Die Marionetten 〜ビデオ〜
投稿者名:777&NAVA
投稿日時:(03/ 4/22)
「熱いよぉ……」
隣の赤いドレスの人形が呟く。
人形となった横島には隣を向くことも出来ない。
だが、何かが燃えている音がする。パチッパチッと。
焦げ臭い。
明らかに何かが燃えている。それもすぐ傍で。
ふと、目の端で赤いものが見えた。横島の角度では目の端に映る程度ではあったが、鏡台があった。
それに映っていたのは隣の人形の赤いドレス。それが炎のドレスと化していたこと。
そしてその炎は次第に横島に迫る。
「熱いよぉ、熱いよぉ。熱いよぉ。熱いよぉ、熱いよぉ。熱いよぉ。熱いよぉ、熱いよぉ。熱いよぉ・・・」
人形の声は止まらない。火はもう、彼のすぐそばまで迫っている。
熱い。逃げ出したくなるほどの熱さ。
けれど、横島は人形を助けようと、動かないはずの手を伸ばした。
彼の手は動く。
今までぴくりとも動かなかったはずの体が動いた。人形に手が届く。
火が横島に燃えうつった。熱い、熱い、熱い…あまりの熱さに、彼は意識を失った。
『お客人、火を信じてはならぬ』
誰かの呟きが聞こえた気がして、横島は目を開けた。
目の前にある、人形の顔。
「無事だったか?」
声をかけてから気づいた。
人形が随分と縮んでいる。………いや、彼が大きくなったのだ。
横島は『人間』に戻っていた。
そのことに安堵したとき、子供部屋の扉が開く。
そこから現れたのは7人の小人ならぬ、7人の令子。もちろん彼女達も人形だ。
そして一斉に声を揃えて言った。
「「「「「「「行っちゃめーなのー!おにーちゃんはれーこといるのー!!!」」」」」」」」
すると赤いドレスの人形が言った。
「ヨコシマは私のものなの!メフィストはどこかあっちに行っちゃえ!!!」
驚いた横島が見たドレスの人形の顔は――――ルシオラのものだった。
「やめろ……」
辛かった。
「やめろよ……」
ココロが痛かった。
「頼むよ……」
罵り合う人形達。
「頼むから……」
汚される思い出。
「俺の思い出を、汚すなぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
絶叫する。
人形達の声は止まらない。
令子の顔が、ルシオラの顔が、汚い言葉を口に出す。
耳を押さえ、彼は子供部屋から逃げ出した。
8つの笑い声が彼を追いかけるように響く。悪意に満ちた笑い声。
歪む空間、歪む視界。
その中を横島は耳を塞ぎながら走り続ける。
耳を塞いでも彼女達の笑い声が聞こえてくる。
「ねぇ?辛かった?」
「ねぇ?汚される気分はどう?」
「ねぇ?私のこと好き?」
「前世の約束覚えてる?」
「本当は丁稚だなんて思ってないよ?」
「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」
振り向くと、令子の人形7体が追ってきている。
何も考えられずにひたすら逃げる。
まるで小さな子供が同級生を囲んで苛めるように、無邪気に、楽しげに、令子達は横島の精神を嬲る。
やがて横島は走るのを止めて蹲る。それを囲む令子人形達。
「いやなんだ……。美神さんも、ルシオラも……そんな辛いこと言わないでくれ……」
弱弱しく呟く横島。
そんな彼に頓着せず、人形達は喋りはじめる。
「私たちはお人形」
「お兄ちゃんもお人形」
「ここはおとぎ話の世界」
「私たちは7人の小人」
「白雪姫は眠ってる」
「お兄ちゃんは王子様?」
「あの人形の支配は絶対」
「白雪姫にはお姉ちゃんがいる」
「人形の魔女」
「一緒にいてあげて」
「一緒にいて」
「戦って」
「あの人形と」
「お願い」
「謝るから」
「ごめんね」
「泣かないで」
「大人が泣いてたやめーでしょ!」
小人達の声。
てんでバラバラに喋っていた声は、やがて混じり出す。
「熱いの」「火事」「誰もいない」「助けて」「一緒にいて」「さみしい」「お人形なんかいらない」「一緒にいて」
『4階に来て…!』
最後に7つの声が合わさった。もう何も聞こえない。
恐る恐る目を開くと、真紅のドレスを着た人形がころんと転がっていた。
その顔は焼け爛れている。ルシオラの顔ではなかった。
安堵した横島の目に、階段が映る。
『4階こそ真相へ至る道』
老紳士の言葉が脳裏をよぎる。真相、真実とはいったい何なのだろう。
片手に持った人形の顔を凝視する。焼け爛れた半面。
当初は悪意に満ちたその瞳が、何時の間にか物悲しさを感じさせるようになった。
ふと、あることに思い当たって愕然とする。
『この人形は、さっきの俺のように人間だったんじゃないか?』
「お前は、人間だったのか?」
人形は答えない。
唇は微笑みの形のまま固まり、ビー玉の瞳はどこも映してはいなかった。
嘆息し、人形を丁寧に抱きかかえる。
『人間だったのではないか』という考えが、無造作に扱うことを躊躇わせた。
階段に足をかける。一歩、また一歩。
ふと思いついて振り返ると、3階は消えていた。
真後ろには、どこまでも落ちていきそうな闇が広がっている。
構わない。どうせ前に進むだけだ。
彼は4階にたどり着いた。
<屋敷4F>
4階への階段を上りきった先には、扉があった。
もはや躊躇わずにその扉を押し開ける。
そして開けた光景は――――見慣れた自分の部屋。
おかしなところがあるとすれば、そこには自分がもう一人居り、そしてビデオを必死に見ている。
それを見た横島は思わず自分を止めようとする。
『駄目だ!そのビデオを見ちゃいけない!TVに引き込まれる!!』
だがそれが音声となることはなく、横島の目の前でもう一人の横島はTVに引き摺り込まれていく。
それを呆然と眺める。
「ああやって引きずり込まれたのか・・・」
部屋の中にいた横島を引きずり込んだテレビ画面は、ビデオの続きを映すことなく、別の情景を映しはじめた。
一軒の古い屋敷。
彼が引きずり込まれて最初に見た光景だった。
画面は閉められた扉に近づき、やがて扉の真ん前に来たところで画面下から手が生え、扉を押し開く。
横島の脳裏に疑問が浮かぶ。
『この映像は、一体誰が撮った?』
画面はそのままホールを映しだした。豪華なシャンデリアのかけられた、あのホール。
画面は――カメラを持った人物は――次の部屋へと進む。
そこは鹿の剥製と暖炉のある部屋。
安楽椅子に座った老紳士が、テレビの中でこちらを向いて微笑んだ。
「ああ、4階に辿り着いたようだね……。待っていたよ、お客人。ゴールはすぐ傍にあり、そして別のゴールも用意されている。」
TVの中から老紳士は語りかけてくる。
そう、彼はTVの画面を通して横島と相対していた。
「今までの君の行動は全て見ていたよ。“彼女”を見捨てなかったのは実に称えるべきことだ。だけれどそれは悲しむべきことだ。君には真実を知る資格が出来たのだから」
「資格って何のことだよ?」
「その場に彼女を連れて来ていることだよ。初めて会った時、私は言ったね?質問に答えるのはその人形だと。私はその人形が答えを全て語ると。」
コクリと頷く横島。
「私はこれから昔話をする。君は黙って聞いて欲しい。私の昔話は通過儀式と思ってくれ。真実へ至る道へのな」
老紳士は語り始める。ある姉妹の身に降りかかった、悲しいお話を。
「あるところに、古い一軒の屋敷があった。そこには美しい姉妹が二人っきりで住んでいた。二人は仲がよかったが、妹は体が弱くて外に出れず、いつも友達を欲しがっていた。姉はそんな妹にたくさんの人形を買い与えた。やがて、妹は空想の世界で人形達と遊ぶようになる。特に彼女がお気に入りだったのは、姉に似たフランス人形だった。彼女はいつもその人形で遊んでいたよ。けれど……君も知っているはずだ。大切に扱われた人形は、まれに魂を持つことになると。そしてその魂は決して善なる物だけではないと。人形が初めて動き出したとき、妹はとても喜んだが、姉はとても怖がった。それはほんのわずかな歪み。その人形のことで、仲がよかった姉妹は仲違いをしてしまった。」
横島は静かに聞いている。
「妹は姉が大好きだった。だが、それでも人形を手放すことは無かった。何故なら人形は日に日に出来ることが増えていったからね。最初は瞬きするだけだったものが、次第にトコトコと歩き回るようになっていた。姉は大層、不気味がっていたよ。そして人形は次第に言葉まで話すようになった。妹にだけだがね。さっきも言った通り、妹には友達が居なかった。毎日のように飽きもせずに人形とお喋りを続けたのだよ。孤独に慣れた少女に唐突に差し伸べられた手。その手を掴んでしまった彼女はそれを手放すことなど考えられなかった。だが姉はますますそれを嫌がった。そう、次第に妹が姉を疎ましく思うほどにね。無論、大好きな姉に友情を否定されるのが辛かったからなのだがね。そしてある日、人形がこう言ったのじゃよ。『お姉ちゃんと仲直りしましょう?お姉ちゃんにも仲間になってもらいましょう?』とな。それは間違いなく邪悪な誘惑だった。」
老紳士は深いため息をついた。
「人形の誘いは甘美だった。妹はとても姉が大好きで、そして人形のことも大好きだったから。そして、妹は人形の誘いを実行する。人形の教えた通りに、姉のベッドの下に魔法陣を書き、呪文を唱えたのだよ。人間を人形に変える呪文をな。妹は知らなかったのだよ。その術が如何なるものであるかをね。」
老紳士が横島から目を離し、彼の持つ人形へと目をやった。
「人形に変えられた姉。それが、その人形だよ。と言っても、当時は焼けてはおらんかったが。」
痛々しい人形の火傷から目をそらすように、老紳士は目を閉じた。
「話を続けよう。姉を人形にして、そこでようやく妹は自らの愚かな過ちについて後悔した。妹は人形に泣きついた。姉を元に戻してくれと。人形は了承したよ。………けれど、それも人形の企みのうちだった。……人形は妹にビデオカメラを買わせ、そしてこのビデオを作らせた。さぁ、ビデオの続きを見たまえ。ビデオが終わったとき、人形は語り出すだろう」
そう言って老紳士は、画面の中で一礼した。
「願わくばお客人、この哀れな姉妹を救ってやって欲しい…」
続
今までの
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