Die Marionetten 〜老紳士〜
投稿者名:777&NAVA
投稿日時:(03/ 4/21)
そこは随分と落ちついた雰囲気のある部屋だった。
暖炉があり、壁には鹿の剥製がある。
部屋の真ん中には2脚の安楽椅子と、それに挟まれるように木製の机があった。
机も安楽椅子も良い色合いをした木で出来ていて、ひと目で高価であることが知れる。
暖炉には赤々と火が入り、安楽椅子はゆらゆらと揺れている。
安楽椅子の上に座るのは、パイプを銜えた老紳士。
老紳士がパイプを放し、横島に声をかける。
『ようこそお客人、さぁ、座りたまえ』
老紳士の手が、空いたもう一つの安楽椅子へと促した。
この屋敷(世界)が怪し過ぎるくらい怪しいことはもう分かっていた。
どこか警戒心が麻痺している部分もあった。
横島は素直にその椅子に座る。思えば、初めて言葉が通じそうな存在に会えた。言葉が通じるならば何かが変わるかもしれない。
そう願いを込めて、彼は老人に尋ねた。
「この屋敷は一体何なんです?どうして俺はここに居るんです?」
その問いに老人は薄く笑い、そして静かに答えた。
「この屋敷が何か、と言う質問には、残念ながら私は答えるつもりがない。今の君に知らせても、大した益にはならないだろうからね。君がこの屋敷に呼ばれた理由は、私には答えることが出来ない。その質問に答える者は、私ではないからね。その質問に答える者は………」
そう言って、老紳士は横島の持つ人形へと視線を走らせる。
「その人形だ。人形に聞きたまえ。きっと答えてくれるだろう。"今の"私が君に出来ることは、ただ忠告を与えることのみ。お客人、火を信じてはならぬ。お客人、絵を信じてはならぬ。お客人、人形の友達は人形ではない。お客人、4階こそ真相へ至る道。願わくば、お客人が4階へ辿りつかんことを。」
奇妙な忠告だった。
ただ一つ、横島に取って意味がありそうなのは『人形の友達は人形ではない』と言う忠告だろう。
横島が頷くと、老紳士は満足したように頷いた。
「さぁ、お客人、次の部屋に進みなさい」
そういって指し示された先は、暖炉だった。
戸惑う横島に、老紳士は愉快そうに笑う。
「お客人、火を信じてはならぬ」
老紳士の意図をくみ取った横島は、彼に一礼し、暖炉に足を踏み入れた。
老紳士の言うとおり、暖炉の火は熱を感じさせなかった。
それならばと、暖炉の中に踏み込む。
案の定、何も起こらない。ただ自分の身体をすり抜けて炎が燃え盛るのみ。
そして暖炉の中には上に通じる梯子があった。
どうやら二階へと通じているようだ。
老紳士にお礼を言ってから先に進もう。そう思って振り返るとすでに老紳士は居なかった。
安楽椅子の揺れのみが、それが夢ではなかったことを証明していた。
考え込んでも仕方ない。
そう思って梯子を上り始める。
その際、梯子を登るのに邪魔だからと人形を置いていく。
どうせ付いて来るに決まってる。そんな奇妙な確信が彼にはあった。
そして梯子を上り終えた先には――――やはり人形が鎮座していた。
<屋敷2F>
人形を抱え上げ、部屋の中を見渡す。
足下には今登ってきたばかりの梯子がある。目の前には扉がある。他には何もない、妙な部屋だった。
『妙な部屋』
そのフレーズに笑いたくなった。妙な屋敷にいるのだ。屋敷の内部が妙で何が悪い。
横島は首を振って余計な考えを追い払い、扉を押し開いた。
扉の先には、無数の扉が並んだ渡り廊下。
その廊下の先に、赤いリボンが見えた。
人形を渡してきた少女の後ろ姿だ。
少女は振り返ることなく、扉の一つを潜って消えてしまう。
何となく不吉さを感じさせる少女ではある。
だけれど彼女がこの事態のキーマンであろうことは推察出来る。
ほんの少しの逡巡の後。
横島は彼女の後を追って扉を開け、上半身だけ覗き込ませる。
『お約束』
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
彼の開けた扉は同じ廊下の別の扉に繋がっていた。
その証拠に、扉から半分出ている自分の下半身が向こうに見える。
片足をばたつかせてみる。向こうの下半身もばたついている。
間違い無いようだ。ここは空間が捻じ曲がっている。
「フ――――ッ」
溜息を吐いて、彼は虱潰しに扉を全部開けることを決意した。
結局、横島はすべての扉を開けることになる。
どの扉も、別の扉に繋がっていたのだ。
扉の開け閉めに疲れた横島は、今度は廊下にへたり込んでしまう。
――――と、そこでようやく、廊下の突き当たりに絵が掛けられていることに気づいた。
女性の絵だ。
老紳士の忠告が頭をよぎる。
『絵を信じるな』
………試しに絵を触ってみたが、向こう側に通り抜けられると言うことはなかった。
絵の中にはただ、艶然と微笑む女性。
少し頭を整理してみることにした。
絵を信じなければどうなる?
絵の何を信じない?
目の前の艶然と微笑む女性。特に不審な点は見られない。
裏側に何かないのか?
態々壁から外してみても何も見つからない。
手詰まりだ。何かヒントは無いものか。壁に掛け直した絵と睨めっこする。
「………………………………………………………………」
一向に何も変化は無いし、何も浮かばない。
「絵を信じるな………か。単純に考えれば絵じゃないってことか?でも調べても何の仕掛けもないしなぁ………絵じゃない、絵じゃない、絵じゃない。………絵じゃなければ何だってんだ?他のもの?これは絵と考えなきゃ何に見える?女の人の絵………絵じゃない………?女の人の絵じゃなくて、女の人?まさ『正解。』
絵の中の女性が喋り始めた。そして今まで動かなかったことが嘘のように、優雅に一礼した。
「お客様、私の役目はお客様の案内です。さぁ、私を手にとって、あの娘の消えた扉を開けるのです」
横島は彼女を手に取り、少女の消えた扉を開けた。
だが、扉の先の光景は先ほどと変わらない。
………いや!絵がある!!
扉から覗く光景は確かに自分が居るこの廊下のはずなのに、事実、横島の目には扉から覗く下半身が見えている。
にも関わらず、その廊下には絵があるのだった。
慌てて自分の居る廊下の絵があった場所を見てみる。絵はない。
扉の先をのぞき込む。絵がある。
意を決し、横島は扉をくぐり抜けた。
途端、廊下から扉がすべて消えた。廊下の先にある絵が、音をたてて奥に開いていく。
ああ、あれは絵の形をした扉だったのだ。
その扉の先にあったのは豪華なドレスルーム。
部屋の半分を大きな鏡が占め、残り半分は色とりどりのドレスが掛けられている。
そのどれもが手入れの行き届いたものであり、横島少年は溜息を吐くほどに豪勢なものであった。
すると唐突に人形が横島の手を離れて、ドレスルームの真ん中にトコトコと歩く。
シュールな光景だ。
まるで人間のように滑らかな動きで歩くその様は、滑稽さと不気味さを併せ持っている。
そして人形は初めて声を出した。
「着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい。着替えたい………………………………………。」
横島の持っている絵は、すでに普通の絵に戻ってしまったようだ。絵の中の女性は最初に見たポーズのままで固まっている。
しょうがなく、彼は絵をドレスルームの隅に置き、未だに『着替えたい』と言い続けている人形の元に歩み寄った。
「お前じゃ、ここのドレスは着られないだろう?」
ここにあるドレスはすべて、人間の女性用だった。人形には大きすぎる。
だが、人形は「着替えたい」と言い続けている…。
「全く………。どうしろってんだか。服を小さくするわけにもいかないし………お前、大きくなってみるか?」
横島にしてみればただの冗談だった。
だけれど、この館の中では冗談という名の悪夢がゴロゴロ転がっている。横島にはまだその認識が足りなかった。
人形はその言葉を聞いて、ひたすら続けていた「着替えたい」という言葉をピタリと止める。
そしてニヤリと笑う。そう、人形のくせにニヤリとワラッタのだ。
人形は横島の目の前で、さらにシュールな光景を見せ付ける。
徐々に。徐々に。着ている洋服ごと大きくなっていく人形。ニヤリ笑いを顔に貼り付けながら、人形はどんどん大きくなる。
人形は大きくなり続け、やがて人間大のサイズになった。
いや、それはもう『人形』ではなかった。『人間』だ。
ビー玉だったはずの目は意志を持った眼球へと変化し、セルロイドで作られていたはずの肌も、どこから見ても人間のそれだった。顔の火傷は見るも無惨なケロイド状に変化し、彼女は焼けただれた顔のまま、横島の方を見て言った。
「着替えさせて…あの、赤いドレスに」
彼女が指さした物、それはドレスルームの中でも最も美しい真紅のドレスだった。
続
今までの
コメント:
- ちょっと制作秘話を。
チャットで生まれたリレーSSなものですから、数行おきに交代して書いたわけなんですよ。そしてエンディングを決めないまま、2人で突っ走った結果出来上がったのがこのお話。読みやすいように改行を加えてありますが、この部分はNAVAだ!いや、777だ!とか分からないと嬉しいなぁ(謎) (NAVA)
- 結構分かるものだなあ(謎ぉ)
前回書けませんでしたが、少女の描写を読んでショーティアを連想し、ついで今やってるADVのキャラクターを連想し、最後に躯に行き着きました(謎)血塗れの包帯ってかっこいいですよね(爆)
鳩の目は狂気の目だと言った人がいましたが、私は人形の目こそ狂気だと思います。狂ってますよアレは、間違いなく。
人の形を模すっておそらく宗教的な意味合いを多く含むと思うんですが、それを抜きにしても、あの目で見つめられると落ち着かない気分になります。
以下ネタばれ込みの余談ですが、「学校の会談2」のOPとても好きなんですが、そこでお茶汲み自動人形が運んでるものって首桶なんじゃないかなあと思ってしまいました(謎爆)。
では次回へ。 (りおん)
- 内容の方について何も言ってない気がするので追加です(爆)。
鹿と言えばヘラジカが好きです、私。なんていうことばっかり言ってちゃさっきと同じなので。
暖炉の傍に安楽椅子に腰掛けつつパイプを燻らせる老紳士、彼の落ち着いた雰囲気が、また奇妙さを引き立てますよね。
非日常の中で出会う日常というかなんと言うか。でも、やはりそれは非日常の一部であり、どこか不思議な雰囲気が漂ってくるような。
はい、自分で言っててよく分かりませんが(ぉ
謎かけがとても面白いです。先の3階云々のくだりもそうですが、この回も面白い。
さて、真紅のドレスについてはまた次の機会に。 (りおん)
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