ザ・グレート・展開予測ショー

いつも、みんなで!


投稿者名:ロックハウンド
投稿日時:(03/ 4/26)


 昼食時に、事務所のメンバー全員が揃うのは、最近では珍しいことだった。
 所長の美神令子。アルバイト所員で高校生の横島忠夫と、同じく住み込み所員で高校生の氷室キヌ。
 事務所の屋根裏部屋に居候中の犬塚シロとタマモ。

 所長の美神とシロ、タマモは別として、横島とおキヌは現役の高校生であり、しかも横島の場合は出席日数不足の一歩手前である。
 平日はなるべく学校に出席して日数を稼ぎつつ、午後や土日は事務所に出入りしている。
 よって土曜の昼は、仕事以外で皆が顔を合わせる団欒のひと時であった。





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          いつも、みんなで!



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 おキヌは最後の箸を置くと、ふぅと一息ついた。
 一歩後ろへと下がり、テーブルを一望して配膳のバランスを確かめると、笑顔を浮かべる。
 今日も良い出来であったようだ。

 土曜日で学校も休みである。
 前日のうちに下ごしらえを済ませておいた食材は、おキヌの手によって視覚、嗅覚、味覚を刺激してやまない作品となっている。
 天気は快晴。日の光を遮る雲はなし。
 開けてある窓からは心地よい涼風。
 緩やかに室内を流れる風は、出来立ての食事からほこほこと立ち昇る湯気を、匂いとともにゆっくりとかき回す。
 おキヌはにこやかな笑顔を浮かべながら、丸型のおぼんを両手で胸に抱えている。
 軽くステップし身を翻すと、鼻歌混じりに皆を呼びにいく。
 うっすらと蒼く、淡い輝きを放つ黒髪は、子猫の尻尾のように嬉しげに弾んでいる。

 事務所の上司と同僚。
 大事な友達、大切な仲間。
 用意した食事をいつも嬉しそうに食べてくれる、愛すべき消費者たち。
 特に、とある少年の笑顔。
 彼を脳裏に思い浮かべれば、おキヌの鼻歌はよりリズミカルになる。
 気が付けば、両の頬は薄紅に染まる。

 えこひいきしている訳じゃないけど、そのメニューには隠し味。
 女の子から男の子への、いつの世も不滅の調味料。
 口に出すのは恥ずかしいから、心づくしの料理に想いを込めて。
 特に最近は、土日が一番待ち遠しくてしょうがない。

 おキヌは温度の上がった両の頬を、ぺしぺしと叩く。
 咳払いを一つすると、腹腔に力を込めた。


 「みんなー! 御飯が出来ましたよー!」


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 「あっ、おキヌちゃんが呼んでるな。シロ、タマモ、行こうか」

 「ごはんでござる、ごはんでござる。今日のお肉は何でござろうか〜♪」

 「おっ揚げ、お揚げ♪ 今日のお揚げはどんな揚げ〜♪」


 横島を先頭にシロとタマモは部屋を出た。
 土日には、平日以上に力のこもったおキヌの料理が食べられるとあって、シロもタマモも機嫌の良い事この上なかった。
 しかもそれぞれの好物が食卓に上るとわかっていれば、嬉しさもひとしおである。
 一方、横島は基本的に食べ物には文句は無い方である。タマネギとオカルト関係のゲテモノ以外は。
 そもそも職場で、しかもおキヌ手尽くしの料理を味わえるとくれば、文句を言うなど罰当たりも甚だしい。
 薄給の身分である横島は、商店街やデパート、スーパー等のバーゲンセール期間中に、安価で手軽な食料品の買いだめが必須である。
 ゆえに彼にとって土日は、絶対的生存条件を得るための聖なる日なのである。
 わが身の苦境に苦笑しつつ現在に意識を戻した横島は、階段の下で皆を待っているおキヌの姿を見出した。


 「あ、横島さん」

 「おー、ええ匂いや。ありがと、おキヌちゃん」

 「くんくん…………すてーきの匂いでござる! 先生、急ごうでござるよ!」

 「あ、ちゃんと油揚げ入れてくれてる。よかった♪」


 風に運ばれた匂いを二人の超嗅覚がとらえたらしく、横島の背中を押しつつ階段を駆け下りてきた。


 「こ、こら、二人とも押すなよ」
 
 「あ、あぶないわよ、シロちゃん、タマモちゃん」


 食欲には勝てないようで、シロもタマモも押す手を緩めない。
 しかし、二人とも横島の背中側で上着を軽く握っている。横島はその感触に気付いていない。


 「わ、わ、わ、おキヌちゃん、危ねぇっ、そこどいて!」

 「よ、横島さんっ」


 おキヌはおぼんを放り出すと、階段の前へと駆け寄った。
 両手を前に伸ばし、横島を抱きとめようとする。
 横島は、おキヌの体に触れる直前にサイドステップで飛び避けるしかないと考え、壁を蹴る準備をする。
 あと数段でおキヌにぶつかる。
 横島が足に力を入れ、おキヌが目をつぶった次の瞬間。

 衝撃はやってこなかった。
 恐る恐る両目を開けたおキヌが最初に見出したものは、横島の瞳だった。
 見開いて驚きを隠さない瞳の色が、おキヌの脳細胞にじわりと染み渡ってくる。
 ふと気付くと、横島の腰に両手を回したタマモ、肩から脇に強く抱きつくシロ、とそれぞれの姿があった。
 二人がブレーキの役割を果たしたようで、しかもなにやら楽しげに笑顔を隠さない。


 「お、おキヌちゃん、大丈夫!?」

 「え、え、あ、よ、横島さん!?」


 おキヌは慌てて後ろへと飛びのいた。
 心臓の鼓動が早い。


 「こらっ、シロ、タマモ! 階段で騒ぐなって美神さんにも言われてるだろ。第一、おキヌちゃんがケガしたらどうすんだ!?」

 「あはは、ケガなんてさせないし、ちゃんとヨコシマもわたし達が守ってあげたでしょ?」

 「そうでござる。拙者たちは“すきんしっぷ”というやつを試みただけでござるよ、先生」


 呆れる横島の隣では、おキヌがまたもや頬を赤らめている。
 横島に心配してもらってうれしいようである。


 「あのなー、お前ら……」

 「アンタ達、何を騒いでんの。御飯が冷めちゃうわよ」

 「あ、美神さん、ごめんなさい」

 「お肉でござる〜♪」

 「揚げ〜♪」

 「お前ら、人の話を……って聞いてないな、もう」


 半分駆け足で食堂へと向かう一同であった。



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 テーブルにつき、全員揃って「いただきます」の挨拶で食事は始まる。
 優雅な箸運びの美神令子。
 今日の昼食の出来具合を確かめるように、じっくりと味わうおキヌ。
 美味しそうに揚げを頬張るタマモ。至福の表情である。
 ステーキに向かい、肉汁の一滴一滴まで味わわんとするシロ。頬が緩みっぱなしである。
 一心不乱に栄養補給に勤しんでいる横島。殺気立っており、箸と咀嚼の早さが人間業ではない。

 三十分ほどで食事は終了し、食後のお茶が皆に振舞われた。
 一同はソファーで満足の溜息をついている。
 紅茶の湯煙の中で、今後の予定などを話し合うのも土曜日の常である。


 「美神さん、今日の仕事はなんスか?」

 「ん〜、仕事? 横島クン、外を見てみなさいよ」

 「外? ・・・・・・・・・晴れてますね」

 「そう、天気は快晴、季節は春、まさに小春日和でしかも土曜日! 仕事なんてやるわけないでしょ」


 伸びをしてあっさりと告げる美神である。
 苦笑する横島に、くすくす笑うおキヌ。シロとタマモは先ほどから、おキヌ特製のクッキーを味わうのに忙しいようだ。


 「大名商売っつーか、なんつーか・・・・・・さすが美神さんやな」

 「ふふふ、気持ちはわかりますけどね」

 「ふぁふぁは、ひんはへふぉへ・・・・・・・」

 「シロ、話すときはちゃんと食べてからって言ったろ?」


 横島に指摘されたシロは、んぐんぐと急いで咀嚼する。
 さながら幼稚園児のようにも見えて、ぷっと吹き出す横島とおキヌ。
 タマモは気にもとめず、じっくりとクッキーを食べているし、美神は苦笑して首を振っている。


 「ならば、これからみんなでさんぽに行くでござるよ」

 「食ってすぐに動くと体に悪いんだぞ、シロ」

 「く〜ん・・・・・・残念でござる」

 「横島クンなら大丈夫でしょ?」

 「ヨコシマなら平気じゃない?」


 二人そろって横島の身体を人外視している。


 「あ、あんたらなぁ・・・・・・」

 「あははは、ひどいですよぉ、美神さん、タマモちゃん」

 「だいたいシロの散歩に長期間付き合える時点で人外よ、人外」

 「わたしもときどき思う。ヨコシマってほんとに人間なのかなって」

 「さすが横島先生でござる!」

 「ホラみなさい、シロとタマモのお墨付きよ」

 「うれしくないッスよ〜」


 部屋中に女性陣の笑い声が響き渡った。

 こうして美神除霊事務所の土曜日は始まる。
 美神は、おキヌは、シロは、タマモは思う。
 食事も、会話も、笑いも、他愛無い悪口も、時には洒落にならない騒動も、全てはここにあるのだ。
 そこには常に5人の姿がある。
 だから横島も思う。

 ―――――――いつも、みんなで。






      おしまい

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