとは思わなかった筈である。 タマモが一緒に来たのは、それでもとおキヌが懸念したからなのだ。

 祓わねばならない、つまり戦いになる可能性も少なくない以上、同じ事を繰り返されては堪った物ではなかった。

「…もう大丈夫だから」

 上目遣いのタマモ……彼女の方が背がかなり低いのだからどうしてもそうなるだけ……に、誤魔化す様に答える。

「判ったわ。 でも、なら遠慮しないからね」

「あ〜 出来れば手加減はして欲しいんだけど…」

 知らないわと、タマモが顔を背ける。
 そんな二人の遣り取りに、くすくす、と笑い声が掛けられた。

『これも、いつもの事、なんですか?』

 一緒に移動している春香が、ニコニコしながらそう言った。

 心残りさえなくなれば、簡単に天に召されてしまいそうな彼女である。
 もう一人と一緒に成仏させられるなら、その方がいい。

「ん… ま、そうね。
 尤も、いつもならもう3人ばかり居て、余計に五月蠅いけど」

 ちょっとだけ『いつも』を思い浮かべて、タマモは頷いた。

『そうなんだぁ…
 いいなぁ、楽しそうで』

 言葉の代わりに返された、タマモの何処が?とばかりの表情に、春香は寂しげな苦笑を浮かべた。

『私、暗くて引っ込み思案だったから…
 蛍ちゃんくらいしかお友達なんか居なくて、蛍ちゃんが連れ回してくれなかったら、旅行どころか近所を出歩く事すらなかったし…』

「仲良かったんだ」

『どうかなぁ…?
 私、蛍ちゃんの事好きだけど、蛍ちゃんはもしかしたら迷惑だったのかも…』

 俯く春香に、立ち止まった横島が苦笑混じりに振り向いた。

「んな事ないと思うけど」

『なんでそう思うんですか?』

「大した根拠は無いけど… そう見えたから」

 似てるな、と思っただけだ。 美神と冥子との関係に。
 あれほど非常識かつ傍迷惑な取り合わせではないにせよ、単に見兼ねただけではない、ちゃんとした繋がりが、蛍と春香の間にも有った様に思う。
 口にしていた、色々してあげてきたのに、と言う言葉にも、恩を着せる様な響きは無かったし。

『そうでしょうか?』

「そうなんじゃないの、ヨコシマがそう言うなら。
 綺麗で若い女性相手なら、要らないトコまで見てる様な男だもの」

 認めてるのか、貶してるのか。

『あなたも、横島さんの事、よく見てるのね』

「げ… よしてよ、馬鹿犬じゃあるまいし…」

 本当に嫌そうな顔に、さすがに横島の苦笑にも縦線が引かれる。
 そんな様子すらも羨ましそうに、春香は微笑んだ。

 ・

 ・

 ・

『蛍ちゃんっ!』

『…春香?!』

 更に2時間ちょっと山を彷徨って、漸く見付けた蛍に春香が駆け寄った。

『春香、どうして…』

 泣きそうな顔で呟く。

「あんたが自棄になって悪霊になっちまうのが嫌なんだってさ」

 答えた横島に、キッと視線を向ける。

「私達にしても、素直に一緒に成仏してくれると助かるんだけど?」

 挟み込む様に横島と反対側へ回り込んだタマモが、言葉を続ける。

『死んだ事もないあんた達に、私の気持ちなんか判らないわよっ!』

 叫ぶなり、蛍はまたしても『陰』の気を集め出す。
 その姿を悲しそうに見遣って、横島が口を開いた。

「死んだと実感した事なんて無いから、確かに俺にゃ判んねぇよ… 
 だけどな。 残された事のある俺の気持ちなんか、おまえだって判らねぇだろ?」

『……』

 痛ましそうな視線は、真っ直ぐに蛍を射貫いている。 ヒスり掛けていた彼女を、それでも黙らせるほどの雰囲気を持って。
 初めて見るそんな姿に、軽い驚きを覚えながらタマモも黙って見詰めている。

「蛍って言ったよな……あんた、そっちの春香ちゃんに、死んじまった無念さだけじゃなく、そんな後悔すら負わせようとしてんだぞ」

 そう言われて、彼女は隣に居る春香へと目を向けた。

『蛍ちゃん、もうやめようよ、ね…』

 縋る様な視線を受けて、思わず顔を天へと逸らす。
 星の光を遮るどんよりとした闇の中、ちらちらと何時の間にか降り始めた季節外れの雪。

『…だからって。 だからって、私にこのまま消えろって言うの!?』

「消える、じゃねぇよ。
 魂は流れるんだ。 生まれて、死んで、また生まれる。 覚えてる事なんて滅多になくても、それでもあり続ける、そう言う物なんだと思う。
 俺は学もなんもねぇから巧く言えないけどな…」

 横島もまた、天からちらちらと舞い落ちる白い雪へと視線を向けた。

「ヨコシマっ!!」

 いきなり彼へと蛍が突っ込んで行くのを見て、タマモが叫ぶ。

 半歩だけ動いて突き出された腕を避けると、横島は勢いそのままに突っ込んで来る霊体を、そのまましっかと抱き止めた。 鬼気を逸らされて、『陰』の気が薄れて行く。

「こうやって間近で見ると、そんなに似てないな…」

 その呟きは小さかったが、響き渡って他の二人の耳にも届いた。

『あなたを残して行ったって言う人に?』

「…あぁ」

『そう…』

 遠くから白みかけて行く空。
 ぼんやりとした朝日に、舞う粉雪がキラキラと光の軌跡を描いて行く。

 ぼぅっとそれを見ている彼に、蛍が尋ね掛ける。

『…どうすればいいの?』

「死んじまった事を認める事かな… 悔いはあんだろーけど、またいつか出直せばいいんだ。
 成仏する手助けくらいなら、俺らにも出来るしな」

 その言葉を聞きながら、彼女は横島の胸に顔を埋めた。
 単に除霊するのに容易いとか言う打算ではない、素の優しさに妬み羨みが薄れて行く。

『春香…』

『なぁに、蛍ちゃん?』

『ごめんね』

 ゆっくりと近付いてきた春香に、呟く様に謝る。

『何が?』

『私と一緒だったから…』

 春香の死は、蛍の所為だ。 彼女が危険だから入るなとの警告を無視した結果、引き摺られた春香ごと、こんな事になってしまったのだから。

 だがそんな事をまるで気にせずに、言葉が続けられた。

『一緒だったから、ずっと楽しかったよ』

 あっけらかんと微笑んで…

『死んじゃったのは、そりゃ残念だったけど、蛍ちゃんが一緒だったから私はずっと楽しかったよ』

『…は…るか…』

 抱き合う二人に、横島も微笑む。

「さ、そろそろ逝けるだろ?」

『えぇ…』

 蛍がそう答えたのに対し、春香はちょっと言い淀む。

「まだ、何かあんのか?」

『あの… 私もぎゅって、して欲しい…な』

 さっきの抱きしめられていた蛍が、羨ましかったらしい。
 苦笑した横島に暫く抱きしめられた後、彼女も今度は逝けると頷いた。

「使うの、ソレ?」

 懐から文珠を取り出すのを見て、漸くタマモが口を挟む。
 それに頷いて応えると、横島は蛍達に向き直った。

「それじゃ、またな。
 生まれ変わったら、デートしような」

「あんたは…」

 額を押さえるタマモをよそに、二人は笑顔で頷いた。

 文珠に『浄』の文字を篭めて、この辺一体の澱みを祓う。 蛍に纏わり付いて悪霊と化させていた、『陰』の気を。
 雲間から差し込む光へ向かって、二人はゆっくりと上って行く。 まだ舞っている粉雪が光の装飾を演出する中、やがて霊気すらも感知出来なくなる。

 ひらひらと、ふわふわと舞う粉雪だけが残された。
 厚い雲をキャンバスに、複雑な線を描き続ける粉雪だけが…

 気が付けば、横島の視線は、少し離れた山の頂に立つ鉄塔へと向けられていた。
 朝日の中、鈍色に光るそこへと向けられた顔は、再び物思いに沈んでいる。

 そんなどこか泣いている様な横島を、タマモはただ黙って見詰め続けていた。



 【つづく】



────────────────────



……ぽすとすくりぷつ……

 後、もう一回。

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa