ザ・グレート・展開予測ショー

さ・よ・な・ら


投稿者名:veld
投稿日時:(03/ 4/13)



 俺の手を振り払い、彼女は去ってった。長い髪を靡かせて。
 今にも崩れそうなアパートの前で、振り返りもせずに。
 春風の中、綺麗な別れ方。

 素敵やん?

 そんな風に思えるなら、幸せかもなんて、誰かに向かって言ってみる。
 誰かなんて、いやしないから。
 だから、自分に言うしかないんだけど。





 振り向く瞬間の唇の動き、気付いてた。

 さ・よ・な・ら・・・なんて。
 あんまりにも、優しすぎて。

 ちょっと、涙が零れた。

 でも、一滴だけ。

 ―――袖口で拭うと、酷く濡れた。

 ・・・号泣だったんだって事に、鏡を見て気付いた。

 何が、一滴だよ・・・馬鹿たれ。









 結局は、そう、誰しもに良くある出来事の一つだったんだって。
 軋んだドアを開いて、据えた空気の漂う部屋の中に入る。
 どかっ、と腰を下ろして。
 そのまま、横になった。

 天井は、薄汚れていて汚い。
 でも、俺の心よりはましだと何時も呟いてた。
 
 好きな人を忘れようと他の誰かを好きになるなんて―――
 最低な事だって、分かってたくせに。


 いつも、自己嫌悪に逃げてる自分が嫌で。
 そんな現実から逃げる為に眠りについてた。


 夢の中にいけば、こんな糞みたいな現実から逃げられるだろう?
 そんな事を考えていたのかもしれないけれど。
 夢の中にまで、あいつは出てきて。
 目覚めれば何時ものように朝。

 馬鹿みたい。









 追いかけるべきだったんだって。
 今更ながらに気が付いた。
 でも、追いかけて言う言葉もきっと見つからないから。
 だから、考えるのを止めた。

 俺は最低なんですよ。
 そんなこと思ってれば何とかなるって。
 薄い考えしてたわけじゃない。

 でも―――言葉が見つからずに。





 彼女が死んでそれ程、間も立たないある日。
 街の中。

 無節操に言葉をかけてた。
 笑われたり、戸惑われたり、怒られたり、露骨に無視されたり。・・・殴られた り。
 それでも、声をかけてた。何時ものように、誰かを射止めようなんて、殊勝な目標を掲げるわけでもなく。
 暇つぶしの為・・・かな。
 だから、別に、空ぶっても何とも思わなかった。
 感情が麻痺したように―――まるで、機械が単純作業を繰り返すように。

 そんな、声をかける女の子の一人に過ぎなかったんだ。
 あいつも―――。



  「一目見たときから好きでしたっ!!お姉さまっ!!」

  声をかけられ、迷惑そうな顔をしながら振り返り、あいつは、俺を見、笑った。

  「馬鹿じゃない?」

  って。

  俺は苦笑いを浮かべながら、思った。

  ああ、駄目なんだって。

  そして、彼女から目を離した。

  彼女はこう言った。

  「良いよ。付き合ってあげる」

  って。


  何かの間違いかと思った。
  だから、彼女の顔をもう一度見つめた。

  そこには、笑みを浮かべた彼女がいて。
  それでも、信じられずに、もう一度尋ねた。

  「・・・お姉さま、今なんと?」

  彼女は苦笑しつつ、答えた。
  茶化すように―――からかうように。大人ぶった笑みで。

  「付き合ってあげる、って言ったのよ。坊や♪」



  まぁ、彼女の方が大人だったってのは、確かだけど。





  少し、胸が痛んで。
  衝動的にいきなり別れ話を切り出しかけた。

  「あ、あの、俺なんて本当に駄目な奴で・・・それで・・・」

  すると、彼女は目を瞬かせて笑った。
  んで、俺の唇にそっと人差し指を置いて、囁いた。

 
  「駄目な奴でも・・・何でも・・・一目惚れって奴は仕方ないのよ」

  呆然とする俺を置いといて―――彼女は腕を取った。







  真っ赤に燃える木々の中、俺の心も高揚していた。

  上手くない、な。







 彼女と一緒なら。
 悲しい別れも、受け入れられると思った。
 出会いがあるから、別れがあるんだって。
 そういう風に、考えることもできるから。

 『忘れるわけじゃなくて』


 でも、同じなんだって。彼女は言った。


 忘れない限りは、本気にはなれないのよ?

 そう言った彼女は笑っていたけど。
 酷く寂しげだったのを覚えてる。

 俺はその日、彼女とキスをした。

 いや、された。

 そう言われた後に、突然に唇を奪われた。


 「ファーストキス・・・あげたから」

 真っ赤な顔で、そう言われた。

 そっぽ向く彼女が可愛くて―――。
 忘れることが出来ない、自分が少し恨めしくなった。















 走馬灯のように、脳裏を駆け巡る思い出。

 唇を噛み締めて、耐える。

 「俺は、最低だ」

 幾たびも繰り返した言葉。
 身もない、言葉。
 それでも―――心から。

 起き上がって。
 靴を履いて。
 ドアを開けて。
 鍵も閉めずに―――。

 アパートの前、彼女の姿を探した。
 いるはずも無いって、解っていたけど。
 駆け出した。人ごみの中に、彼女の姿を探してた。

 人いきれの中、視界の端にでも映ったなら、決して見逃さないように。
 流れを遡るように。
 押し入られて、帰宅途中の叔父さんたちが批難の目で俺を見る。
 見ない振りして―――彼女の姿を探してた。





 「・・・どこにも・・・いないのかよ」












 公園のベンチに腰掛けて、空を仰ぎ、唇を僅かに湿らせる。
 そういえば、何も知らなかった。
 彼女が何をしているのかとか。
 彼女が何歳なのかとか。
 彼女が何処に住んでいるのかとか。
 彼女の血液型は?
 彼女の誕生日は?
 彼女の―――彼女の―――・・・。

 俺は―――何も知らなかったんだって。





 ・・・そう言う事なんだろうな。きっと。
 忘れられない未練って奴なんだ。
 だから、目を向けることが出来なかった。
 馬鹿だ・・・俺。

 本当に―――馬鹿だ。






 桜の花が舞い散る季節。
 流れる時の中の思い出は酷く綺麗で。
 届かない―――。
 手の平を伸ばせども。































 「・・・横島さん」

 こんな事をするべきではなかったんだという事は解ってる。
 彼の心に、酷い傷を残してしまったかもしれない。
 でも、私は彼女のままではいられないから。

 本当の私で・・・あなたと向き合いたいと思ったから。

 あの事件以来―――私はあなたと向かい合うことが出来なくなって―――。

 だから―――私は。


 手の中にあるのは、『変』の文珠。

 ・・・私は。
 ぎゅっと、握り締めた。

 「ごめんなさい」

 そっと、文珠をスカートのポケットの中に入れた。

 「・・・ごめんなさい」

 ここにはいない、彼に何度も謝りながら。

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