ザ・グレート・展開予測ショー

クロノスゲイト! 後編の8


投稿者名:我乱堂
投稿日時:(03/ 4/26)

(――させない!)
 美智恵が動いたのはその時だった。
 ミスカトニック大学及び、オカルトGメンで学んだ対魔術師戦闘の基本はその身体に叩き込まれている。
 曰く「魔術師を相手に後手に回るな」。
 空間の支配を行えるような大魔術は、すでに彼女の時代では遠い過去のものだ。それでいてなお、その力は侮れないというのが基本的な認識である。ましてここは中世だ。オカルトに関連する技能は現代の水準をはるかに凌駕する。
 最短の距離を最速で駆け抜け、最小の動きで懐から破魔札を抜き出した。
 霊力にて起爆される霊符は、その使い手の霊力の強さにも威力を左右される。二十世紀最高レベルにある彼女が使うならなおさらだ。
「――やめろ」という声が背中からかかったような気がした。
 その声よりも何よりも、彼女自身の本能が「退却」を命じた。
 叩きつけるはずだった札を手放しながら身体を伏せ、そこで溜めたエネルギーで背後に飛び退く。
 爆発。
 直接爆破でない限りは致命傷にはなり得まい。相手は魔術師である。
 だが、次の瞬間、内心で次のアクションを図っていた美智恵の背筋を凍らせるような現象が起こった。

 割れた。

 炎が。

 霊的パワーの発露として生み出されたそれが、物理的な干渉を受けること自体は不思議でもなんでもない。爆圧の威力によっては壁を破砕することが可能だが、そも透過せずに砕くという時点で、物理的な制限を受けていることの証と言えよう。
 だが。
 それにしても、だ。

 裂けた炎の向こうに立つ男を。
 剣を振り下ろした姿勢で彼女を睨む男を。
 美智恵は確かに見た。

「――いかん」

 声は真後ろからした。
 そちらに気をとられたわけでもないのに、眼前で鋼を叩く音がするまで彼女は剣士が接近して切りかかっていたことにも、その刃をカオスが迎え撃ったことにも気づかなかった。かつて訓練や試合では経験したことのないレベルでの白兵戦闘。鋼の音と同時に彼女の感覚は加速状態になった。緊張と集中が生み出す領域。すべてがノロマになり、すべての音が消えた世界。戦闘状態においてはしばしば訪れていたこの世界で、さらに彼女は驚愕した。眼前にいたはずの男の姿を見失った。あり得ない。そんなことができる人間なぞ存在するはずがない。そう思っていてなお訓練された両腕はさらなる攻撃に備えて懐に入れられた霊符を掴み、幾度となく実戦を踏み越えた脚は横っとびに床を蹴っていた。
 と。

「この剣は――」

 どういう訳か自分の前に立つ男が。
 言葉を紡ぎながら剣を打ち下ろした。
 轟音と共に石つくりの床が二つに裂けた。
 剣は、床に届いてもいないのに。
(霊剣? ――なんてレベルなの!?)
 硬直した美智恵の耳朶に、カオスの歌うような声が届いた。

「悪霊も斬れるが、人も斬れる」

「『正義』か――」
 剣士はそう呟き、レオナルドの元へと引く。
「相変わらずの太刀筋……さすがに不死人となると、簡単には衰えんか」
 残念そうに、しかし、どこか嬉しそうにレオナルド老人は言って、自分の前で剣を構えた男に目をやった。
「――最初から気づいておったようじゃの」
「当然だ」
 カオスは傲然と胸をそらす。
「……と言いたいが、気づいたのは貴様が懐に手を入れてからよ」
「ほう」
「魔術師があからさまに行動する時は、すでに終わっている――古えよりの格言だ」
(――つまり、あれは誘いということ……?)
 美智恵は唇を噛んだ。
 現代では魔術師と戦うということはそうあることではない。だからそれを対象にした訓練は通り一遍のものにとどまっている。しかし彼らは、この中世の魔術師どもは、ささやかな動き一つで見事に駆け引きをしてみせる。悔しさと、そして憧憬にも似たものが胸に生まれた。戦闘者の行き着く可能性の高さを目の当たりにして、彼女は昂ぶりつつある。
「……それで、今度は誰の御登場?」
 それを顔に出さないようにしながら、美智恵は問うた。
 答えたのはカオス。
「私の弟子だ」
 それに遅れて。
「つまりはワシの弟弟子でもある」
 とレオナルドが言い添えた。
(え? それはつまりレオナルド・ダ・ヴィンチがドクター・カオスの弟子ということで――)
「ミケーレ・ダ・コレーリア」
 と剣士は言った。
「先年亡くなられたバァレンティーノ公爵の、その腹心だった男じゃよ」


 つづく。 

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa