子守唄 −前編−
投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 5/ 8)
恐らく、需要が少なげなお話です。(をい)
「私はタマモ、お揚げが好き」
春のうららかな陽気の中で、気分、軽い心地で、いつものように事務所にやってきた俺に掛けられた言葉。同僚の第一声は、別に聞きたくもない自己紹介だった。
目の前にいるのは、タマモさん。誰が何と言おうと、地球滅亡の晩餐にはきつねうどんを食べると自負するきつねさんである。
「お、おう」
とりあえず生返事を返し、入ってきた部屋の中を見回す。どうやら、彼女しかいないらしい。
「・・・みんなは?」
尋ねると、彼女は溜め息をつき、指差した。
―――俺を。
「みんなはそんなに好きではないらしいけど、私はお揚げが好き・・・この世のなによりも、そう、お揚げが好き」
「・・・そうか」
・・・答える気なんてまるでないらしい。
「うん、そうよ。横島の23倍は好き」
23倍・・・お揚げがメチャクチャ好きなのか、それともどうなのか・・・何かいろんな意味で悲しくなりそうな話だ。
何も目の前で言わんでも・・・(泣)
「・・・いろんな意味でショックではあるが」
「積極的なアプローチをすれば、ひょっとすればお揚げと同程度になれるかもしれない・・・」
期待するわけでもなく、ごくごく、かる〜く、彼女はのたまった。
媚びを売るがよい、さすればわらわはお揚げ程度には好きになってやらんこともない、と言うことらしい。
・・・ふざけんな、と。
「食いもんと人を同一の舞台で比べようとする奴に好かれようとは思わんな」
が〜ん、とショックを受けたような顔をしたその後で、彼女が俺を睨む。
いろんな意味で、本気でショックなのは俺なんだが。
「・・・嫌いよっ!!あんたなんてっ!!」
そう言って、彼女は俺の入ってきたドアから外へと駆け出していった。
俺は呆然と彼女の後ろ姿を見送りつつ、空を仰いだ。
塵一つない天井、おキヌちゃんは本当に丁寧に掃除しているんだなぁ、と感動しつつ。心の中にある、何とも言えない不快な考えを打ち消した。
―――やっぱ、お揚げの二十三分の一の『好意』しか抱かれていないってのは、つまりは嫌いってことなんじゃねえのか?―――
いや、まぁ、去り際に思いっきり嫌いって言うとったけど。
「拙者は犬塚シロ。先生の弟子、趣味は散歩、以後宜しく」
キッチンのドアを開けると、そこにいたのはシロだった。テーブルを囲むように並べられた木製の椅子に正座して、俺を真剣な眼差しで見つめ。
そして、のたまった。入ってから、わずかに、五秒(推定)。
「・・・をい」
頭がずきずきと痛むのを感じつつ、何やらこの事務所の中に変な病でも流行っているんだろうか、と半ば本気で心配になる。
いや、あるとすれば霊的なものなのかもしれないが・・・こんな悪趣味なことをする霊なんて、嫌過ぎる。
何となく、嫌な予感を感じつつ、シロの横を通り抜け、美神さんが恐らくはいる事務室のドアノブに手を掛けようとしたところで―――。
シロの声に手を止められる。
「横島先生が散歩の1.2倍好きでござる」
・・・むぅ。
「喜んでいいのか・・・悲しんでいいのか・・・よく分からん。・・・微妙すぎるな」
シロの方を向き直り、真意を問いただそうとする。
『散歩』と『俺』を比べるようなことを言うなんて・・・。行為と好意を履き違えている発言だとしか思えない、そんな言葉はお師匠様は嫌いだ。
ちなみに、今朝も彼女に引き摺りまわされる感じで俺は散歩に行かされた(受身)わけだが。
そんな俺の努力も何もかもを彼女は否定しようというのだろうか?
いろんな意味でがっかりだ。いや、喜ぶべきなんだろうか?散歩という時間を提供している俺がいるからこそ、散歩は散歩で有り得る訳で。飼い主のいない散歩など、散歩で無いと・・・だから、1.2倍ってのは妥当な数字であると・・・。
むぅ・・・自分で言ってて意味が分からんな。
そんなことを考える俺に、シロは、更に混乱させる事を言ってくれた。
「寧ろ忠夫さんという視点から見れば拙者は3倍好きでござるっ!!」
今までの考えの全てが否定される予感がぷんぷんとしそう。
でも、3倍ってのは、喜ぶべきなのかもしれない。
ひょっとすれば。何か、色々と気になる部分はあるが。
っていうか、何が『寧ろ』だ。
「・・・意味が分からんよ」
でも、楽観的になるよりは確信をしない方が良い。
持ち上げられて・・・突き落とされる気がするからだ。
「お肉とどっぐふーどは散歩程好きではござらん」
「ふむ・・・」
比較。
1.忠夫さん(3倍) 2.横島先生(1.2倍) 3.散歩(1倍) 4.お肉とどっぐふーど(1倍未満)
おぉ。忠夫さん、単独一位。横島クン、ワンツーフィニッシュだ・・・。
こうしてみると、何気に嬉しいもんではあるな。うん。
俺は考えを纏めると、シロの顔を見、笑みを浮かべた。
いや、自然に笑みが浮かんだ。いろいろと引っ掛かる部分はあったものの、やっぱり、こいつは俺の大切な弟子であると。
一番に師を考える奴なんだと。
しかし、そんな感動は水を差された。
「ただし・・・ワンちゃん推奨のどっぐふーど。これはまた話が別でござる」
「・・・どう違うんだ」
「あの柔らかな肉の感触、歯ごたえ、舌の上でとろけるかのような・・・想像するだけで・・・」
口元から溢れ出す涎を拭おうともせずに、彼女は想像―――いや、妄想していた。
「・・・(俺の晩飯にパクろうか・・・)そいつは散歩の何倍好きなんだ?」
「5倍」
「じゃあな。馬鹿弟子」
駆け寄ろうとするの脚を無理矢理に。踵を返し、目やら鼻から流れ出しそうないろんな汁を気力で食い止めて、俺はドアノブを引いた。
「ああ、先生っ!待ってくだされっ!!それに、散歩っ!!」
もう二度と、一緒に早朝マラソンしてやるものかっ!
「私は美神令子。この世の中で最もお金が好きな女」
事務机に右肘で頬杖をつき、左手に持った札束で頬を叩きながら、彼女―――美神女史はのたまった。
入って初っ端から見せられた、本当に本当な彼女の姿に思わず地面に突っ伏しながら、完全に本気で何らかの病気ではないかと心配しつつ尋ねる。
「・・・み、美神さんまで・・・な、何言ってるんですか?」
彼女は俺を一瞥すると、鼻で笑うように、嘲り笑いを浮かべると。
「趣味は無趣味、あえて言うとするなら・・・札束を数える事。一枚、二ぃ枚・・・」
趣味に没頭し始められた。何となく、皿屋敷―――と頭の中に浮かべつつ、ついつい、心の中で留めておくべき言葉を口に出す。出してしまった。
「・・・あ、悪趣味ですよ?美神さん・・・」
すると、キッと俺を剃刀よりも鋭い眼差しを向けて、叫ぶ。
「何を言うのよっ!!時給を下げるわよっ!?」
・・・これ以上・・・時給を、下げる!?
「なっ、お、横暴っすよっ!!」
これ以上下げられたら死ねる。
しかも、何となく、上げてくれるのは一円単位なわりに下げてくるのは百円単位とかっぽい。
流石に、時給百円はきつい・・・。
「私は雇用主、あんたは下級労働者っ!!馬車馬のように低賃金で働くのよっ!!」
立ち上がり、母親に教わらなかったのか、指をさすと、高らかに笑ってくれる。
「か、下級って・・・(汗)」
いろんな意味で悪意が見て取れる。
「ふん、あんたは私の奴隷よっ!」
奴隷・・・すか(汗)
「な、何言ってんすかっ!!」
「何よっ!?文句あるって言うのっ!?」
腐るほどっ―――咽喉元でその言葉を留めて、半眼で神通棍を構える目の前にいらっしゃる偉大なる守銭奴嬢に向けて精一杯の笑顔(媚び笑い)を送る。
思いっきり―――引き攣った苦笑いだけど。
「な、ないっす!!ないっすから殴るのは勘弁してくださいよっ!!」
「ふん、ただでさえ出費がかさんでるって言うのにこれ以上あんたに払う金なんてないわよっ!!時給255円・・・全く、高い買い物をしたもんだわっ!」
時給255円でさえ高い買い物・・・そんなに俺は役立たずですか・・・(泣)
泣きながら―――今度こそ、溢れる涙を隠そうともせずに。
俺はドアノブを引いて、少なくとも、ここにいらっしゃる薄情な雇用主よりは少しは・・・少しは・・・マシな犬っころに慰めてもらおうとキッチンへのドアノブを引いた。
罵詈暴言を、背中に受けながら。
続きますよ。
今までの
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