ザ・グレート・展開予測ショー

愛のままに、わがままに!


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 5/ 8)


 とある土曜の昼食後、美神除霊事務所はまったりとした雰囲気の只中に在った。
 美神は所長用の座椅子に深々と腰掛け、おキヌは昼食の片付けを済ませてソファーでくつろいでいる。
 シロとタマモは昼のドラマに夢中だし、横島は幼馴染みの堂本銀一から送られてきた音楽雑誌に目を通している。
 太陽に暖められた空気が、涼風と共に室内を漂うのがなんとも心地よい。
 タイミングよく、五人全員がそろってあくびをする。
 横島が目尻の涙を拭った途端、美神から声が投げかけられた。


 「横島クン。今日、パピリオが遊びに来るんでしょ?」

 「ええ、夕方の6時頃だそうっス」


 横島がヒマであることが多い土日を利用して、パピリオは時々人界へと遊びに来るようになっていた。
 シロ、タマモとはその際に知り合い、友達同士になりつつあった。



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           愛のままに、わがままに!



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 「パ、パピリオが来るでござるか! 正に好日でござる。積年の恨み、今日こそ晴らすでござるよ!」

 「先月、ゲームで惨敗しただけでしょ」

 「せ、惜敗でござるっ」


 TVゲームではシロ、タマモの両人は百戦九十敗の惨敗。
 横島を交えたボード・ゲームではパピリオがトップ、しかも4位の横島を夫とするおまけ付き。
 ガッツポーズで天を仰ぐパピリオの姿と『やったでちゅ! ヨコシマをゲットでちゅよぉ!』の叫びは今も事務所内での語り草である。


 「紙一重とはいえ無念でござった………」

 「あれがどう紙一重になるのよ、馬鹿犬」

 「また犬と呼んだな、キサマ! 何ゆえ拙者を犬呼ばわりするかっ!」

 「気づいてないの、シロ?」

 「なにがでござるか!」

 「ヨコシマの前じゃまるっきり犬じゃない、あんた」


 緑茶を吹き出す横島。湯飲みを取り落としそうになるおキヌ。額に微細な青筋が浮かぶ美神。


 「な、何を言うでござる、タマモ!」


 怒りか羞恥心のためかは不明だが、シロの頬がかっと赤く染まる。
 力を込めて反論すると思いきや。


 「当たり前のことではござらんか」


 不動の自信に満ち溢れて、タマモの意見をあっさりと肯定した。
 きょとんとするタマモ。机に頭をぶつける横島。静かに湯飲みを置くおキヌ。青筋が濃くなる美神。


 「拙者は狼でござるが、横島先生の弟子でもござる。であれば師匠を慕い、師匠の言に従うのは当然!」

 「じゃ、あんた、ヨコシマが『お手』って言ったらするの?」

 「無論でござる」

 「ヨコシマが『ちんちん』って言ったらするの?」

 「ためらうまでもないでござるな」


 興味深げに問いかけるタマモに、胸をはって堂々と答えるシロ。
 強張った笑いの横島。スカートを握り締めるおキヌ。口元が引きつる美神。


 「ヨコシマが『女の子らしくしろ』って言ったら?」

 「もちろんするでござる。とりあえず『みにすかーと』なるものを試してみるつもりでござるが」


 頭を抱え、のけぞって苦悩する横島。半目になるおキヌ。仏頂面になる美神。


 「ヨコシマが『添い寝しろ』って言ったら?」

 「願ったりかなったりでござる!」


 飛び跳ねんばかりに喜んでいる。尻尾は千切れんばかりに振り回され、瞳の輝きは好物の肉を目前にした時のようだ。
 自分がロリコンでないことを切実に申し述べたい横島だが、後ろからの強烈な殺気と、シロの悪意無き愛情ゆえに言葉が出せない。


 「ヨコシマが『○○○の服を着てみろ』って言ったら?」

 「きゃうん♪ いいでござるな! 『わたしを貴方の色に染・め・て♪』というやつでござるか!」


 酸素欠乏に陥る横島。視線の温度が絶対零度へと急降下するおキヌ。神通棍で素振りを始める美神。


 「ヨコシマが『ネコになれ』って言ったら?」

 「うふふっ、愚問でござるな、タマモ。………えーと、たしか漫画では………にゃ、にゃ………」


 猫招きを模し、顔に丸めた手を近づけるシロ。
 猫の真似に対する多少の抵抗も見えるが、タマモの質問に逐一答えているのは、やはり『ヨコシマが』の効果であろうか。
 頬は染まり、瞳はうっすらと潤み、恥じらいを含んだ上目遣いで横島を見やっている。


 「……にゃ……『にゃん』でも『にゃい』コトでござる『にゃ』♪ せんせい♪」


 デンプシー・ロールで壁に頭をぶつけまくる横島。下半身の細かい体重移動(シフトウェイト)が見事だ。
 ネクロマンサーの笛を磨き始めるおキヌ。仕事中にも見られない念の入り様である。
 フリッカー・ジャブの練習を始める美神。もはやその目に正気の色は無い。


 「ふーん、それじゃあ……」


 自らを半死状態に追い込んだ横島は、いっそ楽にしてくれ、と真剣に願う。
 女性がらみで、これほどの窮地は自覚したことが無い。

 やるやないか。ええボディー・ブロウや。
 せやけど、わいは浪速の天馬・横島忠夫。
 リング上で倒れることは許されへんのじゃ!
 ああ、わいの名前が呼ばれとる……。声援や、わいへの声援や!

 錯乱状態にある横島だった。


 「ヨコシマが『結婚しよう』って言ったら?」


 タマモの質問にシロは硬直した。
 おキヌは笛を磨く手を止め、じっとシロを見つめている。
 美神はシロたちに背を向けたまま、だが聴覚のみは会話に集中させ、ひたすらジャブの練習に勤しんでいる。
 シロはもじもじと指先を遊ばせていたが、床に倒れて目を回している横島を見やると柔らかく微笑んだ。


 「今は、まだダメでござる」

 「え?」


 横島の近くに跪き、そっと抱きかかえると顔を舐めはじめた。心霊治療(ヒーリング)である。
 愛しげに治療行為を行なうシロは、かすかに呻き声を上げた横島の頬を優しく撫でる。
 しばらく舐め続けていくうちに横島の回復力と相乗したらしく、両目がゆっくりと開いていく。


 「ううう、あ痛たた……」

 「あっ、先生、気が付いたでござるか」


 横島は痛む頭を捻りつつ身を起こした。
 目をこすり、部屋の中を見回すとシロ、タマモ、おキヌ、美神の順番に顔を眺める。
 愛情、好奇、嫉妬、殺意、と様々な思いが満ちた視線が横島を貫く。


 「横島先生、さんぽに……」


 回復したと見るや、シロは明るく横島に告げようとした。
 状況打破になりえるかどうかはともかく、横島の脳は瞬時に即決した。


 「よ、よっしゃ、行くぞ、シロ! 行ってきます、美神さん、おキヌちゃん。パピリオがくるまでには戻りますからっ!」


 脱兎の如く駆け出す横島であった。先程までの瀕死の状態がうそのようだ。
 殺意満面の美神、頬を膨らますおキヌ、観察するかのような表情のタマモをよそに、シロは喜び勇んで横島を追いかけようとする。


 「では、行ってくるでござるよ!」

 「待ちなさいよ、シロ。さっきの『今はダメ』って?」


 ドアをくぐる寸前で、ふわりと身を翻すシロ。
 何気なく振り向く動作がダンスのステップのようで、軽く立ち上る埃すらきらめいている。
 長い直毛の銀髪がふわりと扇状に広がり、窓からの光を孕む。
 嬉しさに溢れたシロの笑顔と溶け合った一瞬は、3人の心の時間を止めた。

 立っているのは見慣れた人狼の少女である。
 が、その眼差しと微笑みに宿る輝き、そして薄桃色に染まった頬は一人の女性のものであった。


 「それは、で、ござるな……」


 シロは恥ずかしがりつつも答えを告げようとする。

 おキヌは知っている。その気持ちを、その相手を、自分と同じ方向を、同じだから。
 美神はわかっている。多分、本当に、実のところ、自分でも、自分ともあろうものが、絶対に、認めたくないけど。
 タマモは知っている。興味あるから、バカだから、優しいから、油揚げをくれるから、きっと、多分、それだけの理由。


 「もっときれいになってから、というコトでござるよ♪」


 シロは八重歯を覗かせて微笑んだ。次の瞬間には階下へとひた走っていた。
 疲れたように、それぞれの椅子へと背中を預ける3人。
 しばらくの間は声もなく、呆けていた美神がちらりとおキヌを見やると、彼女もまた呆けている。
 タマモはなにやら考え込んでいる。


 「………ね、ねぇ、おキヌちゃん」

 「は、はいっ、なんですか、美神さん?」

 「……パピリオが来るまでまだ時間あるからさ。……い、一緒に銀座のアーク・ヴィレッジにでも行かない?」


 そこは女性専門の化粧品、エステ、ヘア・サロン、ブランド物の洋服等々が店舗を構えている3階建てのビルの名である。
 いずれの店も完全会員制であり、高級にして高品質なこと、他の店の追随を許さない。


 「……はい、美神さん! ぜひご一緒させてくださいっ!」


 なぜか慌てて身支度を整えた二人は、タマモと人工幽霊壱号に後のことを頼むと、地下のガレージへと駆け込んだ。
 ポルシェが飛び出し、出足数秒で四輪ドリフトをきめ、瞬時に見えなくなった。

 窓からポルシェを見送ったタマモは、ため息をつき自室へと戻った。
 香水類のキツイ匂いが苦手なタマモは、最初から美神たちについていく気はない。
 ベッドに横になり、天井を眺めていたが、次第に笑みが口元を飾りだした。
 くすくす笑いが漏れ始める。

 生まれも、育ちも、性格も、価値観も、そして種族も、まったく異なる女性たち。
 それなのに、みんなが一人の少年に興味を持っているのだ。
 多分、ほかにもそんな女性がいるはずだ。もちろん種族を問わずに。
 これがおかしくないはずがない。

 タマモは勢いよくベッドから起き上がると、伸びをして一息つくと、頬を両手で軽く叩いた。
 お気に入りの下着と服をクローゼットから取り出す。


 「おふろ、はいろうっと♪」


 ――――――きれいに、なりたい。なぜなら……




 女の子たちの『わがまま』は、止まらない。






          ちょっとだけ、おしまい

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