幼馴染SS『遠い背中』 −前編−
投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 5/15)
未練なら、情けなすぎるけど。
でも、会いたいと思った。
会って、何を話すわけでもない。
話すことなんて浮かばない。
昔を懐かしむだけなんて、虚しすぎるし。
それに、彼女とそんな話をする気にはなれなかった。
彼女と会いたい。
ただ、一目見るだけで良い。それだけ。
たとえ、あの頃の面影を宿していなくても―――構わないから。
ある有名老舗旅館の除霊を済ませ、乗り込んだ東京行きの新幹線の中。
そのまま、その旅館で何泊かしていくと言っていた美神さん達と別れてから数時間。
流石に早いな、新幹線。などと、間抜けなことを考えていた俺の目に飛び込んできた光景―――遠目からだから、良く見えるわけでもない。しかも、街並みは少し変わってしまってるだろう、それでも。
懐かしさがこみ上げる。
車内アナウンスで流れた言葉―――あぁ、やっぱり。
―――大阪。
心の中で不意に湧いた、郷愁の念。
そんなもん、持ってたことを、東京に居た頃は気付いてなかった。でも、訪れれば。
何時の間にか、俺の足は駅の前に立ってた。
本当に、何時の間にか。どうやってここまでこれたのかは分からないんだけど。
懐かしい町並みの中で、向かった元近所。
元がつくのに、いささかの抵抗を感じつつ、歩いてく。
電信柱さえ、懐かしい。ちょっと、頭のネジがとんでるような言葉だけれど。
でも、本当に。
「え・・・っと」
ポストに貼ってある名簿の中の『夏子』と言う字。
それだけでドキドキしてしまう自分の甲斐性の無さに苦笑いを浮かべつつ。
高鳴る鼓動を無理矢理に押さえつけて、チャイムのボタンに指先を乗せて。
・・・押した。
ぴんぽーん。
どたばたどたばた・・・
がらがら・・・
―――懐かしいなぁ。
そう思いながら、見てた。
そこにいたのは―――
夏子のお母さん。
つまりは、おばさん。
見慣れない訪問客が誰かを思い出そうとしてる、そんな表情。
俺は苦笑いを浮かべながら、彼女に挨拶した。
「こんにちわ〜」
「ええ、こんにちわぁ・・・えっと、どなたかしら?」
「あ、横島っす」
「・・・横島?・・・あ、横島さん家の・・・忠夫ちゃん!?」
手を口に当てて―――笑顔。
何か・・・嬉しい。
懐かしい、何時かの仕草。
「お久しぶりです・・・お元気そうで何よりです」
「忠夫ちゃん!ごめんねぇ・・・今、夏子いないのよぉ。もうちょっとしたら帰ると思うから・・・家にあがっとく?」
ほっ、と心中で安堵の溜め息を漏らした。昔と変わる事無く―――昔の俺のまま接してくれる彼女に感謝しつつ、俺は首を横に振った。
―――いないのか。思ったほど期待してたわけじゃなかったのか、動悸は治まった。
「あ、いいっす。お気遣い無く。ちょっと寄ってみただけなんで」
「もう・・・何で今日に限って・・・あの娘、いつもは家でごろごろとしてるんだけど・・・今日は休日返上で模試だとかでね・・・何でも東京の大学を受けるらしいんだけど・・・」
「へえ、東京っすか・・・」
「ん・・・忠夫ちゃん・・・あ、もうちゃん付けなんてしちゃいけないわね・・・ごめんねぇ・・・東京だっけ?今」
「あ、いいっすよ。ちゃん付けで。何か、おばちゃんにそう言ってもらえると帰ってきたんだなぁ、って思えますし。―――東京・・・、つい最近まではそうだったんですけど。今、俺、ナルニアにいるんすよ」
「ナルニア・・・?」
「ジャングルしかなくて辟易してんすけどね。でもまぁ、・・・ん、悪くないっすよ」
「へぇ・・・ナルニア・・・ねぇ」
「ん、そうなんすよ」
・・・彼女は何故か口を開けたまま唇に手を当てて・・・俯いた。
「ど、どうかしました?」
「ん・・・えと・・・ナルニアって、何処?」
「あ・・・はははっ・・・っと。ちょっと説明しがたい場所なんすけど・・・」
―――嘘。
俺は今もまだ、東京にいるし、離れるつもりも無くて。
でも、彼女に知られたく無かった。
咄嗟についた嘘。
どうしてかは、分からないけれど。
もう、あの二人の間に、割り込みたくは無いって気持ちがあったんだと思う。
まだ、続いてるかどうかは知らないけれど、もしも。
銀ちゃんと夏子が、まだ付き合ってるなら、今度こそ、俺二人の間には入っちゃいけない。
そう思ったから。
好きだ嫌いだの中で。
俺がずっと恐れてた事。
―――相思相愛の二人の中に割り込む真似だけはしたくない―――って事。
「ほんと、大きくなったわね・・・」
「おばさんもますます綺麗になられて・・・」
「もうっ、お世辞が上手いんだから!」
「・・・!」「・・・?」「・・・!!」「・・・?」「・・・」「・・・!」
取り留めの無い世間話。
こんなに自然に出来るのは、彼女とは距離があるから。
俺は、きっと、あいつに会ったらこんなに自然ではいられないと思う。
そう思うと、苦しくて―――あいつが帰る前に。
帰ってくる前に・・・そう思って―――
「あ、そろそろ、俺、空港に行かなきゃ・・・」
「あら、そう?」
「すんません・・・それじゃあ」
―――別れを告げる。
きっと、もう、来る事は無いけど。
でも―――。
「またね!忠夫ちゃん」
「はい、また、立ち寄らせてもらうんで・・・。おばさんも、お元気で」
どうして、会おうと思ったんだろう?
苦笑しつつ、考えて。
止める。
ちょっと気の利いた偶然、彼女がいなかったこと。
ちょっとだけ寂しいけれど、でも、ほっとした。
安堵の溜め息をつきながら、いつか、三人で歩いた路地裏を通り。
三人で歩いた商店街を抜けて。
三人で遊んだ、河原に向かう。
昔とそんなには変わっていなかったから。
だから、思い起こされる日々。
昔と変わっていたなら―――きっと、思い出されることも無かった。
胸をきゅうっ、と締め付ける不思議な感覚。泣きそうなくらいに、切なくて。
俺は、そこに佇んでた。
緑の芝生の上、流れ行く川を見ながら。
心の中に残る思い出が綺麗であれば綺麗であるほどに。
心の中に残る失恋の記憶が美しければ美しいほどに。
鮮やかに―――、映る。
分かっていた事。
分からないはずも無くて。
だから。
俺は空を仰いだ。
それは幼い日の淡い恋。
だからこそ、残りつづけるのかもしれない。
フラれ続けの日々の中にあった、あっさりとした別れとは違うから。
告白することさえ、許されなかった。
あの日の記憶―――。
俺はあの二人のお邪魔虫だったのかもしれない。
そう思うと、すごく胸が痛くて。
謝りたくなる、あの日々の事を。
君が一緒にいたかったのは、きっと、あいつだから。
ごめん・・・。
二人の時間を、奪ってしまったこと。
わずかしかなかった事、分かっていたなら―――。
続きます
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