幼馴染SS『遠い背中』 −中編−
投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 5/15)
「ま、ええわ!―――銀ちゃん、カッコええもんな・・・」
かしゃっ・・・
持ってたミニ四駆の入ったケースが地面に落ちて。
乾いた音を立てた、でも、その音、聞こえなかった。
そんなことに気付かないほど、落ちてた―――
俺の、心。
「あ・・・落としてもうた・・・えっと・・・あれ?」
拾い上げようとしても、震えてしまって。
だから、なかなかその場から離れられずに。
びくびくとしながら、冷静になろうとして。
焦れて、それでも、何とか持ち上げて。
逃げるように、その場を離れた。
音を立てないように階段を下りて、教室に戻って。
これでもかっ、ってくらいに別れを嘆く女子と、複雑な気持ちでそれを見てる男子で一杯になった教室の中、自分の席について、窓の外を見てた。
周りの連中の言葉に、生返事を返す事しか出来なくて。
銀ちゃんが、教室に入ってきた時に無理矢理に泣きそうな顔を笑顔に変えて―――。
彼との別れを実感した瞬間に、思わず、彼の隣にいた夏子の顔を見た。
悲しげな、眼差し。
残ってた、涙の残滓。
隠してたつもりかもしれないけど。
気付いてた。
銀ちゃんは苦い笑みを浮かべて、俺を見つめ。
そして、心底辛そうに夏子を見た。
―――正直、俺は別れよりもずっとでかい失意に落ち込んでた。
気付かないうちに、強くなってた恋心。
気付かないうちに、消えかけてた思い。
出来うる事なら、気付きたくなかった。
友情と恋心を天秤にかけるような真似はしたくはなかったから。
あの日、あの場所で、あの二人がいたところを見ていなかったら。
俺は、あいつに―――。
告白したかな?
んで、綺麗にフラれたかな。
こんなに、心の中に残ったかな?
それとも・・・日々の中に埋没してしまったろうか?
大きく伸びをして。
少し落ちた太陽を眺めて。
あの日と同じ時間、俺は空を見つめた。
俯いて。
自分を納得させる為に言葉を出したあの日と同じ時間に。
いつもと変わることは無い日、たまたま休みの日が模試になってしまっただけの事、別段、特に変わりがあるわけでもなく。―――目指すべき目標を達成するまでは、何も変わるものでもなく。その日が来るまで、頑張らなきゃいけないのだ。うん。
そう考えて―――溜め息を一つ。
吹き付ける風は冷たかった。思わず身を竦めるけれど、私の心の中をびゅんびゅんと打ち据えるそれを防ぐ事は出来なくて。
「あ〜あ・・・今日、全然出来なかったなぁ・・・」
いつもの事だった、妙にリアルに映る彼の姿で頭の中が一杯になるのは。
彼に近づいてる、もう少しで会える、そう心を弾ませるたびに現れる幸せな幻。
どうして―――答案を目の前にして出てくるのよ・・・と、心の中に住まい、時 々、私を悩ませる―――いつか再会する予定の思い人にぶつぶつと愚痴を言いながら。
また、溜め息。でも・・・にふふふ。
私は緩めた頬をしっかりと結んで玄関を開けた。
「ただいまぁ・・・」
「おかえり、夏子。忠夫ちゃんねぇ、東京じゃなくて、ナルニアにいるらしいわよ?」
「えっ!?横っち、ナルニア・・・に行ったのっ!?」
「ええ、今日、家を訪ねて来てね!?それで、今、ナルニアにいるって・・・!」
「へっ・・・横っち・・・家に来たのっ!?」
「ええっ!」
「な、何で引き止めなかったのよっ!?泊めてしまっても良かったじゃないっ!!この際っ!!」
「泊めて・・・って・・・そんなこと言ってもねえ・・・」
「すぐ帰る・・・って言ってたから。多分、もういないと思うわよ?今ごろは関空じゃないの?」
「まだそこらへん・・・うろついてるかもしれないからっ!」
探した、でも、見つからなくて。
凍える空気に、白く染まって舞い散る私の吐息。
ゆっくりと、ゆっくりと、迫る時間の中で。
会いたい―――ただ、それだけで。
横っちとの恋を成就させたい、それだけの為に頑張ってる・・・知ってる?
いつまでも、思っていたい―――
ずっと、好きだから。
他の何よりも、好きだから。
だから、私はあなたを追う事に決めた。
街灯が照らし出す夜道を走る。風の中に溶けてしまいそうな淡い恋心を、あの頃のまま、胸に抱いて。
運動によってでなく、恋心に。心を強く震わすように高鳴る鼓動。
僅かな期待に、溢れる笑み。
嬉しくて―――会えるかもしれないっ!それだけで嬉しくて!
ぜえ、はぁ。
ぜぇ、はぁ。
膝に手を置き、上体を前に倒して息を整える。
まだ、私達が幼かった時に、一緒に遊んだ河原の前。
静か過ぎるその場所で、私の鼓動と息遣いだけと風の音だけが耳に入って。
河は月の光にぼんやりと輝いていた。
額から流れる汗を拭って、空を仰いだ。
ふと、頭の中に思い描かれる情景。
―――静まり返った教室の中、教卓の横、彼が苦笑いを浮かべながら、私を見た―――別れの日。その後に訪れた、ざわめきを思い返して―――
思わず俯いてしまったあの時に見たかった―――あの時、見たかった空を見るように。
月はとても綺麗で―――
おぼろげに雲に隠された下弦の月。
澄んだ空気の中に見えた何時かの面影。
そう、あの日も、こんな月だった。
私達の思い出がある場所を回った。
三人の思い出―――二人だけの思い出なんてなかった―――の場所を。
何処にも彼はいなかったけれど。
思い出す―――あの日々が眩しいほどに鮮明に思い出されるから。
三人、一緒に居られた時間を思い出すから。
銀ちゃんが転校してから、よそよそしくなってしまった彼のことも、また―――。
思い出すから―――胸が痛くて。
一緒に帰ろうって、言えなかった、二人、最後のあの日。
ねえ、どうして?
いつも聞きたかった。
私が女だから?
だから、一緒にいることが出来ないの?
だから、一緒にいられないの?
勇気を出して―――彼の席に向かう。―――同じ列の三つ前の席の彼を眺めながら。
肩を叩こうとして―――すれ違う。
背中を見ることしか出来ずに。
言葉は咽喉元で止まった。
『横っちが、好き―――』
すれ違う瞬間、唇でだけ―――そう、呟いた。
続きます
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