ザ・グレート・展開予測ショー

シロい犬とサンポを(1)〜後編〜


投稿者名:志狗
投稿日時:(03/ 5/18)

美神さんとタマモはそれぞれ暇つぶしへと移っていった。
どこか気まずさを覚え、外界への意識を閉ざすために目を閉じる。


・・・・・寝室へ籠ってしまったお前がどうしているか気になる。
気にしないようにすればするほど大きくなる気持ちに白旗を上げ、目を開け、ゆっくりと体を起こす。

横になっていたソファーに立て掛けてある松葉杖を手に取り、居間を出る。
美神さんとタマモ、二人の視線を背に感じつつ、引き摺る足が音を立てないようにゆっくりと歩みを進めた。



目の前に屋根裏へと続く扉がある。
この先にお前がいる。

・・・・・先へ進めない。

扉を開け、その後に少しだけある階段を上る。

そんな些細な行動が実行に移せない。


扉を開ける。階段を上る。
そして、おそらくベッドに突っ伏してでもいるであろうお前を見つける。
気配を感じたお前はベッドにうずめた顔を少し動かし、こちらを見る。
そして・・・・・

俺はどうすればいい?

慰めの言葉をかける?見果てぬ先の約束を取り付ける?代償行為を掲示する?

どれもお前の救いにはならない。
おれがそう思ってしまっているからこそ・・・・・

今、俺が行ってもどうにもならない。
“今の”俺が行ってもどうにもならない。


そうわかっているのに、それでも足を運んでしまう。
頭の理解に体が納得してくれない。

扉の前で立ち往生し、再び居間へ戻る。
そんな行動を何度もくり返した。

一度おキヌちゃんに見つかり「何をしているんですか?」と聞かれ、慌てて「リ、リハビリだよ。リハビリ」と取り繕った。
無理のある言い訳だった。
だがそこに一部始終を見ていたはずの人工幽霊一号のフォローが入り、彼女は労りの言葉と笑顔を残し去っていった。    

その後姿を見送った後、天井を見上げ、助け舟を出してくれた事に感謝の言葉を告げた。
染み一つない天上から、すこし周りを気にした囁くような声が聞こえてくる。

「でも本当に無理はいけませんよ。シロさんのためにも足の治療に専念してくださいね」

本当にそうだ。
言われて先ほどまでの自分の行動の滑稽さを再認識する。
思い浮かべた間抜けすぎる自分の姿に失笑すると、人工幽霊一号もくすりと笑った。


いつの間にか日が暮れていた。
一体何度、階段と居間の扉の間を往復したのだろう?
時間の経過を自覚すると共に、体の中に澱のように堆積した疲労に気付く。

そうだ、焦る事なんてない。
明日お前が消えてしまうわけではないし、時間はたくさんある。
明日には・・・ひょっとしたら今日にでも、何かいい案が思いつくかもしれない。

時間はかかるかもしれない、お前には辛い時間が。
でも時間がかかったのなら、かかっただけ。
お前の辛さを全部帳消しに出来るような・・・・・そんな思い付きをしよう。

少し肩の力が抜けたような気がする。


「じゃあ、そろそろ帰るな」
「お休みなさい、横島さん。お気を付けて」
「ああ、お休み」

そう答えてから屋根裏部屋へ上がる階段へ一度視線を向ける。
挨拶くらいしていこうかとも思ったが、今まで入るに入れなかったことを考えると、ここであっさり入ってしまうのも気が進まない。


まあいいか。

簡単にそう考え、静かに階下へと降りていった。
既にそれぞれの部屋には明かりが灯っている。

居間の扉の下から僅かに灯りが零れているのを確認すると、静かに扉を開いた。
中にいたのはまたもや美神さんとタマモの二人。

美神さんは椅子に腰掛け、肘掛に立てた方の手に持つ本に視線を落としていた。
タマモは俺が横になっていたソファーにうつ伏せに寝転がり、その先にあるテレビに釘付けにされている。
二人とも今は夕食を待っているのだろう、そういえばどこからか良い匂いが漂ってくる。

「美神さん。俺、帰りますね」
「あっそ。お休み」
「お休みなさい」

そっけない言葉と共に美神さんは手をひらひらと振った。
ソファーに近づき、ぞんざいにかけてある上着を攫う様を取る。

「タマモもお休みな」
「・・・・・・・・・・・・・」

よほどテレビに集中しているのか、タマモから返事はなかった。
ちらりと見た限りではどうやらテレビの内容は料理番組。しかもきつねうどんが出演というおまけ付きだ。
これでは仕方がないな。

踵を返し、扉を閉じようとする。
閉まりかけた扉に狭まりつつある部屋の風景に、僅かながらの変化があった。

タマモだ。

寝転がったまま膝を曲げ、挨拶をするようにパタパタ動かしている。
視線も横目だがこちらへ向けている。

それににこりと笑いかけ小さく手を振り返すと、再びテレビへと視線を戻したタマモを確認しつつ、扉でその光景を遮った。


松葉杖をつきながら、のそのそと進む。

そうだ、おキヌちゃんにも挨拶していかないと。
自分でも聞きなれない松葉杖での歩行のリズムに奇妙な気持ちになりながら、台所へと向かった。

「おキヌちゃん」
「横島さん?」

台所で動く後姿を見つけ、呼びかける。
邪魔をしては悪いと少し控えめになってしまった声にも、しっかり反応してくれた。

「もう帰るから、挨拶しに来たんだ」
「大丈夫ですか?私、家まで送りますよ」
「大丈夫。それにその後おキヌちゃん一人で帰すわけにもいかないって」

普通なら逆であろうおキヌちゃんの言葉に苦笑しながらも、安心させるように微笑みかける。
おキヌちゃんは少し心配そうな顔をしたが、頑なになる事はなく優しく笑みを返してくれた。

「それじゃあ、お休みなさい。横島さん」
「ああ、お休みなさい」

言葉遣いを合わせて返してしまった。
おキヌちゃんの丁寧な雰囲気に圧されたかな?
俺の珍しい言葉遣いにくすりと笑うおキヌちゃんに照れ隠しに頭を掻く手をそのままひらひらと振り、台所から立ち去り玄関へと向かう。


大きな両開きの扉をくぐり、玄関から出て数歩の所で足を止めた。
振り返り、見上げると星空の中に事務所の形がぼんやりと浮かび上がっていた。

屋根裏の窓。カーテンの隙間からは明かりが零れ出している。
部屋に籠りっきりのお前はそろそろ睡魔に襲われている頃だろう。
体を動かさない退屈な時間は、お前の体よりも心に大きな疲労を与えたはずだ。

リアルに想像できるお前の様子に、現実の距離感との曖昧さを覚える。

「お休み」


届くはずのない呟きが、お前になら届くような気がした。
ささやかな満足感と共に事務所に背を向けると、松葉杖を前へと進め、暗闇に霞む家路をゆっくりと進みだした。

不慣れな松葉杖でうっすらと汗ばみ始めた頃、ふと気付く事があった。
ここしばらく感じていた大きな違和感。それに今更ながら気付いた。


お前の笑顔を見ていない。

単純で大きな違和感。存在が当たり前すぎて気付く事ができなかった。
気付く事ができなかった自分への腹立たしさの中、小さな灯火が心に灯る。


お前を笑わせよう。


お前のためだけではなく自分自身のためでもあるが、それでもなにか事態が好転するのではと思う。

今日なにもできなかった後悔が、明日への意欲へと変わる。
明日はきっとお前の笑顔を引き出せる。笑顔を浮かばせてみせる。


そんな希望と目標を胸に、街灯と星空に照らされる夜道を進んでいった。
思いがきっと叶う、そんな予感があった。









『里帰りをしてくるでござる。  シロ 』

翌日、おキヌちゃんがそんな書置きと空のベッドを見つけたのは、夜明けからまだ間もない頃だった。

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