シロい犬とサンポを(1)〜中編〜
投稿者名:志狗
投稿日時:(03/ 5/18)
・・・・足音がする。
二人だな。美神さんとタマモだろう。おキヌちゃんは片付けをしてるだろうしな。
寝たままでいるのもなんだが、とりあえずこのままでいよう。
立ち上がるのも今の俺にはちょっと面倒だし、なにより今は目の前の瞳に釘付けにされてしまっている。
扉の前でも足音が止む事は無く、まるで壁のように静かに佇んでいた扉が少々乱暴に開けられる。
「あんた達・・・何やってんの?」
美神さんの気の抜けたような声が、この部屋にはっきりとした音を投げ込んだ。
ドアを開けた時まではあった怒りを帯びた、とゆーかそのまんま怒ってた雰囲気は霧散してしまっている。
その事にほっとしながら、問いかけに答える。
勿論顔は動かさぬままだ。
「こいつの考えている事が・・・手に取るように分かるんです」
「そんなの誰だってわかるわよ」
昼食のきつねうどんの余韻に浸っているのだろう、満足げに唇をぺろりと舐めるタマモがさして興味なさそうに、だが即座に返してきた。
美神さんも右に同じ、といった顔をする。
二人は一瞬だけ顔を見合わせ、口を開いた。
「「散歩散歩散歩散歩散歩散歩」」
ああ、言っちまった。
お前がせっかく隠してきたのに・・・。我慢してきたのに・・・。
瞳に明らかな動揺が走るのが見える。
「・・・・そ、そんな事思ってないでござるよ」
無駄だと分かっていても、指摘から逃れられなくとも、否定の言葉を口にせずにはいられないんだ。
既に視線も外れ、美神さんから、タマモから、そして俺から逃げるようにして目が泳ぐ。
「別に横島の足が折れてようとなんだろうと、いつもみたいに引き摺っていけばいいでしょ」
「タマモ・・・・いくらなんでもそれはヒドイとは思わないのか?」
反論を兼ねた問いかけに「なんでよ?」と、一分の迷いもなく問い返すタマモの顔に俺は思わず口を噤む。
右足に思い出したように痛みがはしる。
そういえば足が折れていたのだった。
ズボンの下にあるギプスに巻かれた右足を、透視でもするかのように見つめてみる。
おキヌちゃんのヒーリングで普段の痛みは大した事はない。
今日もここに来たのは一応治療のためだった。
お前もヒーリングをしたがったが、俺はきっぱりと断った。
さすがに足を舐めさせるわけにはいかない。
俺としては当然の対応ではあったが、そこにもお前の気持ちの落ち込みの原因はあるのだろう。
事態を好転させたいなら、きっとおまえは努力を厭わない。
しかし今は、全てを自分に由らないことに任せるのみだ。
待つしかない。お前には辛い事だろう。
「べ、別に散歩なんて行きたいとは考えていないでござるよ!」
突っ伏していた頭を跳ね上がらせ、タマモに対する遅めの否定の言葉を口にする。
しかし、その言葉をお前の真意だと受け取る者はこの場にはいない。
そんな雰囲気が伝わったのだろう。
お前は否定を繰り返す。
空疎な、形だけの否定の言葉。
気持ちを無理に裏返した言葉に切なげな、どこか罪悪感にも似た感情が沸き起こり心を締め付けられた。
美神さんやタマモもこんな気持ちなのだろうかと二人の表情を窺う。
・・・・・全然興味がなさそうだ。
俺だけ?
ちょっとした疎外感を感じているうちに、お前の言葉もいつしか単調なものへと収束していった。
「散歩なんて散歩なんて散歩なんて散歩なんて・・散歩なんて・・・・散歩なんて・・・・・散歩・・・・・・・・散歩・・・・・・・・・・・」
呟きが小さくなると共にもたげた頭がだんだん落ちていき、ついにテーブルに突っ伏してしまった。
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、呪言の様でも祈りの様でもあった。
散歩なんて
その後に明確な否定を表す言葉を続けられなかった事からすると、祈りというのが正解かもしれない。
美神さんとタマモはそこまで思いつめるお前の気持ちは分からない様で、あきれた表情を浮べている。
おそらく俺がいないときでもお前はこんな雰囲気なのだろう。
二人ともどこか慣れたような、飽きたような様子だ。
「別に横島クンと一緒じゃなくても、一人で行ってくればいいでしょ」
「・・・・・それじゃダメなんでござる」
「なんでよ?」
「・・・・・なんででもでござる」
答えになっていない。
美神さんもこの案に関するこれ以上の追求は諦めたようで、かぶりを振ると一つ溜息をついた。
「前に使ってたルームランナーはどうしたのよ?」
既に投げやりな調子で、美神さんが再び妥協案を提示する。
美神さんにしては気を使った方だろう。
「もういいかげん飽きたでござるよ」
だが、そんな言葉もお前はあっさりと跳ね除けた。
美神さんの額に青筋が浮かぶ。マズイかもしれない・・・・
「走っていても風のニオイも草のニオイもないでござるし、鳥の声もしないでござるし、先生はいつの間にか寝ちゃうでござるし・・・・」
いや、あの唸るようなブゥンブゥンという音も、聴いてると案外眠気を誘われてしまうんだ。
咎める、というよりは単に愚痴るような口調で言うお前に、今度は俺が目を泳がす番だった。
「あー!もう!いいかげんにしなさい!!!」
突如、美神さんの怒声が響き渡った。
その声は部屋の中だけでなく、外までも届いたらしい。
今まで断続的にだが続いていた鳥の声がぱたりと止んだ。
「いつまでもうじうじと・・・・、辛気臭いったらありゃしないわ!」
そういえば美神さんは雨の日が嫌いだった。
外は晴れだが、お前の雰囲気はこの事務所の中にだけ不可視の雨を降らせるのに十分なものだろう。
いつものお前が晴れだとしたら、今のお前は土砂降り。
珍しいだけに普段とのギャップが周りに与える影響は大きいだろう。
「事務所では悪霊みたいに鬱陶しいし、仕事では役立たずになるし・・・・!」
不安が一層高まる。
おそらくこの後には・・・・・・
「それもこれもアンタが足なんか折るなんかいけないのよ!」
ほら、俺に矛先が向いた。
どこか悟ったような気持ちで俺は目を閉じた。
理不尽を受け入れるのに慣れた体でも、反射的に強張ってしまうのを感じる。
「全治一ヶ月!?冗談じゃないわ!横島クンなんだから三日で治しなさい!」
「そうよね。何でいつもみたいに一瞬で治らないの?」
美神さんの理不尽な要求を当たり前と取りつつ、タマモまで便乗してきた。
そんなこと言われても治らないものは治らない。
「美神さんの胸のなかなら治りが早いような気がします。」
勿論冗談ではあるが、意外と本当になりそうでもある。
しかしこの発言は迂闊だった。
考え無しに言った言葉ではあるが、今の美神さんには逆鱗に触れるものだったらしい。
いつもの様な調子ではなく、妙に冷めた口調も癇に障ったのだろう。
美神さんの手が高速で動くのを肌で感じる。
この後来るであろういつもどおりの慣れた衝撃を予想して、全身を脱力させる。
美神さんのスナップのきいた拳が顔面にめり込もうとする瞬間、小さな・・・だがはっきりと聴こえる呟きがあった。
「ここで美神殿がどついたら、きっと先生が治るのが遅くなるでござるな・・・・・・」
ぴたり、と美神さんの動きが止まる。いや、ぎしりと軋む様な音でもたてたかもしれない。
美神さんは顔をお前に向けたまま、その意思の抜けたような瞳に見据えられ硬直する。
僅かの後に、美神さんが振り上げた手をゆっくり下ろすとお前は視線をずらした。
「もう寝るでござる・・・・・」
ポツリと呟き立ち上がったお前は、糸の切れた操り人形のようにふらふらと扉へと向かう。
美神さんは毒気を抜かれたように立ち尽くし、タマモは退屈そうに欠伸を一つ。
きぃ・・・と小さな軋みを残し、お前の姿が扉の向こうへと消えた。
「・・・処置無し」
美神さんは深く溜息をつくと、近くの椅子に深々と腰を下ろした。
一連の行動は美神さんなりに元気付けようとしていたのかもしれない。
そう思うと、さきほどまでの怒気を帯びた雰囲気もどこか微笑ましい。
実際に笑みを浮べそうになるのを軽く堪える。
下手に美神さんの逆鱗に触れてしまったら、今度は止めてくれるお前はいない。
感情の起伏を抑えると、再び感覚が研ぎ澄まされてきた。
ずりずりと摺る様な音が閉まりきっていないドアの隙間から聞こえる。
やがてそれは、とん・・・とん、というゆっくりと階段を上る音へと変わっていった。
一際大きな音がした。
どうやら階段を踏み外したらしい。
脛でも打って痛みに耐えてでもいるのだろうか、音が途切れる。
少しの後、再び階段を上る音が再開した。
扉を閉める小さな音が聞こえ、それっきり音は完全に途切れた。
今までの
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